唯一残された、最も可能性の高い選択肢


両腕、両肩、両脚。


行動を起こすために必要な全ての部位を、物理的に取り押さえられ拘束されている。


四つ足の異形、造形のハッキリしない、見ていて気分が悪くなるようなおぞましくも神秘的な怪物に、私は完全に無力化されてしまっている。


「契約、したんでしょ、アレを私にちょうだい」


フォルトゥス=ラァケルト、彼女はそう言ってこちらに手を差し出した。


——今更口を聞く気になったのは何故だ。


彼女は既に二度、私を殺そうとしている。


一度目は殺し屋に、二度目は直接的に、すなわちそれは契約の繋がりを無視して強制的に悪魔を奪い取る手段を持っているということになる。


勝者のゆえの油断か?それとも私に利用価値を見出したか?どちらにせよ状況は良くない。


私にズィードゥークをどうこうする権利はない、ラゥフの中に封印されている以上、彼女が自分の意思で解放でもしない限りは一切の干渉が不可能だ。


向こうからも、こちらからも。


だから渡せと言われても渡せないし、この問答に何の意味があるのか分からない、考えていることが読めず困惑する。


慎重に言葉を選びつつ、相手がどの程度の頭を持っているのかを探るように答える。


「そうしたいのは山々だけどね」


暗にそうできない事情があることを仄めかす、まずは興味を引くことが肝心だ、提案に乗っかる意思が無いわけでないという姿勢を見せておく。


すると彼女は。


「そう、じゃあ要らない」


と言い、私を捕まえている怪物達に目配せをした。


——ブヂッ!ブヂブヂブヂッ!ブヂッ!!


