第23話:歌唱魔術
私はエルメスさんから課題曲として渡されていた彼女の楽曲を披露した。踊りはまだまだ練習中なので、ひとまず歌だけ。実はこの曲、ライラさんが作曲しているらしく、歌を抜いたオケをすぐに流してくれた。その本人の前で披露するのは大変に緊張したのだが、何とか、それなりにうまくいったと思う。
「――うン、ありがト! なかなか良かっタ、思ったよりも安定してたネ。ツキノさん、歌唱経験あル?」
「一応、昔合唱部にいたことがあって。あと色々楽器をやったり、自分で弾き語りとかはしてました。……披露する機会はなかったんですが」
父が音楽をやっていたため、家に楽器があり教わる機会があったのだ。
「なるほド。じゃア、まずボクの率直な評価だけド、歌唱力はネ、訓練すれば全然大丈夫なレベルになれると思うヨ。その辺はエルメスのが専門だかラ、そっちに任せるけド。で、プロデューサーとしての目線だト……単純に歌だけで人気になるのハ、難しいかナ、という感ジ」
思ったより、率直な意見だ。ライラさんの発音は独特だし言葉はやや拙いが、一つ一つの言葉をきちんと誠実に伝えようとしてくれているのが良くわかる声色だった。
「それは、歌に魅力がない、ということですか?」
「魅力、って言っちゃうト、難しいんだけド。例えばエルメスっテ、歌上手イ、顔良イ、ダンスもできル。でも、どれかが突出してるわけじゃなイ。もっと歌やダンスがうまイ、顔が良イ。世の中にはたくさんいル。――でも、彼女の歌には『何か』があル。声がいいってのもモチロンあるけド、なんていうのかな、揺さぶられル。ここがネ」
ライラさんは胸元を指さした。――うん。なんとなく、わかる。何度も繰り返し、エルメスさんの歌を聞いたけど、なんかこう『違う』のが、理性ではなく本能で理解できる。
「私の歌だと、そうはならない?」
「うーン。今の歌を聴く限りだト、そうだネ。訓練したらプロになれる素養はあると思ウし、それなりに人気は出るかナ。声かわいいかラ。でモ、エルメスみたいにトップになるにハ、足らなイ。歌以外の要素が必要ダ」
「歌以外……踊りは別に私、うまくはないと思うんですよね……」
「じゃアあとは……魔力かナ」
「魔力?」
「そう。歌に魔力を乗せテ、心を動かス。『歌唱魔術』ってやつダ。エルメスは歌唱力に加えてそれも使ってるからあんな大人気なんだヨ」
「歌唱、魔術……。そんなものがあるんですか」
私は思わずソルさんの方を見た。彼のほうがその辺は詳しいような気がしたのだ。
「ありますよ、『歌唱魔術』。使える人は限られますけど、自身やそれを聞いた相手の精神状態や肉体に変化を与えたり、場合によっては直接攻撃をしたりもできますねぇ。――要は、普通なら、呪文、魔法陣、契約みたいなものを使って世界に働きかけて現象を引き起こすところを『歌』で代替するんです」
「それ……私にも使えるんですか? 限られた人しか使えないってことでしたけど……」
「方法自体は確立されてるヨ。技術より割とシンプルに『魔力量』がものを言ウ。魔力が少ないト、ほんの少しの効果しか得られなイ。大きいトそれだけ影響を及ぼせル。エルメスはあぁ見えて出自がちょっと特殊デ、魔力量も一般人よりずっと多いかラ」
ライラさんの言葉にしばし考える。……私、別に魔力量が多いわけじゃないよね。
「なるほどぉ。例のアレですか。配信見られてたんですねぇ」
ソルさんの回答に一瞬疑問符が浮かんだが……すぐに得心する。なるほど。確かに。
「そウ。『Magic Word』だっケ。アレすごいよネ。視聴者が助けてくれれバ、無限に魔力が送られてくル。――それを使えば、アナタは歌でトップになることも、夢じゃなイ」
「えっと、それは――」
本当に、いいのだろうか。歌が私よりうまくて魔力が少ない人がいて、それを歌唱以外で覆してしまうことは、正しいのだろうか?
