第24話:新技術
それからの日々は怒涛だった。日々の練習、楽曲制作のための打ち合わせ、元の世界の楽曲の選定や相談、ライブの打ち合わせやその準備、新たな肉体構築のための様々な実験、それに加えて日々雑談などをやってみている。
「本当なら歌をお届けしたいところなんですけどね……」
まだ新たな技術ができていないので『天乃月子』として歌を披露することは難しいのだ。『天原月乃』の身体で声だけ配信も考えたが、やはりそれはちょと違う気がするし、おそらくスイッチが切り替えられないのでやめた。
基本的に雑談では、前のダンジョン配信の振り返りや『Magic Word』読み上げ、さらに趣味や好物の話に加えて、日々練習している歌や踊りのことなどを週に何回か話していた。他にも、動画をいくつか作って上げてみたりもした。概ね好評で、チャンネル登録者も少しずつ増えている。ただ、あのリトライダンジョンのような面白いコンテンツがないと、いずれ飽きられてしまうだろうなぁ……。
そんなある日、ソルさん経由でレグルスさんから連絡をもらい、研究所を訪れた。あの課題が見つかった日から、およそ三週間後のことである。
「やあ、ツキノくん、ソルくん! お待たせしたね! ついに『Virtualの身体』略して『V体』の試作ができたよ!」
「つ、ついにですか! ありがとうございます!」
「一カ月、って言ってましたが、意外と早かったですねぇ」
「試作だからね。ここから調整が必要だけど……まぁやってみようか」
レグルスさんに促され、私は研究所の室内にある椅子に腰かけた。今まではここから、新たな肉体を離れたところに創り出していたけれど……。
「さて、じゃあちょっとここが複雑なので、少し解説をするね。まずここしばらく、私はツキコくんが歌や踊りができるようにするためにどうすべきかを検討していた。最初はまず、エルメスくんが言っていたように、本人の身体にV体を重ねることで動作のレスポンスや声が変化してしまう課題を解決しようとしたんだ」
私は頷く。確かにそれが一番手っ取り早そうだ。
「ただ、それをやろうとすると、本人の肉体の外側に魔力の身体を構築しなくてはいけない。当たり前だけど例えばどこかがはみ出してしまったらおかしなことになるからね。ただ……まぁ当然のことではあるんだけど、本体よりV体が大きくなってしまうんだ」
「言われてみれば確かに……私の身体の外側に『天乃月子』を被せたら、全体的に大きくなりますね」
「そう。ツキノくんくらいならまぁ許容できる範囲だけど、例えば大柄な男性が細身のイケメンになりたい、とか、場合によってはかわいらしい少女になりたい、ってケースもありうると思うんだよね。一部の需要を満たすだけじゃ意味はない。だってこの『Vtuberプロジェクト』の最終目標は『なりたい自分で生きていく』なんだろう?」
いつの間にかプロジェクト化されていた。ソルさんだろうか。……でもまぁ、確かに。私だけが姿を変えられても意味はないんだ。願いは、人それぞれなんだから。
「プロジェクト名はともかく、確かに、レグルスさんのおっしゃる通りです。――夢に制約は、できるだけ掛けたくない」
自分より小さいものにはなれません、なんて、全然ダメ。だってなろうと思えば、芝犬にも、恐ろしい悪魔にも、謎の生命体にもなれるのが、Vtuberなんだから。
「うん。なので、さっきの案は最初の一日で放棄した。その後、色々考えたよ。そもそもの肉体を見えなくしてしまえば、サイズがはみ出していても違和感はないんじゃないか、とかね」
……なるほど、人形劇の黒子みたいなイメージだろうか。……でもなんかそれは、ちょっと間抜けだなぁ。
「まぁそれだと、触ればいることがわかっちゃいますし、何より動きのトレースもしづらそうっすねぇ」
「うん。ソルくんの言う通りなので、却下した。あとは――肉体の動きをそのまま反映させたアバターを映像の中でのみ稼働させる。音声は本人のままね」
「それってつまり――」
「そう。ツキノくんたちの世界における『Vtuber』と同じ仕組みだ。ただこれだと、配信とかディスプレイ上でしか動けない。当たり前だけどね。……せっかくこの世界には魔術や魔力があるのに、それじゃあつまらないなと思って、却下した」
……少し、驚いていた。レグルスさんと言う人は、最初に魔力の肉体を作ってくれた人ではあるが、ちゃんと話したことはほとんどなかった。なのに、過剰なくらい、こちらに寄り添った考え方をしてくれている。
「……色々と考えてくださって、ありがとうございます。あの、レグルスさんはなぜ、ここまで私のやりたいことに協力してくれるんですか?」