声を上げる間も無かった。


私は全身を潰され、引き千切られ、紙切れ同然に殺害された。


「アテが外れた」


彼女は肉塊に変えられていく私から目線を外し、背中を向けて歩き去ろうとした、だがその歩みは間も無く止まることになる。


「魔術、封じたはずなんだけど」


怪訝な表情と共に彼女が振り返る。


に興味深いという眼差しが注がれる。


私のこの再生機構リジェネレーションは魔術によるものではない、肉体改造とそれに伴う薬品投与によって実現した新たな機能のひとつだ。


不老不死の研究、その果てに見出した失敗作、実現しない目標の傍らに転がり落ちた副産物、だから魔術を無効化しても効果はない。


一方。


命令を実行した怪物達は、私がまだ生きていることに戸惑い、再び同じことを繰り返そうとする、そして次の瞬間彼らの一部が爆縮した。


「指示、出してない」


私を取り押さえる怪物はもう居ない。


にも関わらず、私は微塵も自由になっていない、何か得体の知れない力が、全身の働きを封じ込めているのを感じる。


前に掲げた腕を下ろし、キラキラと流星の残滓を漂わせる彼女は、私の元へゆっくり歩いてきた。


「ホンモノ、初めて見た」


そして彼女に生えた尻尾が、ズタズタの布切れを体に纏わせる私の右頬を、生まれたばかりの赤子を扱うかのように優しく撫でる。


だが、やがて彼女は表情を固まらせ、呟いた。


「いや、彼らじゃない」


——シュル。


尻尾が首に巻き付く。


そのまま持ち上げられ、無理やり体を浮かされる、呼吸が阻害され数度ほど咳き込んだ、だが四肢はダランと垂れて動かない。


フォルトゥスは私の目を覗き込み、更にこう呟く。


「だけど


——内心に動揺が走る。


「不思議」


そんな私とは裏腹に、首に巻き付いた尻尾が解けていく、どうやら害意が消え去ったようだ、全身を抑え付ける力の働きが無くなった。


私は空気を求めて深呼吸をした、それと同時に無数の疑問が湧いて出る、主題は彼女の発言についてに他ならない。


『人ではない』


言葉通りの意味か、それとも何かの比喩表現か。


思い当たることはいくつかある、まず吸血種の血を取り込んだこと、そして短期間とはいえ悪魔に身体を乗っ取られた経験があること。


そして一度死を迎えていること。


確かに私個人の価値基準に照らし合わせてみても、既に『ヒト』とは呼べない状況だろう。


だが問題は別にある。


彼女の発言が『先天的』なものか『後天的』なものか、そのどちらを指しているのかということ。


「来て」


彼女は私を振り返りそう言った。


何が狙いかは分からない、だが私には従う以外の道はない、戦って勝てる相手でないことはとっくに証明されている、逃げる手立ても思いつかない。


私には彼女の後を追うことしか出来なかった——。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


「これは」


私が連れてこられたのは、崩れた城の天井のない部屋だった、そこで見たのは意外な光景だった。


「返してあげる」


部屋の中央にあったのは、私が此処に乗り付けてきた飛空艇だった、てっきりもく破壊されてしまっているものと思っていたが、まさか無事だとは。


しかも『返してあげる』だと?


疑いの眼差しを向ける私を他所に、彼女は淡々と話を進めた。


「だから


過程や前提を省いた要点のみの会話、彼女が何を言わんとしているのか、私にはよく理解できた。


フォルトゥスは、私と悪魔との繋がり既にが切れてしまっていることを知ったのだろう。


だから、今の契約者を、足を返す代わりに此処へ連れて来いとそう言っているのだ。


生死は問わない、そういう事だ。


そんな私の推測を裏付けるように、一枚の硬貨が手渡される、それはイヴィディアの受け取った封筒の中に入っていた物と酷似していた。


受け取りたくはなかったが拒否権は無かった、手にした瞬間、ある『力』が働いたのが分かった。


——呪いだ。


突然手の甲が焼けるように熱くなり、急いで手袋を外して確認する、するとそこにはタイマーが刻まれていた。


「期限は二十四時間」


針が動き始める、これがぐるりと一周するまでに、私が目的を達成させられなかった場合は、その場合待ち受けている末路はなんなのか。


それを教えてはくれなかった、続けて目に見えない力が身体を持ち上げる、私を飛空艇の方に移動させていく。


彼女は最後にこう付け加えた。


「あまり、待たせないで」


——バダン。


そして飛空艇の扉が閉まる。


私は震える手でパネルを操作し、エンジンをつけ、吹き抜けとなっている部屋の天井から、機体を上昇させ空に飛び立った。


追手は無い、私は誰の、何の妨害も受ける事なく、何人も通り抜けられないはずの『不可侵の四面体』を通過した、やはり内から外へは……。


——余計なことん考え始めた頭を左右に振り、思考を散らす。


与えられた猶予は二十四時間、それまでに悪魔ズィードゥークを連れて帰らねばならない、そのためにはラゥフを引っ張るしかない。


やる事はハッキリしてる、むしろ問題は手段の方。


ラゥフは恐らく、自らに封じ込めた伝承の悪魔を、易々と他人に譲り渡したりはしないだろう、彼女は悪魔を滅ぼすつもりでいるからだ。


協力を仰いでもきっと意味は無い、私にかけられた呪いを解くことも不可能だ、今回のはイヴィディアに使われていた物とはまるでレベルが違う。


結界で誤魔化すことも出来ない、凄まじいまでの強制力が働いている、私が助かる唯一の方法はフォルトゥスの命令を聞くことだけだ。


——ギヂ。


操縦桿を握る手に力が入る、なんとか別の道は無いものかと必死に思考を巡らせてみる、それは殆ど悪足掻きとよべるものだった。


しかし、結果は変わらない。


ラゥフの説得は上手くいかない、自分の目的か教え子の命か、彼女は取捨選択を誤らない、いざとなれば迷わず私を切り捨てるだろう。


万に一つの可能性もない交渉よりも、遥かに勝算の高い手段が他にある。


それ以外の方法では時間が足りな過ぎる、これではなんの対策も練る事が出来ない、もし説得に失敗すればその時点で警戒されてしまうだろう。


そうなる前の今なら、極めてか細い希望が今ならばまだ、辛うじて残っているかもしれない。


私が取るべき最も合理的な選択肢、完遂すれば悪魔狩りなどという余分に付き合う必要もなくなる、頭の中に浮かんだ答えはたった一つだけ。


あわよくば悪魔ズィードゥークへの復讐も同時に、現状これ以上は望めない手段。


それは、黄金蝕ラゥフ=ドルトゥースの殺害だけ、


「……やるしかない」


覚悟は、定まった——。

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