第22話 宝石商と私たち

 さて、押し花アートの為に庭園で摘んだ花と分厚い本代わりのものと白い紙を用意しました。


 高価で大事な本を汚したくないので書き損じの紙等を束ねたものです。

 書き損じは焚き付けに使うことがあるのでまとめてとってあり、資源は大事にされているようです。

 高位貴族としては大変珍しい気がしますし、立派なことです。


 ちなみに本の形態にする為の束ね方は穴を開けて紐を通して縛るという古いやり方です。


 そして私が押し花アートを用意している最中に、



「ただいま~、今帰った〜」

「お帰りなさいませ、ケビンお坊ちゃま!」


 使用人達がケビン様の帰還に気がつき、城の入口付近に駆けつけ、整列して声をかけ、私はちょうど階段から降りて来たところです。



「お帰りなさいませ、ケビン様。氷結洞窟はどうでした?」

「ただいまエリアナ姉上、寒かったけど魔石はしっかり集めて来ました」

「それはお疲れ様です」


「お帰り、ケビン。それとエリアナ、裏門から宝石商も来たぞ」


 旦那様が別方向から現れました。


「ただいま帰りました、兄上」



「宝石商も来たのですね。では応接室にお通ししてミカドに献上する石を選びましょうか」

「ああ、そうだな」

「エリアナ姉上なんです? ミカドって?」

「ああ、それはですね……」



 事情がわからないケビン様にも応接室に向かいながら私が事の経緯を説明しました。



「ええ〜、島国に船で食材求めての旅行? 楽しそうだし俺も一緒に行こうかなぁ」

「お前はアイスクリーム事業をやるためにわざわざ氷結洞窟まで行って氷の魔石を集めたのではないのか?」


「う、それはそうだけど、舟旅には危険もあるし」

「海賊や海の魔物の脅威からなら私が妻を守り通すさ。それに新婚旅行代わりにもなるから、お前は邪魔だ」


「「し、新婚旅行!?」」


 驚き過ぎてケビン様とセリフがハモってしまいました。 

 そういう発想は私にはありませんでしたが、まだ式も挙げてなかったけど、そう言えば籍は入ってましたから、有りなのかもしれませんね。



「それで、ゴードヘルフ。外敵は武力でなんとかするでしょうが、天候、嵐の対策の方はどうするのです?」


 お義母様もちょうど応接室に向かっていたようで、廊下で鉢合わせて旦那様に声をかけられました。



「あ、母上、それは神官に祈祷を行ってもらいます。旅立つ前に」

「なるほどねぇ、まあ、天候相手では祈るしかないでしょうし、転移スクロールも利用制限があるものね……」


 お義母様は心配げです。

 そもそも転移スクロールというものはとても便利ですが、一度使用者の行ったことがある場所、もしくはスクロールと同じ魔法陣が描いてあるところにしか行けませんので……。



「もちろんまかり間違って船が嵐で沈没したら私が背負ってでもエリアナを陸まで連れて行きますが」



 旦那様!! 何もそこまで!

 と、驚きつつも感動をしていましたら応接室の扉の前まで来ました。


 そして私と旦那様とケビン様とお義母様が応接室に入りました。

 お義父様はまだ執務室でお仕事のようです。



「この度は当マリアージュ宝石店にご用命いただき真にありがとうございます」


 今挨拶をくれた恰幅の良いおヒゲのおじさんが店主のようですが、すぐそばにおつきの使用人も二人ついています。



「早速宝石を見せてちょうだい」

「かしこまりました」



 公爵夫人たるお義母様もちょうど新しい宝石を買いたいとおっしゃっていましたので、やる気に満ち溢れています。


 店主とその店の使用人二人が箱を開けると柔らかそうなシルクの布の上に並べてある宝石達がそれぞれキラキラと輝きを放っています。



「まあ、この石、綺麗ねぇ」

「流石は公爵夫人、お目が高い、最高級のピンクダイヤモンドです」

「エリアナはどれが好みかしら?」

「ええと、この、緑がかった海の青のような石とか」


「パライバトルマリンでございますね。最近とても人気がありますよ! 若奥様にもお似合いだと思います!」


「あ、でも本日は私のものはいらなくて、ミカドに献上するものを」

「島国の王に献上する石を探してるが、それはそれとしてそのパライバトルマリンもいただこう、妻に似合うから」

「だ、旦那様ったら!」



 店主達がとても嬉しそうな顔をしていますが、

 前回のデートでも宝石をくださったのにと、無駄使いに思えて、私はハラハラします。



「それはそれはありがとうございます。

では島国の王へはこの最高級エメラルドなどいかがですか? 

緑の石は希望や平和や健康を意味しますので、平和的でよい縁となりますように」


「なるほどな、いいかもしれない」



 旦那様も店主のセールストークに納得されてますし、私もそれはいいような気がします。



「このピンクがかった真珠のネックレスも美しいからいいのじゃないかしら? 王妃へとか」

「まあ、流石お義母様! それはいいですね! 家族への気配りも大事ですもの」


 などという風に、私達は和気あいあいと宝石を選びました。


 なお、ケビン様は本日は宝石には興味がないのか、メイドが用意したお茶を飲みつつ、マッタリされています。

 氷の魔石を狩る旅から戻ったばかりでお疲れなのかもしれませんね。


「あ、この丸い石は……ムーンストーン……」



 ふと目にした石を見て、大事な事を思い出しました!



「ムーンストーンがお気に召しましたか? 若奥様」



 店主がそんな事を言ってますが、欲しい欲しくないとかではなく! 

 今宵は満月だということを、思い出しました!









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