第18話:光明

「さて、次は――あー、あれですね。わたくしが華麗に大ゴブリンを倒したところ」


 我ながらあの戦闘の自分は神がかっていたと思う。一種の興奮状態だったのもあるが、本当に思った通りに身体が動いたのだ。運動ができる人って言うのは常にああいう感覚なのだろうか。


「あぁ、アレはホブゴブリンっていう、ゴブリンの一種なんだけど……あの戦闘はマジですごかったよね……早速見てみようか」

 

「はい。えーっと、この辺かな」


 わたくしがぶつぶつ言いながら戦術を練っているところから再開する。


「これ、ちゃんと相手を分析して、見た目から弱点を探って、攻略方法を考えてるよね。これ冒険者でもなかなかできないよ、本当にすごい」


 リクニスさんにめちゃくちゃ褒められた。嬉しい。


「やったぁ。……いや、でも必死でしたよ。異世界知識をフル活用して、急所をひたすらに攻めるという外道なやり方で……」


「まぁ実際、魔物相手には卑怯とか言ってらんないからね。急所狙いは基本だよ。魔術が使えるともっと楽なんだけどね」


 魔術。そういえば。そんなのもあるのか。画面の中のわたくしは必死に急所狙いを画策しているけれど。


「魔術……って、わたくしにも使えるんですか?」


 それで攻略が楽になるなら検討の余地はある。


「使えると思うよ。魔力は一定あるし。このダンジョン、経験がリセットされるって言ったけれど、覚えた魔術は普通に使えるんだ。ただ、魔力量が減ってるから相応の術しか使えないし、精霊魔術みたいな自分以外の力を借りるものはダメだけど」


「な、なるほど……? ちょっと詳細は分からなかったですが……できるならやってみたいですね……ちなみにそれは例えばわたくしが火を放つとか風を起こすとかできるようになる、ってことです?」


「うーん……それは難しいかも。説明が面倒だから詳細は割愛するけど……そういう『自然現象を使った魔術』を補助する『精霊』が持ち込めないんだこのダンジョン。使いたかったら魔術式っていう複雑な手順を踏む必要があって……これは一朝一夕で使えるようになるのは難しい。勉強が必要」


『そうだったのか、初めて知った』


『え。ダンジョンで精霊魔術使えないの。魔術師キツくね」


『魔術式の使い方とか忘れたわ……挑戦するなら勉強しなおさないとダメじゃん』


 コメント欄にも動揺が見られる。戦士が肉体的な経験を失うのと同様に、魔術師も楽はできないダンジョンなんだな。


「その感じだと、わたくしはこのダンジョンで魔術は使えない、ってことですかね」


 残念だな。ダンジョン攻略に有効かと思ったのに。


「いや、そんなことないよ。魔術式をすぐ覚えるのは難しいけど、誰でも使える魔術がある。それが『強化魔術』。魔力を使って自分の肉体や武器を強化する、前衛には必須の魔術。これを覚えたら、戦闘がだいぶ楽になると思う」


「え、そんなのあるんですか。ズルい。みんなそれ使って戦ってるってことです?」


「ま、大体はね。……正直、このホブゴブリン戦、ツキコちゃん負けるだろうなーと思ってたの。普通に考えたら武器の威力も身体能力も足らないし。で、その対策として強化魔術を教えて、実践する、って流れを考えてたんだけど……見ての通り、戦術を練って足りない威力を補ってしっかり倒してる。本当にすごいんだよ、あなた。私の予想を超えていった」


『やっぱ強化魔術使ってなかったのか』


『肉体も武器も強化しないでこんだけ戦えてたの本当にすごい』


『これ強化覚えたらめっちゃ強くなるんじゃ?』


 ヤバイめっちゃ褒められてる。これ、その『強化魔術』を覚えたら、ダンジョン攻略、楽々できてしまうのでは?


 大ゴブリンを必死に倒すわたくしの映像を眺めながら思う。問題は――この先だ。


◇◆◇◆◇◆


「――さて、ではここからですね。巨大なトカゲとの遭遇」


 わたくしが糸玉を手に入れて先に進み、部屋で宝箱を開けてパニックになっている様子が映し出されている。その後しばらく映像を見ていると、足音と何かを引きずるような音とともに大トカゲが姿を現した。


「来たね。コメントにもあったけど、こいつは『バジリスク』。砂漠地帯に住む巨大なトカゲで――見ての通り、視認した対象を石化させる能力がある。ほらあれ、咥えてる芋虫が石になってるでしょ。バジリスクは対象を石にしたうえで食べるんだよね」


