第8話 初めての夜会

「皇太子殿下と皇女殿下がいらしたのにお肉のお皿を持っていて、まともな挨拶ができませんでした……」


 そう言って私がショックを受けていると……


「昼のパレードが終わって夕刻から城で貴族達が集まる夜会がある、正式な挨拶はそこでできる」

「あ、そうだったのですね!」



 でも既に恥ずかしい姿は見られてしまいました。

 今度こそ食べ物に釣られることなく先にご挨拶します!


 そもそも旦那様がヤキモチ記念日とかわけのわからないことを言うから慌てたわけですが……


「エリアナ姉上」

「はい、何でしょうケビン様?」

「あの服飾雑貨屋で新しい新しい扇子を買いませんか?」

「あ、そうですね」


 自分の扇子は旦那様にあげてしまいました。

 今はその扇子、ポケットに入らないせいか腰に挿しておられます。



「そうだな、では行くか」



 お肉を食べ終えて雑貨屋に行きました。

 綺麗な扇子を探しておりましたら、


「こちら、タッセルをお好みの色をお選びいただけます」


 店員さんが言うには扇子につける飾り房を選べるようです。


「えーと、では、この金色を」


 とりあえず旦那様の瞳の色にしてみた次第です。


「これから夏だし、この銀の扇子と青色のタッセルを合わせるもいいのではないか?」


 もしかして私のイメージカラーですか?

 私は銀髪で青い目ですから、照れます。



「ドレスの色に合わせて何本かあってもいいと思いますわ!」

「義姉上! 俺もそう思います!」


 店員さんとケビン様の圧に負けて二種類の扇子を購入しました。


 夕刻には皇都の城へ向かいました。

 豪華な馬車が続々と城へ向かって行きます。


 緊張してきました。

 旦那様が、不意に私の手をとりました。


「手が冷たいな、緊張しているのか?」

「は、はい」

「気にすることはない、エリアナは将来公爵夫人になる公爵家の嫁だ、皇族以外はほぼ階級が下になる」


「そうそう」


 馬車に同乗しているケビン様も相槌をうちます。


「何があっても私が、君を守るから心配しなくていい」


 まるで物語の中のヒーローみたいな事を言ってくださいました。

 とても……似合いますね!

 お顔もいいので!


「そうそう、あと、話し相手がいない時は飲んだり食べたりしてればいいからさ」


 そう言ってケビン様もニコッと笑ってくださいました。


「お二人共、ありがとうございます」


 ややして城に到着しました。

 門から城までもだいぶ距離があり、とても広いです。


 旦那様は頼もしくとも、初めての夜会はやはり緊張します。


 * * *


「ゴードヘルフ・ラ・クリストロ小公爵様、並びにご家族の方、ご入場!」


 扉付近に立っている衛兵さん!? 

 そのアナウンスいりますか!?

 会場に入るだけで注目を集めてしまいます。

 思わず脳内でツッコミましたが、流石に口には出しません。


 ざわついていた人々がこちらを見ています!

 旦那様に手をとられ、エスコートで入場していますが、できれば広い背中に隠れたいです。


 そして珍しく社交界のパーティーに出てきた旦那様達に皆、色めき立っています。


 でもとりあえずは、皇族が入場された途端、皆の意識がそちらにいって助かりました。


 緊張しながらもなんとか皇族への挨拶も終えました。

 皇太子様が何やら一瞬カッと目を見開いた後に謎めいた笑みを称えていたのが気がかりですが、あれが皇族スマイルというものかもしれません。


 やはりあの焼き肉皿を持っていたのを覚えておられるのかしら? 今すぐ記憶を失って欲しいです。


 そして何人も旦那様やケビン様とお話したい人がわらわらとやってきたので少しの間、離れました。


 とりあえず緊張で喉が渇いたのでジュースでもいただく事にし、たくさんの豪華な食べ物や飲みものが並ぶテーブル前に移動しました。


 私はオレンジジュースの鮮やかなオレンジ色に惹かれてグラスを手に取り、飲んでみました。



 美味しい!!

 程よい酸味と甘さが素晴らしいです!


「まあ、見てくださいな、あの東の地方の令嬢、前回と同じドレスじゃありませんこと?」


 クスクスといやな笑い声が聞こえ周囲を見ると、嘲笑する意地悪そうな令嬢達と、黒髪直毛の大人しそうな令嬢が壁際でうつむいています。


「仕方ありませんわ、あそこは領地が虫害にあって作物を食い荒らされて大変でしたの」


 嫌な噂話も聞こえました。

 虫の害?