今やっていることはもはや彼の本来の研究領域から逸脱しているだろう。元々軍事用の魔力の肉体を作っていたはずなのに、こんな全力で取り組んでくれている。無理だ、と一言いえば、それで終わったかもしれないのに。
「ああ、それはね。……ツキコくんのね、配信を見てたんだ。そしたらなんか、こう、いいねぇって思った。例えば、あの『Magic Word』なんて普通なら自分だけで独占するじゃない。そうしたら唯一無二の配信者になれるわけだから。でも君はそれは選ばず、誰もが使える仕組みを造った。そのとき――あぁ、この子は本気で、世界を変えようとしているんだ、ってわかったんだ。だから私もね、それに全力で協力しようと思えた。――私も、世界を良くしようと思って研究をしているからね」
……確かに。レグルスさんが研究している『MC体』。これは、魔力での肉体を作ることで、戦争で死ぬ人を減らすための技術だ。方法は違っても、目指している方向は、一緒なんだ。
「納得しました。……ありがとうございます、本当に」
「いえいえ。ソルくんから、ちゃあんとお金ももらってるしね。うん。――で、次の案。もう同じような、魔力で別の身体を作る方法では無理だなと思った。だから――発想を変えて、肉体そのものを魔力で変質させる方法を考えることにしたんだ」
「肉体、そのものを変える?」
それは、変化の魔術、とかそういうことだろうか?
「うん。実際、見た目の変化自体は既存の魔術にも存在するからね。幻術で見ている相手の認識を阻害するものもあれば、一時的に顔をちょっと変えるようなものもある。幻術はね、配信を考えると現実的じゃないから、やっぱり外見変化だと思った。ただこれ、普通に使える変化の魔術だと、体格まで大きくは変えられないんだよね。見た目を軽く別人みたいに弄る程度。これだと最初の案と同じ問題が生じる」
要は、特殊メイクみたいなものだろうか。多少筋肉を盛ったりはできるだろうけど、限度はあるよね。
「そこで、もっと自由度の高い変化の魔術を調べた。魔術士協会に協力してもらって、文献とか色々漁ってね。――で、一つ、見つかった。さて、突然だがツキノくん質問だ。この世界において、数は少ないが、ドラゴンと人間のハーフが存在する。ただ、ドラゴンは想像の通り非常に巨大だ。では、どうやって人と子を成すと思う?」
展開がいきなりすぎてついていけないが、文脈から察すると――。
「身体を、人間サイズに変化させる?」
「そう。正解だ。ドラゴンは人型に変身することができる。しかも日常的にね。そこで私は、その魔術について調査した。――いや、大変だったよ。この部分に辿り着くまでは三日程度だったけど、調査に丸一週間かかってしまった。何せ文献にロクな情報はないし、実際のドラゴンなんてなかなかお目に掛かれるもんじゃない。もしドラゴンがその辺にいたとしても、人間と変わらない姿だからわからないしね……。でもそこで、ソルくんに相談してみたんだ。そしたらね」
「カイルさんにも相談してみたんですが、メルトの街にハーフドラゴンの方がいらっしゃったんです。で、その方と連絡を取り、色々お願いをしまして、最終的には――」
「その方のお母さん。つまり本物のドラゴンに会って、その魔術についてデータを取らせてもらってきたんだよ。いやー、得難い経験だったなぁ」
レグルスさんもソルさんもニコニコしている。楽しかったのだろう。ちょっと羨ましいな。
「いいですねー、ドラゴンかぁ。私もいつか会ってみたいです」
「この実験が成功して落ち着いたら、一度会いに行きたいね。研究の成果はこれですよ、って見せておきたいし」
やった。楽しみだ。
「――さて、前置きがだいぶ長くなったけど……この設備は、前とは全く別の仕組みになっている。魔力での分身を作るのではなくて、魔力を使って、肉体を変化させる装置だ。変化させるデータはスピカくんが前に書いたものを参考に準備してあるよ。では、覚悟はいいかな? 一応動物実験はしているが、人間に使うのは初めてだからね」
「えっ、それ聞いてないんですけど」
「うん。初めて言った。でも時間がないんだろう? ちまちまやるより、実際に使う君で試すのが合理的だよ。――さあ、やってみよう。ヘルメットをかぶって」
「こ、こわいこわいこわい」
かなり恐怖を感じたが、これも自分で選んだことだ、覚悟してヘルメットを手に取り被る。
あぁどうか、失敗して謎の化け物なんかになりませんように――。
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