ライブ#2:For The Future

「みなさん、改めまして、異世界から、こんばんはー! 天乃月子ですっ! 今日はわたくしのライブを見に来てくださって、本当にありがとうございます!」


 ステージにいる彼女は輝いていた。美しい衣装、舞台映えする化粧を施したかわいらしい顔立ち。そして、見ているこちらに元気がもらえる、素敵な笑顔。――なんというか、現実感がない。いつも配信で見ていた天乃月子嬢が、今すぐそこにいるなんて。


 彼女の挨拶に合わせて改めて歓声が上がった。――すごいな、俺が見てもわかるくらい、みんなの魔力が籠ってる。


「こちらに来てくださった方はもちろん、配信で見てくださっている方もありがとうございます。きちんと皆さんの声はわたくしに届いてますからね! どんどんコメント書き込んでください!」


 カメラに向かって手を振る天乃月子。帰ったら、配信もちゃんと見ないとな。


「そして、皆さんから魔力をいただけないとライブが続けられないかもしれない、というお話させていただきましたが……なんと、皆さんの声援のおかげで、今の時点で三曲目まではいけます! 本当にありがとうございます! 無理のない範囲で構わないので、引き続き応援をよろしくお願いしますね!」


 よかった。このままいけば四曲全部聴けそうだ。


「さて、次の曲なんですが――わたくしの元居た世界の曲をカバーしたいと思います」


 元居た世界……つまり、異世界の曲、っていうことか。


「何を歌うか、とても悩みました。わたくしの世界に素晴らしい曲は無限にあって、多くの人に聞かれた有名な曲、誰が聞いてもわかる名曲、世界平和を歌った素晴らしい曲、色々候補を考えました。でも――わたくしは、自分が一番好きな曲にすることにしました」


 天乃月子嬢は目を伏せ、少し微笑んだ。


「――わたくしは、元の世界で、一度死んでいます。死後この世界へ来たのです。病気でした。治る見込みはなく、日々苦しみ、衰えながら生きていました」


 突然の告白に、会場は静まり返った。


「でも、その死の直前まで、わたくしは『夢を叶えたい』と思い続けていました。まだ勝負は終わっていないと、死の淵でずっと思っていました。だからこそ、今ここにわたくしは立っているのだと思います。夢の一歩が、この舞台です」


 そこで、彼女は再び笑みを浮かべる。


「――これから歌う曲は、わたくしにそう思える勇気と、強さをくれた曲です。どうか、この歌を聴く誰かが、夢を忘れてしまった時、諦めそうになった時、わたくしと同じように、勇気を持てるように。そう願って、歌います」


 照明が、落ちた。流れ出したイントロは、ギターの明るいメロディ。暗い世界、一筋の光の下で、彼女は唄う。


 今回は踊りはなく、歌唱だけらしい。日々の中、夢を忘れかけた主人公の物語が、紡がれ始めた。


 ――本当に、このままでいい?


 葛藤。このまま続いていく未来、平坦な道をただ歩くことが正解なのか?


 首を振り、主人公は坂道を駆けだす。


 ――大きく息を吸って、さぁ、世界を変えよう


 心の隅で埃をかぶっていた夢を探し、眩しい明日へ、進んでいく。


 ――まだ勝負は終わっていない、何度だって挑めばいい。


 主人公は積み上げてきた昨日を信じ、未来へと歩きだした。


 明るい、嫌になるくらいに前向きな曲だ。埃をかぶった夢をもう一度拾って、そこに向けて走り出せと。何度でも、挑戦しろと。


 ――あの時の夢は、なくならない。大丈夫、思い出して。


 全部を捨てたつもりでも、探してみれば、ずっとそこにある。


 ――空っぽの明日は、始まりと名付けよう。


 気づいたら、涙が流れていた。


 自分は何のために、冒険者を目指したのか。


 笑ってほしかった誰かがいた。


 叶えたかった願いがあった。


 子供の頃、友と語り合った、夢があった。


「――なんで、忘れてたんだろう」


 ――さぁ、未来は目の前に!


 ふと周りを見回すと、みんな目を潤ませていた。


 ここにいるのは、ある意味冒険者として『諦めた』人たちが大半だろう。


 日々依頼をこなし、お金を稼ぎ、それなりに生きて、生活のために、無理のない範囲で冒険をしている。だから、配信を見たり、ライブに来るような余裕がある。


 でも、その大本にはきっと、何か輝く夢があって――。


 天乃月子の歌は、それを思い出させてくれたんだ。


 歌唱は続く。うまくいかなくても、挫けそうになっても、その時はまた、別の方法を使って挑戦したらいいと。


 何度でも、諦めないんでいいんだと、励ましてくれた。


 ――さぁ、未来はこの手に。


 気が付くと、異世界の歌は終わり、会場が静まり返った。そして、その直後――。


 拍手と、歓声が響いた。涙交じりの声が、漏れ出た。


「ありがとう」


 彼女はそう言って、微笑む。


 ありがとうは、こちらのセリフだ。


 この高揚は、きっと一時的なもので、大半の人間はきっと、自分に折り合いをつけて、また日々を生きていく。


 ――でもきっと、ここにいる、この配信を見ている何人かの心はきっと揺さぶられた。思い出せた。


 歌が人生を変えるなんて大げさだけど、その少しの後押しをしてくれる、そんな曲だった。


 俺も、これからのことを、少し考えてみよう。


 まだまだ、勝負は終わってない。何せ、死に瀕した少女でさえ、夢を諦めず、叶えたのだ。きっと誰にとっても、遅くなんてないのだ。


 ――今なら、まだ間に合うんだ。



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歌詞とタイトルを修正しました。 2024/11/14

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