第22話:身体
「この身体だと無理、というのは――つまり『天乃月子』は、歌ったり踊ったりは無理、ってことでしょうか?」
わたくしは、エルメスさんの発言の意味を改めて聞きなおす。
「うん、少なくとも今の貴女の身体では、人前で見せられるレベルのライブをするのは難しいと思う。理由は二つあるんだけど……まずは一つ目」
エルメスさんは指を一本立てて、わたくしの方を見た。
「実際に音を流してたわけじゃないから私の感覚だけど、音声と動作が微妙にずれてる。たぶん声がちょっと遅れてる? のかな。実際に音に合わせるともっとずれるかもしれない」
「そうなんですね、確かに多少の違和感はありましたが……」
その言葉にレグルスさんも大きく頷いた。
「うん、実際そうなんだよね。前にも言ったように、このMC体って軍事用、つまり戦闘のために造られた仕組みなんだけれど、冒険者に試してもらったとき、ちょっとした反応速度の遅れとか、実体との乖離は意見として挙がっていたんだ。当然歌や踊りでも同じことが発生するだろうね」
物理的に本来の肉体と距離があるせいなのか、機能的な問題なのかは分からないが、確かに理屈としては納得できる。
「うん。じゃあ二つ目ね。出ている声が、生の声じゃない、ってのが、感覚的にわかる。なんていうのかな、発生器官? 魔力で造られた肉体から発声してるからかな、どうしても、違和感がある。そのせいで歌に『気持ち』が乗せられていない感じ、かな。……わかりづらいかもだけど」
「……いえ、言いたいことはなんとなく、わかります」
レグルスさんはモニターに映る色々な数値や波形を眺めていた。
「なるほどね……確かに波形を見る限り、普段のツキノさんと全く同じ声が出せている、というわけではなさそうだね。ちょっとした違和感だから配信とかなら別に気にならないけど、歌だとそれが、命取り、ってことか」
「うん。たぶんこれだと、単純に歌を届けることができても、ライブで人の心を震わすことは難しいかな。私たちは唄うとき、声を魔力に乗せて色々な効果を発揮させられるんだけど、この肉体だとそれも再現は難しいかも」
「あぁ、確かに魔力の出力は結構違うんだよねぇ。そもそもの魔力容量からして本体とは違うから仕方ないんだけど……そっかぁ。ライブをやるとなると、この身体では難しそうだね」
エルメスさんとレグルスさんの会話を聞きながら、わたくしは溜息をついた。残念だけど、難しい、ということか。
「まぁなので、歌と踊りを教える立場から現時点できるアドバイスは二つ。一つは『この体じゃなくて、生身で歌う』。これならちゃんと歌と踊りを――ライブを、届けられると思うよ」
――Vtuber、天乃月子ではなく、天原月乃として、歌う? それは……。
「でも、それは、わたくしの――私の、やりたいことではないんです。私は、『わたくし』として、皆さんの前で歌いたい」
わたくしはエルメスさんの姿を見る。美しい容姿、はっきりした声、立ち仕草も堂々としている。ソルさんに聞いたところ、彼女、実は大人気アイドルとして歌ったり踊ったりしてライブをしているようだ。……なぜそんな人を呼べたのか、ソルさんの人脈は本当に謎ではあるが……。
とにかく、彼女のような人から見たら、自分の肉体を使わないのは不思議に思うかもしれない。でも、そこは譲れないポイントなのだ。容姿に魅力がないとか、そういことだけじゃない。――同じ悩みを持つ誰かを、救える世界を作りたい。それが私の――夢だから。
「うん。おっけ。じゃあ、もう一つの案。その、Vtuberとしての肉体を、元の身体と重ねる。声や踊りは自分の肉体、見た目はVtuber。そういう仕組みを、創り出すしかないんじゃない?」
エルメスさんはあっさりと別案を提示してきた。なるほど……でもそれは。
「……そんなこと――できます?」
それは、言うなれば、3Dの肉体だ。元の世界のVtuberさんたちは、『Virtual』の世界において、まさにその仕組みで歌や踊りを披露していた。
わたくしは、レグルスさんの方を見た。彼は――ニヤリと笑みを浮かべる。
「――軍事用で考えたら、まったく意味のない機能だよね、それ。だって、魔力の身体が壊れたら本人が出てきちゃうでしょ? 正直考えたこともなかった。でも――今のツキコ君には、間違いなく必要だ。おもしろい、このレグルスが、それを作り上げて見せようじゃない。――そうだな、とりあえず、ひと月もらえる? あ、ソルくん、予算の調整ってできるかな?」
「いいっすよー、上と掛け合います」
