第12話 輝かしい時

 鳥の囀りで爽やかに目を覚ますと、未だに見慣れない天井。

 豪華な天蓋付きベッドが……見えます。

 ━━ああ、ここは公爵家でした。


 タウンハウスにはケビン様と合流する為に一旦帰りましたが、すぐにスクロールを使って公爵領まで帰りました。


 皇都見物などをゆっくりしていると、また妹などと遭遇しかねませんから、まあ、これでよしです。


 私は軽く伸びをして、ベッドの上で体を起こしました。


 先日は神殿に行って洗礼を受け、急なことで驚きましたが、旦那様が私を守るためにしてくださったことです。


 そう言えばあの後、タウンハウスへ向かう帰り道の馬車の中で、私は旦那様に問いかけました。



「旦那様、公爵様や夫人には……この夢の中の図書館の……権能のことは」

「アカシックとか……まだ詳しくは秘密にしておこう。私の両親は子に特別な力があるからといって金儲けしようとしたり、君を危険にさらすようなことはないだろうが、悪気なく二人でその事を話していて、偶然メイドや執事などが秘密を聞いてしまうといけない」


「分かりました、でも魚卵のパンの時に少し……もう夢の中の図書館のことは話しましたよね」

「たまに夢の中で料理の本を見ることがあるとだけ思わせておこう、そのくらいなら無害だろうから」


「はい、わかりました」



 と、そのような話をしました。


 体を起こして、水をはった洗面器で顔を洗い、綺麗に洗濯された香りのいい布で顔を拭い、水入れからコップに水を注ぎ、歯木に手を伸ばす。


 それは小枝のはしっこを煮て叩いて柔やわらかくし、木きの繊維せんいをほぐして作られたものであり、用途はもちろん歯磨きです。


 歯磨きを終えてバルコニーに少し出てみました。


 旦那様が見てない隙に小鳥が来たのか、バルコニーの壁の縁、パリャーパリヤーの上には果物があり、食べられた形跡があります。


 旦那様がその様子を見れたかは定かではないのですが、なんにせよ無駄にならずに済んでよかったです。


 私はバルコニーから室内に戻り、寝巻きからドレスに着替えることにしました。

 どのドレスを着ようかワードローブで悩んでいたら、扉越しにノックの音が。


「エリアナ様、もうお目覚めでしょうか?」

「はい、起きてます!」


 メイドが朝の支度の手伝いに入ってきて、一緒に今日のドレスを選んでくれました。

 こんなこと、貴族生まれでも実家ではありませんでした。



 * * *



「おはよう、エリアナ。皇都へのお出かけは楽しかったかしら?」


 と食堂から朗らかな声が聞こえました。

 公爵夫人!


