循環侵食、華律宮の悪魔。


「だああっ!纏わりついて来るな!邪魔だよってぇ!」


アークが乱雑に刀を振り回すと、弾ける火花が床の花を焼いて払った。


「けほ、けほ……埃が立つ……」


文句を言いながらヒビの入った結界を修復する、どれだけ頑丈に作ってもこのザマだ、これで人間のつもりなんて冗談も良いとこだ。


さっきの『喧嘩』のおかげで全身火傷まみれだ、再生しても再生しても端から順に焼けていく、説得したというよりは飽きられただけだ。


「埃くらい我慢しろって、この穢らわしいグロテスクメルヘンに比べたら万倍マシじゃないか、アタイの炎は世の中のためになっている」


「害獣駆除ついでに世界が丸焼けの釜戸になってしまったら元も子もないでしょうに」


「オマエの独りよがりなクソ魔術を、少しでも誰かの為に使ってから文句を言え」


——ピッ。


杖を振ってアークの首を切り飛ばす、話の通じない悪い子には良いクスリだ。


「……チ」


瞬く間に傷を再生した彼女は、悔しそうに言葉を飲み込み舌打ちをした、恐らく避けられなかったのだろう、避けるつもりで事に当たったのだろう。


良いんですよ褒めてくれても、その恨みがましい視線は『腕を上げたな』という意味に捉えさせてもらおう、それほどでも無いですよ本気でもあるまいし。


「それで?あの悪魔を殺すって?」


「いかにも」


「アタイの獲物だよアレは」


首筋に刀を添えられる、その際の空気抵抗でパチパチと刃が爆ぜている、まるで線香花火のように。


「腹いせに無意味な脅しをかけないでもらえませんか」


その辺りは話がついているはずだ、お互いにとって華率宮の悪魔は邪魔な存在、私は師匠の仕事の引き継ぎで、彼女はこの土地に用事があるから。


「うるさいな、取りに来ただけなんだよアタイは、昔住んでたからなこの国に、置いてきちまったのを思い出したから、それを邪魔されたうえにこんな」


途中で言葉を切って目線を足下に向ける、彼女のイライラの原因はまさしく『それ』だ。


「……もう野も山もねぇじゃねえか、建物も文明も滅び去っちまった、アタイはこれでも人間のつもりだ」


刀を下ろすアーク、奥歯からキリキリという異音が鳴っている、その度に小さな火花が散っている、火種は足元の邪花に燃え移り灰へと変えた。


「何を取りに来たのか聞いても?」


「ふん」


彼女は早足で前に出て、刀を肩に担いで姿勢を下げる、そして渾身の力を込めてぶん回し、見渡す限りを赤熱するクレーターに変えて、こちらを向きこう言った。


「川で見つけた綺麗なだけの石っころだよ!」


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


その昔、人類は悪魔と戦争を繰り広げていた。


各地に戦いの爪痕が刻まれている、大勢が犠牲になった最低最悪の歴史のひとつ、しかし今もまだ完全には決着がついていない。


悪魔は殺せない。


殺すための方法が存在しなかった。


だから封じるしかなかった、伝承の悪魔ズィードゥークのように。


中でも彼は特別で、力を切り分けて保管されていた、それは当時封印を決行した大魔術師の采配、彼は比較的新しく討伐された悪魔だった。


つまり、それより以前。


時代は進歩するものだ、技術力も然り。


当時華律宮の悪魔が封じられたときは、まだ術の精度が十分ではなかった。


切り分けるという発想も、それを実現できるだけのメソッドの確立もまだだった、故に今回の事態は引き起こされたと言っていい。


「……なるほどな」


頭の中で結論を弾き出すと共に、パタンと。


全てが花びらに変えられる中で、唯一変異を免れていた小さな手記を閉じる、誰かが当時あの悪魔を封じた時に使用した術式をここに書き留めておいたのだ。


「何か分かったのか」


しゃがみ込み考え事をしていた私に、後ろから声をかけてくるアーク。


「概ね把握しました」


ヒラヒラと手記を振りながら答える。


遠くからでも一目瞭然だった、そこは聖域と呼ぶに相応しい状態だった、なんせ唯一不毛の大地だったから、ポツンと置かれた小さな机が結界の核だった。


その机に腰掛けアークを向く。


「難しいことはありません、濁流を押し留めていたダムの上を、とうとう泥水が溢れ出したというだけ」


そしてそうなる原因となったのが、目の前にいるこの悪魔というわけだ、元から不完全な封印だったというのも助けこのような事態に陥っている。


