第7話 花祭りと憤慨

 転移スクロールというのは便利なもので、私と旦那様とケビン様と護衛騎士数名は一瞬で皇都の神殿まで魔法の力で移動しました。


 足元には大きな魔法陣がありまして、まだ僅かに光を放っています。


 魔法陣から出て華麗な装飾のある神殿内を通り抜け、私達は皇都の街並みを見渡しました。


 人びとの住居たる建物が多く、そこかしこの窓辺にも花が飾られ、綺麗です!


 そして花冠を被った女性たちが楽しそうに行き交っています。


 めずらしく屋根のない馬車に乗り込み、しばらく進むと大通りです。

 街道の窓から花弁を撒いているゾーンに来ました。


 赤とピンクの花弁が空を舞っています。

 夢見心地です。

 花祭りとは、素敵なものですね……。



 そして天国から地獄に突き落とされる事件がこの後、おきました。

 花祭りの会場にて、会いたくない者と会ってしまいました。

 妹のフリーデリーケです。

 私を売り飛ばしたお金でだいぶん潤ったのか、綺麗に着飾っています。


 妹は私のことを一瞥した後すぐに私の隣に立つ旦那様に釘付けになりました。

 あ、嫌な予感!



「あら、お姉様、ご機嫌よう。もしや隣の男性は?」

「私の夫の小公爵様です」



 しぶしぶ紹介しました。



「まあ、やはり!?

社交界でとんとお見かけしない神秘のベールに包まれた小公爵様がこのような美丈夫だったとは、お会いできて光栄ですわ」


 妹の目が爛々と輝き、まるで獲物を見つけた獣のようです!


「どうも、ゼーネフェルダ子爵令嬢」


 それとは対照的に冷ややかな目でぶっきらぼうで雑な挨拶を返す旦那様。

 そんな態度を取られた妹はあろうことかわざとらしく旦那様の前で、足元に扇子をポトリ。



「あら、小公爵様の金の瞳の美しさに見惚れてうっかり扇子を落としてしまいましたわ。

 野外ですし、屈むとドレスが汚れてしまいますので、よろしければ拾っていただけませんか?」


 シナを作って甘えた声で……うっかりミスのふりして私の夫に膝を折らせようと!

 そういうのはその女性の崇拝者の男性がやることです!


 その瞬間、私の中でなにかがぷつんと切れた音がしました。



 私は旦那様が反応するより先にドレスの裾を掴んでカンッと、音を立てて扇子を人のいない方向に蹴り飛ばしました!



「なっ!? なんてことをなざいますの!? お姉様ったら!」

「あなたこそ何様のつもりで私の前で私の夫に膝を折らせようとなさるのかしら!? 身の程をわきまえてくださいませ」



 怒り心頭とはこのことでしょうか!



「ははっ、姉上かっこいい!」


 ケビン様は無邪気に笑っていて、旦那様はポカンとしています。



「は、はしたない上に暴力的ですわ! 小公爵様はこのような女とは早々に離婚されるとよろしいですわ!」



 妹は激昂して立ち去ろうとしましたが、すぐに執事服の男の人が小走りで駆け寄って、


「あの、この扇子はレディのですよね?」


 と、親切に拾って持ってきてくれたのですが、


「あの女の靴が触れた扇子などもういりませんわ!」


 と、肩を怒らせ、踵を返して去って行きました。



「あれ、この扇子どうしよう」


 年の若い執事さんが扇子を持ったまま困惑してます。


「私が貰おう」

「旦那様!?」



 何故か旦那様がフリーデリーケの扇子を受け取りました。


「この扇子は妻が俺の為に怒ってくれた記念品だ」


 何故か嬉しそうです!

 でも嫌!



「嫌です、妹の扇子なんか持たないでくださいませ! 代わりに私の扇子を差し上げますから!」


 私は憤慨して自分の持っていた扇子を旦那様に押し付けました。


「おお、普段大人しい義姉上が……」


 ケビン様が目を丸くして驚ろいています。



「今日はヤキモチ記念日だ……」


「旦那様! 変な記念日を作らないでくださいませ! 花祭りの日でしょう!?」

「ああ、忘れられない花祭りとなったな……」


 もう!

 私は恥ずかしくなって、軒を連ねるお祭りの屋台を見やりました。



「そ、そこのお肉を食べましょう!」


 ちょうど屋台の鉄板の上でお肉が焼かれていました! これは僥倖!



「急に肉を!?」

「焼き肉記念日に塗り替えます!」

「えー……」

「えーではなく!」


 私はかまわず焼き肉を購入して食べ始めました。

 しかしその時、


「お、皇太子殿下と皇女様の乗った花車が来るぞ!」



 どなたかの声が聞こえて振り返ると、華やかに飾られた大きな花車がやってきます。



 あの花車の上で手を振っている方が皇太子様と皇女殿下!

 お二人とも金髪碧眼で物語に出て来るような美形!


 しまった!

 ご挨拶前に焼き肉を食べてしまいました!


 さらに一瞬、皇太子殿下と目が合ってしまいました!

 街道には人が多かったにもかかわらず、おそらく長身の旦那様が隣にいたから目立ったのでしょう。

 それか美味しそうな匂いを放つ焼き肉が!


 呆然としつつ、焼き肉の皿を持ったまま、私は慌てて頭を下げました。

 カーテシーもクソもありません。

 手には焼き肉の皿があるので!


 皇太子殿下はそんな私を見て、笑っておられました。

 正確には吹き出したようです。

 焼き肉女が面白かったのかもしれません。


 皇太子殿下を笑わせる事に成功しました。

 そう考える事にしましょう。

 もうやけくそです。


 上品な公爵家の嫁を演じる必要がなくなったかもしれません。

 でも今からでも取り繕うべきでしょうか?


 あ、ところでだいぶん皇太子殿下と焼肉に気をとられていましたが、皇女殿下は旦那様の方を見ていた気がします。

 まさか一目惚れとかされてませんよね?












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