第37話 ヒイズル国の侍女長と皇后の話

 私はこの宮で皇后様の側使いであり、侍女長として働く者で、名を葵と言う。



「皇后様の方は、まだお食事はされてないのか?」


 私は配膳係の侍従に声をかけた。



「それが、やはり悪阻が酷くて吐いてしまわれるのです」


 やはりか。



「失礼いたします、侍女長」


 新しい女官が御簾越しに声をかけてきた。



「何かありましたか?」

「異国からの客人の、あのお若い御婦人から文が届いております」


「何かしら? そこな女官の翻訳係、読んでみよ」 


「かしこまりました」


 側に控えていた翻訳係が文に目を通す。


 手紙の内容は妊婦に聞いたらしい悪阻の時でも食べられたもの一覧だった。


 果物、ゼリー、アイスクリーム、フライドポテト、梅干し、ヨーグルト、トマト、檸檬味の食べ物等。


 飲み物はカフェインの入っていないもの。

 言葉の意味は所々よくわからないが、ひとまず

 比較的すぐ作れるものとしてはフライドポテトというものがあるな。

 じゃがいもを0.6センチくらい、細く切って油で揚げて塩をふるとかいう……これならそう難しくもない……。


 それだけでほくほくで美味しいと書いてあったし、それとアイスクリーム。

 冷たくてとても美味しいらしい。

 牛乳と卵と砂糖がと氷か氷の魔石があれば作れる。

 と、あるのでこちらもどうにかなりそうだ。

 卵と牛乳が入るなら栄養もとれる。



「とりあえず……フライドポテトとやらとアイスとやらはレシピが詳しく書いてあるからくりやで作らせてみよ」

「かしこまりました、侍女長様、油はオリーブオイルとやらが帝への献上品にありましたから、それを使ってみましょうか? それと氷の魔石も」


「そのようにしなさい」


 ややして厨から連絡があった。


「このような夜ふけですけど、お食事をお出ししても?」

「皇后様が空腹で寝られないと苦しんでおられるのだから、すぐに出しなさい」

「はい!」

「いえ、私が直接食事を持っていきます、一応毒見も用意して」

「はい」



 私は御簾を上げて皇后様の寝所に入りました。


「皇后様、夜分に失礼します。異国よりの客人から悪阻の時でも食べられる食べ物を知らせる文が届きまして、先程厨で作らせたものをお持ちしました」



「そ、そうなのか、ご苦労であった」

「これ、そこの毒見係をこれへ」

「はい」


 毒見係を呼び、まず溶けてしまいそうなアイスとやらから先に食べさせた。


「どうだ?」


 私の問いに薬師見習いの毒見係が目を輝かせて口を開いた。



「冷たくて口の中ですぐに溶けてしまいました!

とても美味しいです! こんなものは生まれて初めて食べました! まるで天上の神々の甘味のようです!」


「ほう? そちらの芋の料理はどうだ?」


 すぐに口に入れて咀嚼する。


「まあ! こちらも沢山食べたくなるほどおいしゅうございます!」


「は、はよう私にも……」


 何日もろくに食べられていない皇后様の顔色は青白い。


「皇后様、かしこまりました、とりあえず毒ではなさそうですので」


 皇后様は布団から上半身を起こしになられたので、私は手を添えてお体を支える。


「……溶けてしまってはいけないので、こちらの白いものからでいい?」

「いいえ皇后様、体を冷やすといけませんから温かい芋から、氷の魔石も譲っていただいたのでもうしばらくはもつと思われます」


「仕方ないな……」


 諦めの表情で皇后様はまずフライドポテトを口にされた。


「……いかがでしょうか? お口に合いますか?」

「まあ〜〜、塩気がいい塩梅でほくほくとして、なんと美味しいこと……!」


「大丈夫そうですね?」

「今度はこちらも……まあ! なんて冷たくてまろやかで甘くて……素晴らしい甘味かしら! それに口の中で雪のように溶けてしまうわ!」


 急に生き生きとした生気が皇后様の瞳に宿った!

 そして夢中になってお皿の上にあるものを食べ尽くした。



「全部食べられて何よりでございます」

「素晴らしいものを教えてくださったわね、異国の姫君と言ったかしら? 本当に物知りでお優しいこと……私が悪阻で会食の席にも出られなかったのにこんな心遣いまで」


「見た目は美しく可憐な月の精霊の姫のようですが、ご結婚されている夫人です」


「まあ、ともかく今度は直接会って御礼を言いたいわ、美しい真珠の首飾りも贈って下さったのだし」

「ええ、文をお出しします」


「ところで葵、おかわりは?」

「フライドポテトとやらの方はございます」


「アイスの方はお体を冷やしすぎてはいけませんので、これでしまいです」


「あぁ〜っ! なんて残念なのかしら、あなたも今度食べてみるといいわ、このような天上の神々の甘味のようなもの、死ぬ前に一度は食べておくべきでしょう」


「そ、そこまでですか?」

「そうよ、そこな毒見係もそのように言っていたではないの」


「そ、そうでございますね」


 はしたなくもゴクリと喉が鳴ってしまった。

 本当に今度は私も食べてみることにしよう。



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