しかも。


これはまだ氷山の一角に過ぎない、本命が目覚めた訳では無いのだ、それなのに既にこの被害、文明を養分として育つ畑は拡大し続けている。


華律宮の悪魔ダルクモンド=アプロストゥ=レイェス、ヤツを早急に討滅する必要がある、さもなくば惑星諸共に食い潰される。


「原因が分かっただけかよ、ちょっと考えれば誰だって思いつきそうな」


「第三者の悪意によって目覚めさせられたのではないと知れただけでも収穫ですよ、無意味に背後を警戒する必要がなくなった


それに本体はまだ復活していないのだから、悪魔の元まで安全に近付けるということ、準備を整える時間くらいはあるでしょう」


「そのくらい、ちょびっと考えれば誰にだって分かる」


少し小さい声でそう言いながらそっぽを向くアーク、彼女はあまり考えながら戦うタイプでは無い、故にこういった場面での察しは微妙に悪い。


悪魔だった頃は無かった弱点だ、と本人は嘯いているが果たしてどうだろうかな。


状況が把握できたとこで、我々は花畑を踏み荒らし、この事態を引き起こした張本人の元へ急いだ。


いくつか作戦や魔術を構築してみるが、実際のところ役に立つかどうかは不明だ、私にはまだ悪魔と直接戦った経験がない。


かの悪魔殺し、黄金蝕ラゥフ=ドラトゥースでさえ、幾度となく死にかけてきたほどだ、先生には不意打ちで勝っただけで実力で上を行ったワケではない。


——とはいえ勝算はある。


なんせ当時とは情報の質が違う、長い時間をかけて調査されてきたことだ、いつか本当の意味での敗北をくれてやるために、人類が積み重ねてきたものが。


「ああ、着いたぞ魔術師、あそこに居るよ」


ある時、前を歩いていたアークが止まり、そう言った。


「なんて光景だ」


我々の見つめる先にあったのは、空から降り注ぐ一本の光の柱と、その中心に飛ぶ数匹のちょうちょ、そしていつかの折に見た黒く燃える太陽。


神々しくも恐ろしい、絵画のような光景。


ズィードゥークが国を滅ぼした時同じ暗黒を見た、あれは悪魔が地上に権限している証、内から外への通行を決して許さぬ闇の領域。


よく見ると、ちょうちょは時間と共に数を増しており、ヒラヒラと宙をさまよいながら、何かの形により集まろうとしてる様だった。


「秒読みだ、思ったよりギリギリだぞ、ありゃ今日中に復活するだろうさ」


そのようだ。


「華律宮の悪魔は見たものを花に変える


花は大地のエネルギーを吸い上げる、それはやがて逆さ吊りの悪魔像を生み出し、地獄の釜底のようにドス黒い鱗粉を散布する


鱗粉を吸い込んだ生き物は例外なく枯死させられ、その死体からは瘴気が発生するようになる、瘴気は空高く登っていき、やがては雲に混じって雨の中に溶ける


侵された雨粒は無機物有機物の区別なく、全てを花の化け物へと変貌させ、それは本体が殺られた場合のスペアボディとしても機能させることが出来る


……でしたか」


かつて読んだ本の内容を思い出して呟く。


以前ヤツが封印された時は、黄金蝕の蝕術が咲き誇る花に感染し、呪いが込められた養分を吸い上げたことで。


雲に熔け雨粒となって降り注いだ自分の能力によら全身を侵され、フィールドの生成能力を失ったのだという。


そこから先は泥沼の戦いだ、無効化したそれら能力は単に悪魔の力の一部というだけに過ぎず、本体の弱体化を意味することじゃない。


華律宮の悪魔がそこに存在するだけで、自動的に始まる連鎖反応のようなもの、戦いの土俵に上がるための前提条件なのだ。


「私がアレの封印を解いたら」


「分かってるさ、アタイが花の浸食を止めてやるとも、このアーク=ロッドロゥ様が全力でな」


彼女は炎の悪魔、ズィードゥークや華律宮の悪魔と同じく古の時代を生きた大物の厄災だ、人となってなお力が失われない程の強大さ。


戦力としてこれ以上はないだろう。


「それよりも本当に殺せるのかよ」


「ええ、確実に」


無論確証はない、だがここでは言い切るしかなかった。


何故なら彼女が大人しくしているのは、私がラゥフの弟子だったからだ。


私はラゥフにアークのことを黙っている代わりに、アークは私の頼みをある程度叶える、そういう契約を過去に結んでいる。


といっても伝承の悪魔ほどの強制力はなく、どうにかしようと思えば出来てしまうのだ、故にラゥフが死んだと彼女に知られた今、私に悪魔討滅の力が無いと思われるのはマズイ。


