第41話 お好きな方へ

「では試して見ればいいでしょう!? まず猫を離し、私と皇太子殿下がその子においで! と、同時に呼ぶんです。私に寄ってきたら私のです!」



 旦那様が皇太子殿下相手に必死の交渉をしてくださっています!



「では私に寄ってきたら……」

「……あー、ありえませんが殿下の猫ですね」



 旦那様は絶対零度のような冷かな目で皇太子殿下を見ています。



「そもそもこの猫は私が離した途端に逃げるかもしれないだろう? 君は小動物に怖がられる性質たちではなかったか?」


「ええ、なのに唯一触らせてくれるのがその子です。しかし万が一、我々双方から逃げ出すならどちらも嫌われてますから、お互い潔く諦めるしかないでしょう?」


「ま、そなたがそこまで言うなら仕方ないか」

「さあ、離してください」



 そう言って旦那様は屈みましたし、皇太子殿下も屈み、私を己の腕の中から開放しました。



 地面に着地する私に二人の視線が私に集まり、



「「おいで!」」


 と、二人揃って私を呼び、両腕を広げました!



 だっ! と勢いよく走り出した私はもちろん旦那様の方に飛びつきます!


「あっ……」



 思わず声を出す皇太子殿下。



「ニァアアァン!!」 



 旦那様ぁーーっ!!



「おっと、よしよし。エリアナ怖かったな。勝手に一人でお外に出たら危ないだろう?」

「うなぁ〜……なうなうなうぅ」



 ごめんなさい……。



「ふぅ、残念だ……」



 あからさまにがっかりする皇太子殿下。



「皇太子殿下に懐く猫など皇都には他に沢山いると思われますよ」

「その猫が綺麗で可愛いから欲しかったのに」

「私のものを欲しがるのはおやめください」



 あまりにもあけすけに言う旦那様に皇太子殿下は苦笑いをしています。

 旦那様は包み隠さな過ぎる!!



「殿下、あんな野良猫に触ったのですから、湯殿に参りましょう」


 侍女が皇太子を促して立ち去ってくれます!

 あんな野良猫呼ばわりはこの際大目にみます!


 これでようやく旦那様に抱っこされてお部屋に戻れますが、まだドレスは隠したまんまですし、光る川も見れてません。


 私は一体なんの為に……。



「しかし、満月でもないのに何故こんなことに?」


 確かに! あの飲み物が悪かったのでしょうか?

 そういえば水筒はうっかり地面に落としましたが。


「うなぁ〜っなうなうなう……」

「やはり何を言ってるかさっぱりわからんな……」


 護衛騎士やメイドも集まって来たせいで旦那様をドレスのありかまで案内できません。

 困りました。



 結局、お部屋に戻ってきて旦那様はまず足元が汚れた私の為にお風呂の用意をしてくださいました。


 お湯を貯めた桶のお風呂です。

 やむを得ず、脚先をそっとつけます。

 温かい……。


 そして石鹸でワシャワシャ脚を洗われました。


「ニャアッ!?」



 次に胴体も洗おうとしてました!

 あーーっ!

 そこは触らないでいただきたいのですが!


「エリアナすまない、少しだけ我慢してくれ!」


 暴れる私を宥めつつ結局洗われました!!


 ああーーーーっ! 

 恥ずかしい!!


 その後、旦那様は私の濡れた毛を魔法の風で乾かしてくれましたが、次にまた破廉恥なことが!


「ちょっと、ごめんな、許してくれ!」


 !?


 ……すぅーーっ


 ああっ!!

 あろうことか! 吸いました! 旦那様が猫の姿の私のお腹を!! 猫吸い!!


 キャーーツ!!

 お風呂入りたてならいいというものでもありません!!


「はぁ、はぁ。念願の猫吸いを達成したぞ!」


 もおーーっっ!!


「ところで、本当に何故猫になってしまったのかを筆談で説明できるだろうか? 口にペンを咥えて」


 旦那様は、紙とペンを用意し、私にペンを差し出しました。


「うなぁ……」


 一応チャレンジはしてみますが、汚い筆跡になるに違いない……です。


「読めればいいからな、上手に書く必要はない」


 私はペンを咥えてなんとか経緯を書きました。


 令嬢と共に来た騎士のすすめで果実水を飲んだら急に苦しくなったと思ったら猫になったと。



「その騎士はうちの護衛騎士ではなく皇太子殿下の侍女と共に転移してきた護衛騎士なんだな?」


 私は頭を下に動かし、肯定しました。


「その騎士、なにか怪しいな、都合よく現れて飲み物を……エリアナには特に果物アレルギーもなかったし」



 ヒイズル国の者が暑いからと飲み物を配っていたらしいから騎士が私の分も分けてくれたという説明も新たに書きましたが、ヒイズル国はぶっちゃけ私には好意的で、攻撃や嫌がらせをするメリットもないように思えます。


 私はふと、あのお茶会の時の皇太子殿下の侍女の冷たい視線を思い出しました。


 私が皇太子殿下に目をかけられてるのが許せなくて嫌がらせに変なものを飲ませた可能性があるのでは?

 でも人妻相手にそこまでするかしら? とも思いましたが、女の嫉妬は恐ろしいものだと本にありました。


 恋に狂うと人はとんでもないこともしてしまうものだと……。


「とりあえず飲み物の分析をしなければ」


 ーーっ!! それとドレスも!


 私は慌てて木の根元の穴にドレスを隠して来たと紙に書きました。


「うなぁ……」


 ドレス……。


 旦那様が買ってくださったドレスを汚してしまったことが悲しくてまた泣けて来ました。



「大丈夫、大丈夫、竹筒の飲み物の残骸はこっそり私が探して回収してくるから、ドレスは汚れただろうがまた買えばいい」


 そう言って私の頭を軽くなでてから、更に「ここにいろ」と言って旦那様は窓からこそっと闇に紛れて出かけて行きました。



























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