海上の紅双月


のんびり昼寝もままならない。


この幽霊船は快適な船旅を約束してくれたが、海というのは得てして魔物が巣食うものだ。


『レーダーに反応がある』


制御室のモニターに映し出された赤い点、それは高速で航行しており、単なる家族連れのクルージングにしては少々急ぎ過ぎている。


オマケに小さい。


海賊の類いだろうか?だとすれば逃げているか追っているか、あるいは向かっているかのどれかだ。


付近に他の反応は無いだろうか。


モニターを眺めていると、遠くの方にもうひとつ赤い点があるのが確認できた、こっちは大して速度が出ていない。


そして何よりサイズが大きい。


レーダーを見ると、小型艇はもうひとつの赤点へ一直線に向かっているのが分かる、なるほどそういう事ですか。


「迂回しろ」


人形達に指示を出す、ああいうのには近付かないのが吉だ、海の男に関わるとロクな事がない。


奴らには特別な感覚が備わっている、波を読む力風を読む力、それから危険と儲けを嗅ぎ分ける力、昔こっぴどくやられた経験がある。


どんな相手も舐めてはいけない、君子危うきに近寄らずだ、魔術師には必須の考え方と言える。


舵取りが私の指示に反応する、彼らは全員意思なき傀儡なので、イチイチ会話をしたり議論をする必要がなくて非常に楽でいい。


もっとも、死んだ肉体に入れられた魂は、一週間と保たずに滅んでしまうのだが。


船の向きが変わる、そして明らかなトラブルから速やかに距離を——


「——オイ待て!アイツらオレの体の一部を持ってやがるぞ!」


「迂回中止、機影を追え」


声を聞いてから直ちに軌道修正、急な舵に船が揺れる、傀儡たちの何人かが床を転がっていく。


「どちらですか」


質問は効率的に、要点を抑えて。


「あっちのデカい方だ、間違いない、これから向かう予定の場所に封印されているはずのオレの体が、どういう訳か海の上にありやがる」


事情は知らないが無視出来ないのは確かだ、放っておけば海賊共に奪われかねない、この船じゃ奴らの小型艇には追い付けん。


そもそも持ち出せる物なのかという疑問はあるが、悪魔が嘘をついているとも思えないので、ここはやはり追跡するしかない。


席を立ち、杖を拾い上げ、手袋をはめ直しながら甲板へと向かう。


せっかく休めると思ったのにまったく、生き返ってからというものトラブル続きだ、順風満帆な私の人生を返して欲しい。


——バタン!


扉を開けて潮風を受ける、男にしては長く、女にしては短すぎる私の黒髪が、太陽の光を反射してはらりはらりとなびく。


空に『目』を放って遠くの様子を確認する。


「あれか」


目標物ふたつを目視、両者はあと二十秒もすれば接触するだろう。


レーダーでは分からなかったが小型艇は二隻あった、両方合わせて十二人、かなり高そうな銃火器で武装している。


一方大型船の方にはかなりの数の警備が配置されており、装備に不足があるようには見えない。


放っておいても殲滅してくれそうではあるが、やはり確実性を取るなら行動すべきだ、何事かが起きてからでは遅い。


遠隔で傀儡に『停泊させろ』と指示を出す、あまり近付くと悟られるかもしれない。


「どうする気だ」


「奴らより先に船に乗り込みます、そして速やかに目標物を奪取し帰還する」


当然、必要とあらば撃滅も止む無しだ。


むしろ大事を取るならどちらも全滅させてしまう方が良いかもしれない、そこは状況次第。


「乗り込むって、ここから向こうにか?転移は使えないんじゃなかったのか、魔術師さんよ」


あわよくば取引にと考えているのが透けて見える、だが残念ながら貴様の力は必要ない。


転移とは別に移動魔術というのは存在している、こちらには『摩耗』などというリスクはない。


代わりに連発が効かないのと、着地点を目視している必要があること、また直線上に障害物があってはならないと言った制約はある。


そこさえクリアしてしまえば。


——トン。


速度も浮遊感も味わう事なく、大型船の甲板の上に降り立つ。


「ちっ、万能でつまんねぇな魔術師ってのは、オレは退屈で退屈で仕方がねえぜ」


残念そうに悪魔が呟く。


——パチ。


留め具を外して取っ手を回す、クリスタルの杖を抜きながら尋ねる。


「それで、在処は何処ですか」


魔術で姿と音は隠されている、彼と会話をしても何の問題もない。


「下の方だ、場所は案内してやるがあまり期待するなよ、何故か気配がイマイチ感じ取りにくいんだ


それとどうやら封印ごと持ってきやがったらしい、どうしたらアレを動かせるのやら」


ということは素早く奪って素早く退散って訳にはいかないだろう、封印を解く手間がある。


その間は集中しなければならない、またどんな罠が仕掛けられているかも分からない、他の事に気を取られている余裕は無い。


「そっちは後回しだな」


踵を返してコンテナの影に身を潜める。


辺りには銃を持った警備達がウロウロしており、ここにはもう間もなく海賊がやってくる、ドンパチが始まるのは時間の問題。


「先に奴らを片付ける」


クリスタルの杖がナイフに形を変える、掠っただけで即座に意識を奪う気絶の術式が施されている、そのあとの生殺は自在也。


「また人殺しか、お前いったい道徳心をどこに忘れてきちまったんだろうな、クックック……」


悪魔は悪魔らしく、邪悪に悪辣に笑っていた……。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


ダダダダダンッ!