彼女は腐っても元悪魔だ、人の嘘を見抜くのは造作もない、ラゥフの死を隠したところで無駄だ、それなら正直に殺害を申し出た方が良いだろう。


警戒して貰えますからね。


現に、この短期間のうち我らは二度争っているが、どれも彼女は本気を出していなかった。


人の姿を手にしたとはいえ、悪魔は悪魔、隙を見せれば食い尽くされる。


「同族を殺すのは初めてだ、ボルテージが上がってきた、良いね人間の心臓ってやつは、ドクドクと滾るような脈動を感じる」


興奮、アドレナリン、瞳孔の拡大、それとは裏腹に無視出来ぬ違和感を覚えている、まるでその場の気まぐれのように決断した悪魔殺しに関して。


——だってそうだろう?


彼女がここに来たから封印は壊れかけた。


彼女がここに来たのはついさっき。


——出来すぎだ。


タイミングの良さが妙に気になる、しかしもう後戻りは出来ない、今更逃げても死ぬのが遅れるだけ、コイツが復活してからじゃあもう遅すぎる。


やるしかない、やるしかない状況に追い込まれている。


誰に?


もし仕組まれていたとしたら、誰が?


そんな奴、私は一人しか心当たりが無かった。


「それでは、封印を解きます」


「おっしゃぁ!来いやぁッ!」


——パキッ。


ちょうちょの羽が、ボロボロと崩れて散り散りになり、それを吸い込んだ暗黒の太陽が


開かれた瞳は黄金の輝きを持っていて、それに見られた花の畑の様子が一変した。


伸び始めたのだ、太陽の方角に向かい、一斉に。


——ミヂ、ブヂブヂブヂ。


花は自らの体を捻り潰しながら二束のツルのように圧縮されて固まり、まるで空と地上を繋ぐ架け橋のように、緩やかな曲線を描いて太陽を目指した。


痛々しいその橋は、花の蜜を滲ませ、まるで人の血のように滴り大地を濡らした。


水滴はやがて水流となり、染みに等しかった花の蜜は今や広大な鏡面を生み出している。


——ピチャ。


その中から。


——ピチャ。


姿を現す異形のナニカ。


それはまるで邪神を祀った石像のように禍々しく、不気味に胎動を続けていた、顔のように見えるものは割れた鏡のように景色を異様に映し出している。


直後。


その像を中心に色鮮やかな花の都が形成されていった。


——バッ!


それを見たアークが、地面を踏み砕きながら弾丸のように飛び出し、姿勢を低くしながら全身を捻り、剣先で地面を擦りながら獲物を振り抜いた。


「——榴征晩夏りゅうせいばんかッ!」


ドォォォォォォォンッ!!!!!


吹き荒れる爆炎、彼女の剣は地面との摩擦で多重発火、火山が八つは同時に噴火したかのような、途方もない災害を数百kmに渡って引き起こした。


広がり続ける花の領域は、その炎によって焼かれ一時的に侵攻が遅れた、そうほんの一時的に。


荒れ狂う炎がそのまま花束に置き換わる、燃えるような赤い色を携えた、目を見張るような美しい光景が文字通り広がっていく。


それを見て、ニヤリと笑うアーク。


「もうイッパツ残ってんだよなァ!」


彼女は反対の手に持った刀を、再びおなじように、寒空の下マッチを擦るように、地面を荒く削りながら爆発の力を貯めて一気に前方へ発散した。


「オラァッ!榴征晩夏りゅうせいばんかァーーーッ!!!」


ドガガガガァァァァァァァンッ!!!!


滅茶苦茶だ。


「だが、なんて頼もしい仲間だろうか!」


隕石の大衝突にも似た災厄は、今宵初めて誰かの役に立てたのだろう。


道が開けた、花の侵食をかき消した、悪魔の権能をアーク=ロッドロゥがぶち抜いた。


様子見はしない、初手で勝負を決めに行く。


ラゥフが組み上げた悪魔討滅の術式、私はそれを瞬間的に構築し解き放った、自分史上最高速を叩き出していたと思う。


——ボゴッ!