「ツキノさん。――この世界においてはね、魔力って言うのは、魔術って言うのは、どうしようもない『才能』なんですよ。あらゆる技術と並ぶ、場合によっては凌駕する、ね。それを使うことは、生物として当たり前なんです。実際、歌が上手いとされるエルフ、人魚、そしてセイレーンなんかは当たり前に歌唱魔術を使います」
そうか。……私の考えは『異世界』の常識に過ぎないんだ。こちらの人からすれば、至極当たり前のこと。
「それにね、ツキノさん。あなたは別に魔力が高いわけじゃあない。あなたの『魔法』は見てくれている誰かから魔力をもらうもので、しかも、別にそれ、ツキノさんの専売特許ってわけじゃないでしょ? あなたは自分だけの力じゃあなく、仕組みとして、あの『魔法』を生み出したんですから」
あ、そうか。別にあれ、私だけが使えるってわけじゃないんだ。
「そうか、そうでした。――もし、歌が上手くて、でも魔力が足りないから人気が出ない人がいたら」
「ええ。あの『Magic Word』をもらえるように努力すればいい。そうしたら、魔力が高い種族にも負けない『歌唱魔術』が使えます。あなたが歌で活躍することは、魔力の足らない人たちに希望を与えることになるんですよ」
――なんとなく、元の世界のことを思い出した。歌唱力だけでなく、見た目や事務所の力、宣伝が大切だった時代が変わり、顔を出さなくても、無名の個人でも、努力と、きっかけがあれば、花開く時代になっていった。
「――Vtuberと、同じですね。無我夢中で造ったあの『魔法』は、誰かの助けになるのかもしれません」
「ま、元々魔力がいっぱいある種族からしたら、不満に感じるかもしれないですがね。少なくとも、選択肢は増えました。……あなたは少しだけ、世界を変えたんです」
――その言葉に、胸が温かくなる。何かになりたいと願い、諦めていた人たちが、少しでも救われるのなら。それはきっと、良いことなんだろう。
「うン。取れる手が増えるのは良いことだヨ。――それにネ」
ライラさんは一呼吸おいて、再び口を開く。
「本当の歌の『天才』ハ、魔力の量とカ、関係ないヨ。その歌自体ガ、魔法に届ク。――だかラ、気にすることはなイ。凡人はひたすラ、全力を出すのみサ」
少し、背筋が寒くなった。彼女の中では、エルメスさんでさえも、凡人、ということなのだろう。それだけの何かを知っているのだろう。
だが同時に、覚悟する。私が全力を出すには、視聴者の人に『Magic Word』を投げてもらう必要がある。その時点までは、魔力に乏しい、ただの『わたくし」なのだ。少なくとも見ている人に応援してもらえるような魅力を身に付けなくてはならない。
「――良く、わかりました。改めて、よろしくお願いします、ライラさん」
「うン。まずはアナタの魅力ヲ引き出せる曲ヲ、考えていこうカ」
◆◇◆◇◆◇
「こんな感じかナ、未定なところも結構あるけド」
ライラさんが挙げてくれたのは四曲。
まずはエルメスさんの楽曲カバー。
続いて異世界の曲を何かカバー。
そしてアピスさんという方のカバー。
最後に、私のオリジナル曲(未定)、とのことだった。
……実質、二曲しか決まっていないのでは。
「ちなみに、それぞれ理由とか、教えてもらえますか?」
「うン。まずはエルメスの曲ネ。これは知ってる人多いかラ。挨拶にはちょうどイイ。あとボクが作った曲だかラ、権利関係とかアレンジも簡単にできル」
「はい、理解しました」
「続いて異世界の曲だけド、これはアナタの名刺代わリ。別の世界かラ来たヨっていウ、自己紹介に使いたいかラ、アナタの好きな曲が良いかナ」
「なるほど……ちょっと、考える時間をもらっていいでしょうか?」
「うン。これ、一番大事かもしれないかラ、しっかり考えてみテ。決めたら一度歌って聞かせてネ。難しいかもだけド、再現するかラ」
確かに。異世界の曲、これは自分を象徴するものであり、同時にほとんどの人が知らない曲でもある。つまり、初聴きでも印象に残る曲じゃないといけない。
「デ、次はアピスって子。この子は最近人気の歌手デ、歌唱魔術の使い手でもあル。この子の曲もボクが作ったのがあるからアレンジが楽なのト――アナタの声に合うかなと思っタ。あと純粋に歌手なのデ、踊りいらなイ。大事でショ?」
「……確かに。異世界の曲も踊りがいらない曲なら、ダンスは実質二曲だけになりますね」
正直、ダンスは気が重かったが、これなら何とかなる気もしてきた。
「最後ハ、やっぱりオリジナル曲がいいよネ。これはボクが作ル。そうだネ、ひと月くらいは欲しいかナ。せっかくだからアナタの話を色々聞きながら作りたイ。このあとちょっと時間もらっていいかナ?」
「は、はい、もちろん! 考えてくださって、ありがとうございます。私はこのセットリスト、良いと思いましたが……ソルさん、どうです?」
「いーんじゃないっすかねぇ。ただ、異世界の曲はちょっと考えないとダメっすね。ツキノさん楽器できます? アカペラ?」
そうか、聞いてもらうんだから、弾き語りとかの方が良いか、確かに。
「一応、ギターとピアノは少し」
「んじゃ、それも準備しつつ……あとは異世界の曲、再現して、歌ってもらって、動画サイトとかにアップしてる異世界人いるんすよね。『現代知識チート』だってよくわからんことを言ってましたが、その人に相談すれば音源もらえるかもしれません」
「あー、そのヒト知ってル。先生のところに曲再現のための相談に来てたヨ」
なるほど。確かに同郷で似たような職業の人がいたら相談し合うのは自然だ。
「じゃ、楽曲リストあとで送っとくんで、気になったら動画見てみてください。動画ない曲でも相談すればオケ作ってくれるかもですし」
「ソレ助かるナァ。ライブ用の音源もお願いできるかモ。じゃあよろしくネー!」
他色々なことを相談し、ライブまでの段取りを詰めていく。……いよいよ、本格的に動き出した。色々な人が『わたくし』のために頑張ってくれる。だったら、それに応えられるよう全力を出さないと。
少し、不安になる。本当にこんなことをしてもらっていいのか、自分にそんな価値があるのかと。でも違うんだ。その価値を生み出すために、やるんだ。このライブを通じて、誰かを救う。それができる人に、私はなりたいのだから。
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