第51話 決死の覚悟

 旦那様が、正式に火竜との戦いに出ることになりました。

 皇家の命令ですから逆らえません。


 私に出来ることを考えたら、あれしかないと思いました。


 あの火竜レスディオは古の長命種。

 それについて調べること。

 あの図書館へ行く夢を見れたなら……。


 ◆ ◆ ◆


 戦いの準備を粛々と進める旦那様。

 同行する騎士の選別、武器防具の手入れ、遠征用の荷物の手配。


 私は気もそぞろで花嫁衣装を選んだ。

 白ければなんでもいい。


 旦那様が、もしも怪我でもしたら……万が一、死ぬようなことがあったら、私は血塗れた貴方を抱きしめてでも白いドレスを着るでしょう。


 あなた以外の花嫁にはならないと決めたから。



 でも、絶対に死なせたくない。


 そのために魔力を消費しても、チャンスが来れば情報を見る為にあの図書館へ行く。


 皇太子殿下は地震と火竜の目覚めについての予言を公開し、島民の避難を指示しました。

 例の日までは確実に移動するようにと。


 ほとんどの島民は半信半疑のようでしたが、皇命ならば従うしかありません。


 * * * 


 出発3日前に、旦那様は墓参りに行くと言われました。


 戦い前に先祖にご挨拶をするのだと思って私も同行しました。



 小高い丘の、見晴らしのいい場所にあるお墓に来ました。


 夏の空の下、風が吹き抜けます。




「エリアナ、実は君に謝ることがある」

 


 私の額からは、知らず冷や汗がながれました。

 夏なのに。



「何のことですか?」

「この墓は、私の双子の姉の墓だ」

「え!?」 



 旦那様は双子だったんですか!!



「竜族の末裔に嫁ぎ、妻が男子を生めば、産んだ女性本人や、近くにいる女性の生気を喰らい、長生きができないと言われている、まるで呪いのように」


「その、竜族の気が強すぎる類の噂は、私も以前から聞きおよんでおります」


「以前くじ引きで妻になる相手を選んだと言ったが、あれは嘘だ。

 既に呪い持ちの娘がいれば、更に家に借金でも有れば、そのような噂で恐れられている当家にもさし出すだろうと予測された。

 何しろ皇家からは早く結婚して子を作れとせっつかれて、表向きでも結婚だけはせねばと思った」



「そこを計算されて結婚の打診をしたことを今更詫びておられるのですか? 貴族の結婚など通常、打算や計算ありきなので、今更気にしませんが」

「しかし……私はくじで選んだなどと、以前君に嘘をついた」



「くじだろうと、条件だろうと、私が明らかな呪いもちの欠陥品なのは変わりませんし」


 旦那様の方は確定情報ではなく、ただ不運が重なっただけかもしれません。



「エリアナは欠陥品などではない」



「……旦那様のお姉様は……生まれて間もなく亡くなったのですね」


 私は墓に刻まれた没年の数字を見た。

 旦那様の誕生日からそう、離れてない。



「私が本当に生みの母と姉の生気までを食らってしまった可能性があるのだ!」 


「出産はそもそも命がけです。初産で双子なら、本当に大変で、竜族の子孫や呪いうんぬんは関係なく産後に弱って亡くなる事は多いと思います」


「だが、私が産まれず姉だけだったら、母も姉も今まだ生きていられたかもしれないと、考えずにいられない」


 旦那様……お辛かったんですですね……けれども、



「今、たらればの話をしても……しょうがないかと」



「それでも、自分などが幸せになっていいものか、ずっとそう思い、社交界で出会いを探すこともなかったのだ、私は、戦いにばかり明け暮れて」



「でも皇家の採算の申し出にうんざりされていたところで、ちょうどいい呪い持ちの娘の噂を聞いたと」

「そうだ、怒ってくれていいぞ。殴ってもいい」



「いいえ、旦那様はあの愛の無い、監獄のような場所から、連れ出してくださいました。クリストロ公爵家は、私には楽園そのものです」


 人は皆、私に親切にしてくださるし、あの素敵な庭には綺麗な花が咲き、香しい果実が実り、好きに出歩ける。


「私も、大切にしたい相手ができてしまった……エリアナには長生きをしてほしい」


「私がいつか余裕のある時に、あの図書館で見て来ます。

 本当に竜族の末裔の男性が妻や側にいる女性の害になるのか。もし、違ったら、手紙にハートを描いておきます。ハートくらいなら、猫の姿でペンを咥えて描けるでしょう」


「本当に私が、女性を傷つける存在でしかないなら、申し訳ないので念のため、離婚届けも書いておく」

「離婚はしません、他の人の元へは行くつもりないので」


「エリアナ……」



 旦那様は泣きそうな顔で、私を抱きしめてくれました。


 私はその夜寝る前に、あらかじめハートを手紙に描いて机の上に置きました。

 旦那様の方には呪いなどはないという印。

 その上にハンカチを被せてカモフラージュします。


 そしてもう1枚手紙を書いておきます。


 出発の日は見送りが辛すぎて無理なので、部屋に引きこもると書いておきました。

 ドアの隙間からすっとメモを出しておばメイドも空気を読んでくれるはず。



 そのような準備をしておりますと、出発前にはギリギリ図書館の夢も見られました。


 まず火竜の情報を見ると、長命のドラゴンは殺されると今際の際に強力な呪詛、呪いを殺した相手にかけるとありました……。


 最悪……。

 私が予言書の内容を話したばっかりに、旦那様が火竜狩りに出る事に……。


 私が、私が責任を取らなければ!

 私が旦那様をお守りする! この命に代えても!

 でも、このままでは、私は危険だからと現場には連れて行ってもらえません。



 貴重な個人情報を読めば、満月でなくとも魔力を大量消費し、猫になれる可能性があります。

 ここはあえて猫になる狙いで見ます。


 旦那様の呪いのような話は本当なのか。

 アカシックレコードには、個人の過去から未来も記録されているはずなのです。


 結果として、旦那様の竜族の末裔が妻を殺すだのの呪い方はただの不運か重なっただけ、偶然のことでした。


 ただ、旦那様が竜殺しをすると、古竜の死の呪いを受けてしまうと未来の部分に、書いて……あります……。


 そこで私は本を閉じました。

 激しい動悸とめまいがします。


 こんな、未来は、みとめられない。


 私が猫の姿で荷物に忍び込んで、島に一緒に行きます。

 猫の姿なら人の姿より小さいので、いけるはずです。




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