悪魔の体が七割型消し飛ぶ、だが遅れてやってきた反撃の触手が、結界の上から私を打ちつけた。


——バシッ!


アークも私も、その攻撃には瞬時に気が付いたが、それでもなお対処の手は届かなかった。


守りを怠ったつもりはないが威力を殺しきれない、体に深い切り傷が刻まれる、並の使い手ならば真っ二つになるところだ。


オマケに傷口からは強い呪いの気配が漂っている、人を植物に変える呪いだ、自力での解呪はおそらく不可能だろう。


一方。


討滅術式を食らった悪魔の方は、体から色味が失われ端からボロボロと崩れていた、確実に始末したという手応えがあった。


「……マイルズ!」


悲痛な叫びと共にアークが振り返る、彼女の態度がことの重大さをよく表している、助かる手立ては無いのだろう。


指先から順に花に変わっていく、血液が少しずつに置き換わるのが分かる、そして恐らくはこの体が華率宮の悪魔復活の苗床になるのだ。


「やはり、悪魔退治に関しては素人だったようだ」


己の末路を理解し、つぶやく。


思考が違うものに侵食されていく、知らない言語や価値観がなだれ込んでくる、それはこの世ならざる怪物のもの。


何故本来の目的を外れこのような場所を訪れたのか。


驕りか、罪悪感か、気まぐれか、どれを取ってみても、私の知る『キャリー=マイルズ』像とはかけ離れているように思える。


突拍子も無かったし、色々と都合が良すぎた。


薄々そんな気はしていた、嫌な予感はずっと前からしていた、しかしそれを聞ける先生はもう、この手で殺してしまってもう居なかった。


「クソ!マイルズ!仕方ないオマエごと焼くぞ!今ならまだ間に合うかもしれない!」


二刀を構え、炎を燃え上がらせるアーク、だが私も彼女も心の奥底では分かっている、今更そんなことをしても遅いということが。


「——詰みですね」


諦めの台詞、敗北宣言、そしてそれを口にした途端、周りの全ての時間が凍結したかのように、私以外何も動かなくなった。


何を疑問に思うも前に、事態はある者の『声』によって動く事になる。


『迷棺の霧キャリー=マイルズ、オマエはあと数十秒で死に至る』


聞き馴染みのある、あの不快な声。


『そこでこのオレが慈悲をくれてやろう、なあに大した代償ではない、始めの時と同じさ女魔術師、ちょっとした契約を結んでくれりゃ良い』


ヒタリ、肩に冷たい悪魔の爛れた手が、不安を煽るように不気味に置かれる。


そして。


『侵食を止めてやる、その代わり、オマエの体の半分を寄越せ』


その者は、まさしく悪魔の取引を持ちかけてきた。


私は思考を誘導されていたのだ、夢にも出て来れるのなら、頭の中を多少弄れても不思議はない、タイミングが妙に良かったのもコレで解決だ。


私の運命は、残滓と成り果てた搾りカスのような、ちっぽけなちっぽけな断片のような彼に、ものの見事に弄ばれてしまったのだ。


『悪いが生き汚なさには自信があるのサ、残念だったな殺し切れなくて、またよろしく頼むぜ?』


彼は私がどう答えるかなど、まるで分かりきったようにケタケタと嘲笑っているのだった……。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


