第17話 幸せな香り

「やあ、招待に応じてくれて嬉しいよ、エリアナ嬢」


 嬢!?


「あの、私は未婚ではありませんので」

「ああ、そうだね、悪かった、ミズ、エリアナ」



 あくまでミセスとは言いたくないのは何故なのかしら?

 既婚かそうでないか不明な時や相手が断定してほしくない時にミズと言うみたいだけど。



「皇太子殿下!」

「私達と一緒にボートに乗りませんか?」

「いいえ、私とお茶を」

「当家のシェフが腕によりをかけたランチをご賞味いただきたく……」


 次々にピクニック参加者の令嬢達が群がってきてくれました!


 この隙に逃げます!


「では、楽しい時間を!」

「あっ……落ち着いてくれたまえ、レディ達」



 皇太子様がレディ達を相手しておられるうちに私はそそくさと逃げます!

 公爵様と!

 それをうちのメイド一人と護衛騎士二人が私達を追いかけます。


 早足で皇太子様から距離を取ります!



 しかし、息が切れます。

 最近はたまにダンスレッスンなどしていましたが、基本的にあまり体力がありません。

 家が傾いてから、実家では家事などはさせられたけどろくな食べ物をくれてなかったので……。


「ハァッ、ハァ……ッ」

「エリアナ、息がきれてるぞ、この辺でいいんじゃないか? そこの木陰とか」


 見ればメイドも少し息がきれてシンドそうにしています。

 騎士たちは流石に鍛えているから余裕のようですが。


「は、はい、公爵様!」



 公爵様の提案で我々のピクニックの敷物は近くの木陰に決定しました。


 ピクニックバスケットを置いて、近くに咲いてるピンク色で花びらは5枚の

星型のようなお花を眺めます。

 えーと、思い出しました! 確かペンタスというお花です。


 バスケットの中には、お弁当を詰めて来ました。

 夢の中の図書室の知識から、大人気のお弁当メニューを。


 醤油がなかったので醤油を使わないレシピの塩唐揚げ。

 それにウインナー……つまり、豚の腸詰めと、アスパラのベーコン巻きと、卵焼きと卵サンドとポテトサラダ、そしてオヤツ。

 厨房のシェフにあれこれ指示を出しつつ完成にこぎつけました。


 そうそう、せっかくのお弁当なのでマヨネーズも夢の中の本のレシピの再現で作成したのですよ。私の指示でうちのシェフが、ですけど。

 マヨネーズは卵サンドやポテトサラダにも使えますし。


 お茶の方は紅茶にバニラの風味を足したものと

 それとルイボスティーにローズレッドの茶葉をブレンドしたものの二種類を持ち込みました。


 ルイボスティーは豆科の低木(いわゆる“しげみ”)の松の葉のような針状の葉の部分で、古くより南方の土地に住まう民の間で「奇跡のお茶」「不老長寿のお茶」として、日々の健康のために飲まれているとか。



 とりあえずメイドが手際よく魔石を使ってお湯を沸かしはじめました。

 公爵様にお茶の用意をするようです。


「公爵様、茶葉はバニラの紅茶とルイボスですが、どちらになさいますか?」


 私がそう公爵様に問い掛けたら、


「バニラの紅茶はまだ飲んでみたことがないからそちらにしてみようかな」


 とのことでした。


「はい」


 私は頷いてメイドにこちらの茶葉を使ってと、瓶を手渡しました。


「若奥様、砂糖と蜂蜜と、本日はどちらをお使いになられますか?」

「蜂蜜の方が健康にいいから今日は蜂蜜で」

「かしこまりました」


「ところでエリアナ、今日くらいは人目もあるし、お父様と呼んでくれないかな? 他人行儀すぎるだろう?」

「そ、そうですね、お、お義父とう様……」

「ああ、それでいい」


 確かに今日も他人行儀な話し方だと本当に嫁か!? と疑われそうです。

 あの皇太子殿下の態度も気になりますし。


 そしてメイドのおかげでお茶の用意ができましたので、早速私と公爵……お義父様が飲んでみます。



「甘い香りが雰囲気を和ませてくれるな、味は飲みやすく、まろやかだ」

「はい、甘くて幸せな香りがします」


 ……本当に。



「エリアナ、私はこれから一旦、暇つぶしに少し昼寝をするが、ボートとかに乗りたいようなら声をかけてくれ」

「大丈夫です、刺繍の続きをやってしまいますので」

「そうか、でも気が変わったら起こしてくれ」


 それからピクニックの時間潰しにと、お義父様はゴロンと寝転びましたが実はお疲れなのもしれません。


 私を一人で社交に放り出すわけにはいかなくて付き合ってくださってるのが分かります。

 お義父様は優しい方です。

 ピクニックでは誰かと歓談したり本を読んだりしてる人もいますからね。

 我々は素早く皇太子殿下の側から逃亡し、他の貴族に声をかけるでもなく、なるべく人気のない場所を探しましたから、自ら社交の輪から外れる行動をしています。

 


 ふと、風が吹き、木々の葉や花達を揺らしました。

 初夏でも日陰は涼しいので私はお父様にブランケットをかけ、それから私は木漏れ日の下で、刺繍の続きをすることにしました。

 懐中時計を包むハンカチの刺繍です。














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