「はい。花祭りはとても綺麗で、夜会も豪華で見応えがありました。実は恥ずかしながら私はダンスを教わっていなかったので、足が痛いフリをしてすぐに帰りましたが」


「まあ、そうだったのね。ではダンスレッスンもしないとね」

「ダンスレッスンは夫たる私が付き合おう」

「あなたとだと身長差がだいぶあるからまだケビンの方がマシではないかしら? せめて慣れるまで……練習の時だけでも」


「むう……」


 旦那様が不機嫌そうに眉間にシワを寄せてしまいました。

 ちなみにケビン様は先日から走り回ってばかりでお疲れなのか、まだ寝ているそうです。


「そう言えばケビンからの伝書鳥が飛んできて竜種の血の配送準備を頼まれて私も鮮度保持用の氷結石の準備などをしていたが」

「はい。父上もご協力ありがとうございます。虫よけの農薬に必要な素材なのでウーリュ男爵領に分けてやることにしました」


 公爵様も血を運ぶための準備をしてくださっていました。ありがたいことです。


 そして不意に美味しそうな香りがしてくると思ったら、メイド達によって続々と料理が運ばれてきて、テーブルにずらりと並べられました。


 食堂のガラス窓から陽光が差し込んで、手洗い用のフィンガーボウルの水も輝いて見えます。

 瑞々しい果物もサラダも温かいスープも、かわいい黄色の卵料理も焼き立てのバゲットもあります。


 ここで迎える食事の場は美しく、優しい。


 美しい所作の公爵家の皆様には思わず見惚れます。

 品があるのです。



 そして食事の後に、図書室に案内してくれた親切な旦那様。

 流石に公爵家という感じで蔵書量はかなりものです。

 個人的に本が沢山でワクワクする場所なのですが、旦那様が殊更深刻なお顔をしています。

 そもそもヘラヘラ笑う方ではなく、クール系ではありますけども。

 もしや……私の秘密が重すぎるせいで旦那様が難しいお顔をされているのしょうか?

 などと考えていると、


「なぁ、エリアナ。私達は夫婦なのだから、おはようのキスくらいはしてもよいのかもしれないと気がついたんだが」


 旦那様の深刻なお顔は秘密とは全く関係ないことでした!


 キスくらいなら私の小さめの体でも負担は確かにない。

 関係ないです!


 むしろ身長差があるから、かがむ必要性から旦那様のが少し腰が痛くなるかもしれないけど、朝の挨拶のキスなら一瞬だろうし。


 思わず顔も真っ赤になってしまいましたが、夫婦ならキスくらい、普通ですよね!


 私は図書室の本棚の前で、意を決して目を閉じました。

 こんなシチュエーションは以前夢の中の図書館の恋愛小説で読んだ気がします!


 ややして私の唇に旦那様の唇が触れました。

 顔がすごく近くて恥ずかしくて、鼓動が跳ねます。


 でもただ触れるだけのキスで、舌を入れるとかそんなことは当然なく、それが何より尊く感じます。


 ただの朝の挨拶のキスです。

 それにしては少し情緒がありすぎてドキドキしますけど。


 あ!

 そう言えば、結婚式の誓いのキスをもまだしていないので、初めてのキスです。


 本棚の本のインクの香りとか、普通は落ち着くらしいのですが、さっきからドキドキしっぱしです。

 キスが終わっても、私は顔が上げられず、今旦那様がどんな表情なのかも分かりません。



「ほ、本を、読んでもいいでしょうか?」


 私は旦那様との初めてのキスがドキドキしすぎて恥ずかしくて、そう言うのが精一杯でした。


「あ、ああ、好きなだけ読んでくれ。

そこの窓辺のテーブルには母が仕入れてきたハーブやお茶の本がある」

「ありがとうございます!」


 私が窓辺のテーブルセットに視線を移すと、確かに数冊の本がテーブルの上にありました。


 まだ、欲よりも愛を感じるような軽いキスが、私の中で余韻として残っています。


 私は本の内容に没頭すべく、テーブルへ向かい、

 震える手で本を開きました。


 ずっとずっと私は、誰かに愛されたかった。

 呪いのせいで家では誰からも愛されなかった。

 血の繋がった家族にさえ……。


 そう言えば人の言葉が喋れる状態に戻った時に呪いの件の詳しい話を聞くとおっしゃっていたのに、いまだ詳しくは聞かれていません。


 何故、当家にこのような呪いが降りかかったのかとか……。

 きっと、公爵家の方達が優しいからでしょう……。気を遣ってくださってる。


 そして、触れるだけのキスが、こんなにも嬉しくて、泣きたいような気分になるとは……。


 旦那様の方を本越しにちらりと盗み見ると、少し離れた場所の窓を開けて風を入れているようでした。


 カーテンが強めの風でたなびいて、お顔が見れません。


 でもカーテン越しに見る長身の旦那様はやはりシルエットも美しく、初めて……己の心からの愛を捧げることのできる相手があの方でよかった。


 そう思いました。


◆ ◆ ◆


 そしてその後、ゴードヘルフ……旦那様から魔物退治の為にお城をしばらく留守にすると聞きました。


 既に淋しいです。

 絶対に怪我もなく無事にお戻りくださいね……。




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