「——さて」


私の体を使って、私の声で。


「まずはオレの居場所を空けてもらおうか?」


私ではないモノが言葉を操る。


「……っ!?」


その変化にいち早く気が付いたアークは血相を変えて大きく飛び退いた、おそらく私がもう敵に乗っ取られてしまったと思ったのだろう。


——もしかすれば、 まだそっちの方がマシだったかもしれないが。


空に暗黒の太陽が打ち上がる。


「な、なに!?コレはまさか!!」


驚くアーク。


太陽は影のように妖しく揺らめき、花の都と化したこの広い地上を余すところなく黒塗りにした。


途端、それまで色鮮やかだった花たちが、ひとつ残らず褪せて腐り果てていく、ボトボトと蕾を落とし命を散らせていく。


「補給路を汚染した、退路を断ち切った、貴様の中にオレの呪いがなだれ込んだはずだ、乗っ取りに意識を割いていられないはどに」


いつもの勝ち誇ったような、嘲笑うような、楽しげな声ではなく、極めて冷淡で乾き切った、一切の温度を含まぬ声で彼はそう言った。


「元の体はここのクソ魔術師が滅ぼした、外に逃げようにも安全な依代は残ってない、どこもかしこもオレの手中に堕ちている


貴様に残された道は最早一つしかないぞ」


彼がそう言うのとほぼ同時、私の体から荊の塊のような物が飛び出した。


その塊はジュクジュクと膿んでおり、今にも崩れ去ってしまいそうな状態だった、悪魔がつまらなそう鼻で笑って言う。


「意外性の欠片も無い」


チェーンソーの刃のような形の棘が無数に付いたツタが襲い掛かる。


ダランと体の横に垂れ下がった悪魔わたしの右腕が、一瞬残像を残してブレ、再び実像を取り戻したその時には、ツタは細切れに解体されていた。


「権能に頼り切ってるからか、攻撃がぬるいな」


——ビ!


真横から極太の熱線が放出される、状況を察したアークの追撃だ。


荊の塊はツタで盾を形成したようだが、そちらに気を取られている隙に懐に潜り込んだ悪魔わたしが、爪を幾千幾万と振り抜いた。


——ズシャアアアッ!


散り散りになりながら塊が飛んでいく、ドクドクと血のような液体を撒き散らし、必死に傷口を再生しようと蠢いている。


逸火洛楼魂いっからくろうこんッ!」


——ヒュン!


掛け声と共に、切り開くように二刀が振られると、傷跡から真っ白い糸のような炎が噴出し、空に咲く花火のように塊を飲み込んだ。


「技名、叫んだほうがテンション上がるって、まだそんなことやってるのかお前」


呆れたように呟くズィードゥーク、すると彼女はこちらに向かって刀を振り、爆炎を巻き起こした。


「やっぱテメーじゃねーか!何しに出てきやがったテメー!爆ぜて燃えて失せ潰えやがれ!」


炎を片腕で振り払って、残った火傷の痕をペロリと舌で舐めながら、微妙な火加減だなと煽る彼、人の体をずいぶん乱暴に扱ってくれる。


煙の中から荊の塊が飛び出す、それはどうも人の形を取っていた、おそらく私の体型を元にして。


「今更戦い方を変えても無駄だ、そうだろ?」


「——こう答えるのは実に癪ですが、ええまったくもってその通りです」


意識が切り替わる、声の主が入れ替わる、シームレスに予兆もなく打合せもなく行われ、しかし準備は万端待ち侘びたこの瞬間。


ズィードゥークが体の主導権を手放して、それを瞬時に理解し反応した私、すぐさま杖を取り出して前方へと向けた。


「勝たせて貰いますよ」


討滅術式、華律宮の悪魔はこちらの意図に気付き、咄嗟に防御反応を取ろうとするが、彼の言葉通りそれは『今更』に過ぎなかった。


——ボンッ。


骨壷を蹴り壊したかのように、灰が舞い上がり炸裂した、後には花のひとひらも残らなかった。


「如何に大物の悪魔といえど、所詮は封印明け、ニンゲンの魔術師に相当消耗させられた後だ、力が戻り切る前に襲われて不安だったな?」


そして私の許可なく、私の喉を使い、当たり前のように言いたいことを言う悪魔、なるほどコレがその『代償』というわけか。


頭痛がする。


この先のことを考えて気が滅入っていると、背後から尋常では無い熱が伝わってきた、振り返るとそこに居たのは勿論アークで。


「シュゥゥゥーーーッ……ハァァァーーーッ……」


彼女は口から白い蒸気を吐きながら、刀を二本しっかりとこちらに向けて構え、今にも切り掛からんという剣幕だった。


「余計な刺激をしないで下さいね」


「こんなふうにか?」


——コツンッ。


勝手に左腕が動き、床から拾い上げた石をアークの額に当てるクソ悪魔のズィードゥーク。


——ブヂッ!!


血管の千切れる音が鳴り響く。


「コロスッ!!!」


「さあ、悪魔狩り第二ラウンドだぜニンゲン、悪いがアイツは今でもかなり強い、死にかけたらまた助けてやっても良い


どうだ?なんなら先に契約しとくか?多少はまけてやらないこともないぞ?うん?」


相変わらず人を誑かそうとする時だけ、この世の何よりも楽しそうな声で笑う奴だ。


尋常では無い悪辣さ、倒せたと思ったのが間違い、結局私は何処までも弄ばれただけか、主導権なんて一度も握れた試しがない。


「必ず殺してやるぞズィードゥーク」


「ケケケ、夢物語は紙にでも綴っておきな」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る