火薬の炸裂音、鉛玉が船体に当たる音、飛び交う指示に怒号、あるいは激しい爆発。


そこかしこで人が死に、人を殺している、この穏やかな晴れた日の海は瞬く間に朱に染まり、見渡す限りの辺獄が完成した。


数で優るはずの警備達は、賊の仕掛ける攻撃に翻弄されている。


襲撃が手馴れている、的確な視線誘導、連携、人員配置に隙をついての乗船、練度の差は明らかなものだった。


「やはり、介入して正解か」


これは勝てまい、荷物は全て彼らの物だ。


脅すだけ脅して、積み荷の幾つかを頂いて解放するいわゆる『海賊行為』とは違っていて、奴らは完全に『殲滅』を目的としている。


もしかしたら海賊では無いのかもしれない、それを装った別の何か。


これで狙いが悪魔の封印である可能性が高まった、ますます生かして帰すわけにはいかない、奴らは全員皆殺しとする。


物陰に潜み待ち伏せる。


すると目の前を男達が通り過ぎたので、飛び出して最後尾の者に組み付き、ナイフで体のどこかを適当に切り付ける。


その瞬間男は意識を失い、ダランと力が抜ける。


「……っ!?」


仲間達が異変に気が付いて振り向くが、既に私は敵の銃を奪って構えており、男達は揃って蜂の巣になって倒れ込む。


「魔術使わねぇのかよ」


「銃殺以外の死因は目立つでしょう」


床に転がって呻き声をあげる男たちに、二発ずつ撃ち込んでトドメを刺し、最後に気絶した男にも同じ手順を踏む。


まずは三人。


これが賊初めての犠牲者となる。


警備兵達は敵を倒せずにいた、一方的な蹂躙と呼んで差し支えない。


「銃は浮かんで見えちまうんだな」


「機械と魔術は相容れませんから」


使い終わった武器は捨て置く、そして杖——今はナイフだが——を構え直して甲板を走る。


随分船側の人間が減っている、急がないとこれは突破されてしまうな。


今度は四対四の撃ち合いの現場に来た、いやたった今三対四になった、殺られたのはもちろん警備側の人間だ。


銃弾の雨の真横を走り抜けて遮蔽物を飛び越えて、そこに居たひとりを切り付け黙らせる。


脇から回り込もうとしている賊の背後を取り、腰に浅く刃を走らせる。


仲間に起きた異変に気付かない残りの二人は、人数不利にも関わらず警備兵を制圧、振り向いて状況を確認しようとした所で。


間をすり抜けた風に意識を奪い取られた。


これで七人。


先程同様息の根はしっかり止める、何が起きても蘇生されることが無いように。


とここで、外に出ていた警備チームが全滅した。


予想より随分早い、不甲斐のない連中だ、こんなにも早く倒されてしまうとは。


急いで駆ける、魔術探知で居場所は知れている、残りの五人は一箇所に固まっている、奴らは船内に侵入して行った。


走って追い掛けて、奴らがこじ開けた扉を潜り、通路を抜け階段を下る、銃撃音が響き渡る。


壁に跳ね返った弾が私に直撃する、防護結界が無ければ今ので死んでいる、こんな間抜けな死に方は絶対にお断りだ。


階段を下りた先で奴らの姿を見た。


ちょうど撃ち合いが終わったところ、しかもここは悪魔の言った場所に近い、思ったのよりずっと余裕がなかった。


「これで最後」


私は今までと同じように走って飛び込もうとして、次の瞬間に包まれることになる。


——ドガァァァァァン!


「なんだ……!?」


熱波、灼熱、衝撃波、目の前を走っていた男達は形も残らず消失してしまう。


「おい人間!聞こえてるか!?正体が分かったぞ!」


耳鳴りと合わせ悪魔の絶叫が鼓膜を貫く、だが抗議の声をあげる余裕は無い。


何故なら——


「——はぁ、騒がしくておちおち眠ってもおられん」


背筋が凍るような声。


煙の中から現れる紅い瞳の化け物、人間の少女の姿を借りた得体の知れない恐怖、鋭い爪に残虐な牙、全身から漂う死の香り。


……圧倒的な脅威ッ!突如現れた未知の危険ッ!ありとあらゆる本能が『逃げろ』と告げているッ!!


「そいつだ、そいつの中にオレの力がある、野郎オレの一部を封印ごと喰らいやがったのか……!?


ちくしょう滅んだはずだろ!いつの時代も面倒事の中心に居やがるな!」


それは本でしか見たことがない、遥か昔この世界に生きていたとされるモノ。


「む?なんだ、姿なぞ隠しおって小賢しい、そんなもの私の前で通用せんわ」


ハッキリ目が合った、強力な術式に隠されているはずの私と寸分違わず視線を交わしている。


「まぁ良い!機嫌が良いのでな!ここは是非名乗らせて頂こうでは無いか


我が名はレイノート=ファンブルク!幾千数多の同胞を殴り倒し、奴らの王として君臨した世界最凶最悪のである!


そこのお前!我が朝メシとなるが良い——ッ!!!」


─────────────────────────────────────────────────────────────────────────────


ご閲読ありがとうございます!


よろしければ『いいね』または『感想コメント』よろしくお願い致します!


皆様の応援が励みになります!それでは失礼しました!またお楽しみください!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る