 そのまま映像を見続けているとほどなくしてわたくしも石化し、最後の挨拶の最中、コメントの助言で糸玉を使用したところで映像が終わる。


「――改めて見ると、なんでわたくし忘れてたんでしょうね、糸玉。さっさと使って脱出したほうが良かったかな」


「まぁ冒険中パニックになって当たり前のことを忘れるのはよくあることだから。でも、タイミングはたぶん最良だったと思う。帰れる前提なら、相手の情報をできるだけ集めたほうが次のためになるからね」


「なるほど。確かに石化させられなかったら、これがバジリスクだってことわからなかったかもしれませんね。……そういえばこれ、結局ちゃんと間に合ってるんですかね、脱出」


 一応糸玉を使いはしたが、石化とほぼタイミングが同じだったはずなのでギリギリだったはず。


「うん。大丈夫。これは間に合ってるよ。実は、石化しただけじゃ即死亡判定にならないんだよねこのダンジョン。一応石化の復帰手段あるから」


「あ。そうなんですね、よかった。…………もし仮に、糸玉持ってなかった場合、わたくし石化したあとどうなるんですか?」


 死亡にならない。つまりやり直しにならないということだろうが……。


「私体験したことあるんだけどね、意識あるまんま動けなくなる。割と地獄。で、この場合はまず間違いなくバジリスクに生きたまま喰われるね。石だし痛みはないけど喪失感エグいよ」


「ええ……こっわ。『シテ……コロシテ……』ってなるやつじゃないですか」


 コメント欄も恐れ慄いている。


「これ、脱出できた場合って何か恩恵あるんですか?」


「うん。まずレベルとアイテムが引き継がれます。あと脱出地点から再開が可能」


「おっ、それいいですね。時間がだいぶ短縮できる」


 毎回最初っからやり直しだと配信のテンポが悪くなると思っていたので朗報だ。


「そういえば次でダンジョン挑戦三回目なわけだけど……どう? 感触は」


「そうですね……この案件、一階クリアまでは配信可、っていう条件だったのでそこまでは当然行きたいんですが……正直、あのバジリスクに遭遇してめちゃくちゃ不安になりました。アレ、普通に考えたらわたくしじゃ倒せないと思うんですよね。難易度調整狂ってません?」


 これは率直な本音。改めて映像を見て思ったが、見られたら石化するなんて戦いようがない。魔術で多少肉体を強化しても無駄だろう。


「そうだね。アレは一階におけるの魔物で、初心者が束になったところで勝てるもんじゃない。――ということは?」


 リクニスさんの言葉。それを受けてしばし考える。……そういえば、前世でやったダンジョン物のゲームでも似たようなことがあったような……。


「そうか――アレは、倒すことが目的の魔物じゃない……!」


「なるほど。根拠は?」


「他の魔物は部屋で待ち受けていた。でもバジリスクはしてる。つまり、アレは戦うのではなく、回避するための、罠に近い存在ってことですね!」


 虫入り宝箱の罠があることも根拠の一つだ。


『なるほど』


『確かに』


『まぁ倒せって言われたら無理だもんなぁ』


「お見事! 正解です! しっかり分析できてるね。バジリスクは『常に戦うことが正しいわけじゃない』ということを学ばせるための魔物。敵の強さ、特性を見定めて、回避する。これも冒険においては重要なことだからね」


 よかった。これで光明が見えた。……まぁ、ボスがどのくらい強いかもまだわからないんだけどさ。


「ありがとうございます! これで攻略の糸口がつかめました! 一旦、この振り返りで解決したかった疑問は解決したので……そろそろ配信は終わりですかね」


「はーい、いいと思います! あ、そうだ。ツキコちゃん。このあと時間ある? さっき言ってた『強化魔術』の訓練。やっちゃおうかと」


「ほんとですか! やった! 助かります!」


「それなりに時間かかると思うし、何より絵面も地味だから、配信外でやろうか。……視聴者の皆さんには、次のダンジョン配信回で、ツキコちゃんのレベルアップを楽しみにしてもらってさ」


 確かに、槍の特訓と違って見た目にわかりづらそうだし、それなら配信でやる必要もないか。


「なるほど。それいいですね。特訓の成果、期待してもらいましょうか!」


「おっけ、じゃあそんな感じで。締めちゃってください」


「はーい。では見てくださった皆様、ありがとうございました! 振り返りで色々学べたので、これを活かして次のダンジョン挑戦、頑張りたいと思います! 強化魔術も覚えて、そろそろ一階クリア、目指したいですね。ではでは、異世界よりさようなら。お相手は、天乃月子と!」


「リクニスでした!」


『さよならー』

 



 



 






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