 東の地方の令嬢が気になって、声をかけるか悩んでいると、



「まあまあ、あの時のお姉様ったら、毛を逆立てた猫みたいでしたわね」

「!!」


 背後に気配を感じたと思ったら、やはり今、会いたくない人間ナンバーワンの妹と会ってしまいました。

 嫌味や悪口を言わないと死んでしまう生き物でしょうか?


「ごきげんよう、子爵令嬢」


 とりあえず挨拶はしました。

 夢の中で見た、絵が沢山ある本にスルー安定と書いてあったのを思い出しました。


 あえて名前ではなく階級で言ったのはわざとです。


「ちょっと、お姉様! 私があのクリストロ公爵家との縁談を譲ったから今、そうしてられるのをお忘れなのかしら?」


 譲る!? 押し付けたんでしょうに。


「ちんちくりんの役立たずだから死んでも良いだろうと貴方が言ったのは忘れたのかしら、都合のいい頭ですね」


 フリーデリーケが赤い鬼のような表情になりました。

 鬼の絵も本で見ました。

 鬼とは東方の悪魔のような存在です。


 けれど貴族としては、そんなに人前で険しい顔を見せるものではないのに……あ、私が扇子を蹴飛ばしたから、今は顔を隠せるものがないのね。



「おやおや、どうしたのかな、レディ達」


 さっき挨拶の時に聞いたばかりの声が背後から聞こえてきました。


 皇太子殿下!!


「こ、皇太子殿下にご挨拶申し上げます」


 フリーデリーケが慌ててぎこちないカーテシーをしています。

 皇族に直接挨拶したのは高位貴族だけだったので、子爵令嬢の妹は今が初です。


「ああ、せっかくの花祭りの夜だ。いい夜を、子爵令嬢」

「お、お言葉をいただけまして、ありがたき幸せにごさいます」


「ところでクリストロ家の嫁のエリアナ夫人だったかな?」

「は、はい?」

「よければ僕と一曲いかがかな?」


 はあ!?



「失礼、いかに皇太子殿下といえど、妻のファーストダンスは夫の私に譲ってください」


 いつの間にか旦那様が人波をかき分けて戻ってきてます!

 た、助かりました!


 私は妹とはちがい、読み書きと算術以外の先生はつけてもらえず、ダンスレッスンもできてはいないのです! 

 今回は急なことで公爵家でもダンスレッスンはできてません!


「申し訳ありません、皇太子殿下、きょ、今日はお祭りで歩きすぎて足が痛いので」

「ああ、お祭りのお肉は美味しかったかい?」


 やっぱり覚えてる!


「はい……」


「まあ、はしたない、まさか屋台のものを食べたのですか? お姉様ったら」


 そ、それについては真実なので、困ったわ!

 でもその時旦那様は妹を完全にスルーし、



「では、妻の足の調子が悪いので休ませていただきます」


 と、のたまった。

 あんぐりと口を開ける妹。

 そして皇太子殿下は微笑みを崩さずに……


「そうか、足の調子が良くなったらなるべく早くファーストダンスを済ませてくれよ、かような愛らしい夫人と踊れる栄誉が、僕にも回ってくるように」


 まだそんな軽口を言っておられる。

 なぜ、こんなちんちくりんの小娘に……。


 そしてそんな皇太子殿下相手でもまるで怯まず、ギロリと睨む旦那様!

 だ、大丈夫なんですか? そんな態度で。


 早くこの場から逃げたいです!

 胃が痛くなりそうです!

 そもそも私は東の国の令嬢に虫害のお話を聞きたいだけでしたのに!

 いつの間にか彼女の姿が見えません!



「皇太子殿下、なんで義姉上に興味を持たれているんですか?」


 ケビン様! いきなりそこに切り込むのですか!?


「ん〜可愛らしいから?」


 嘘くさいです!


「他にも可愛らしい令嬢は沢山おられるだろうし、人妻にちょっかい出さないでください」

「姉想いだねぇ」

「では、妻を休ませますので失礼します」


 旦那様は私をいきなり抱きかかえました!

 しかも縦抱っこで!


 そして人のいないバルコニーに連れて来られました!


「そう言えば……皇族も特殊な権能を持っているから、エリアナに何か特殊なものを感じた可能性はあるな」



 おもむろに耳元でそう囁かれました。

 まさか猫化の呪いの気配を察知されたのかしら?

 でもそれなら逆に近寄らないでおこうと考えるのが普通では?


「皇太子殿下はオカルトマニアな方だったりします?」

「どちらかというと……人材マニアだな。特殊な力を持つ人間を配下に取り込むのが趣味だ」

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