「え。そんな、大事な……いいんですか? そんなの、誰のメリットもないんじゃ」
ソルさんはこちらを見て、首を振った。
「いや、これ、技術として確立したら凄いことになりますよ。何せ――『なりたい自分』で、ライブができる。もしかしたら、他にもいろいろなことができるかもしれない。元の容姿に自信が無い人、何らかの理由で顔を見せたくない人、まったく別の自分になりたいと思ってる人。そのすべてが、救われるかもしれない。俺は、これ、金を懸ける価値があると思いますねぇ」
笑みを浮かべながら言うソルさん。レグルスさんもその言葉に頷いた。
「うん。私もそう思う。まぁ色々試してみるからさ、ツキコ君はその間、歌と踊り、練習しといてよ」
「はいっ! ありがとうございます!」
わたくしは大きく頭を下げた。――こんな我儘に付き合ってくれて、感謝しかない。いつか、ソルさんやレグルスさんにはしっかり恩を返さないと。
◆◇◆◇◆◇
それから三日が経った。私はとりあえず『天原月乃』として、エルメスさんに歌や踊りを教わっている。とはいえ彼女も忙しいので、スタジオで初対面した後に、練習曲として自身の楽曲の歌唱とダンスを覚えてくるように伝えられ、後は発声やダンスに関する基礎を教わり、今はリモートで連絡を取り合いながら指導を受けている。時間が取れる時にまた直接会って教えてくれるらしい。
そんな中、私とソルさんは、何やら怪しい建物の中にいた。やたら分厚いドアや壁に、聞こえてくる楽器の音。なるほど、ここは、音楽スタジオ、みたいなところなんだろう。
「ライラさん、入っていいですかー?」
おそらく防音の分厚い扉をどんどんと叩きながらソルさんが言う。
「はイ、どうゾー」
ちょっと独特の発音だ。片言っぽいというか、なんか声も独特……? ドアを開けて中に入ると、一人の真っ白い髪をした女性が部屋にいた。その背中には黒い翼が生えている。……明らかに人間ではないので、ちょっと驚いた。
「こ、こんにちは、初めまして。天原月乃といいます」
「どうも。今日はよろしくお願いしますねぇ」
私たちの挨拶に対して、ライラさんはニッ、と笑みを浮かべた。
「ツキノさんはじめましテー。ボクはライラ。セイレーンだヨ はぐれ者だけどネ」
セイレーン。確か、鳥だか人魚だかに人間の上半身が付いた、歌が上手な魔物……だったかな? ライラさんは見た感じ人間っぽいけど、よく見たら背中の羽以外に足も鳥っぽい。
「ライラさんは曲を作って誰かに提供して、その指導やら録音やらをしてくれる……なんて言うんでしょうね、音楽プロデューサーとかになるんですかね? まぁとにかく、そんな感じのお仕事をされてる方です」
「自分で歌うこともあるけどネ」
「そんな仕事が、この世界にあるんですね……あれだけの楽曲が溢れてるから、あるのは分かってましたけど、ここまで技術が進んでいるとは……」
室内にある音楽機材や録音機器、スピーカーなども含めて思った以上に元の世界に近い。遜色ないと言っても良いレベルに見える。
「元々こういった作曲とか、録音とかは、異世界の方が持ち込んだ技術ですからねぇ。何十年か前にその知識を持った人が来て、現代の魔導技術だとか、旧時代の謎技術とか色々駆使してこういう機械やら仕組みを作り上げたみたいです」
「そウそウ。ボクはその人に弟子入りしテ、今こうして仕事をしてるんダ。本当ならセイレーンハ、海の近くデ暮らしてるんだけド……色々あってそこにはいられなくってネ。だかラ、先生にはとても感謝してるシ、今がとても楽しイ!」
ライラさんはそう言って笑った。……若そうに見えるけど、いくつくらいなんだろう。結構苦労をしていそうな印象もあるし……種族が違うから、よくわからないや。
「で、彼女にはツキコさんのライブ用の楽曲を願いしようかと思ってます。まぁ初ライブなんで、五曲くらいですかね? 当然全部オリジナルってわけにもいかないんで、カバーとか、色々何を歌うか選定して、アレンジしてもらったりしようかと」
「エルメスに歌教わってるんでショ? ボク彼女のプロデュースとかもしてテ、結構仲いいんだヨ。彼女が教えてるなラ、期待できル。取りあえズ、歌聞かせてもらってもいいかナ?」
ライラさんに促される。……よく考えたら、人前で歌うのは初めてかもしれない。緊張するし、恥ずかしいけど、まずはやってみよう。
「はい、よろしくお願いします!」
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