素人がリトライダンジョン挑んでみた#5 ~攻略編~
『異世界からこんばんは! 天乃月子です! はい、ということで、前回の振り返りを経て、三回目のダンジョン挑戦、進めていきたいと思います。今回はなんと! 前回アリアドネの糸を使って脱出したので、例のわたくしが石化した部屋からのスタートとなります!』
月子嬢は部屋の中を見渡し――例の宝箱を見て苦々しい顔をする。
『さすがにね、わたくしにも学習能力ありますので今回はあの宝箱はスルーです。幸い、近くから足音なんかは聞こえなそうなので、早々にこの部屋抜けたいと思います。……でもそうか、今回からはちゃんと音とか気を付けながら移動しないとダメですね』
確かに。バジリスクがその辺をうろついている以上、遭遇しないよう、細心の注意を払う必要がある。
『まぁ前回までのわたくしだったらね、ここでビクビク震えながら移動していたと思うのですが、今回からは違いますよ。『強化魔術』覚えましたからね。聴力をはじめとした各種感覚器官を強化すれば、遠くから近づいてくるバジリスクの気配もすぐに察知できます! すごい! みんな拍手!』
コメント欄が拍手で包まれた。俺もとりあえず讃えてみる。
----------------------------------------------------------
『でも、感覚器官の強化って結構高度じゃなかったか?』
『確かに。肉体強度を上げるのは簡単だけど』
『機能を高めるには構造を理解してないと無理だからむずいよ」
----------------------------------------------------------
確かにそうだ。例えば視力を強化したければ、目がものを見ている仕組みを理解し、適切な個所に魔力を通してやる必要がある。たまに理屈関係なくやれちゃうやつもいるらしいけど、それは例外だ。
『お、さすが皆さんわかってますね。そう。わたくしもね、昨日リクニスさんに言われました。最初は体の表面を魔力で覆う強化が基本で、体内に魔力を通す強化は人体構造の理解が必要だと。でも――わたくし、人体構造の理解、もう出来ちゃってるんですよね。異世界知識で! すごいでしょ!』
おお。異世界人設定が活かされてる。
『まぁこれ別に異世界人だったらみんな知ってるってわけじゃなくて、わたくし異世界では結構重い病気だったもので、色々勉強したんですよね。自分の体のこと。その中で興味を持って色々人体について調べてみたことがあるんです。その知識が今ここで役に立っているんです! 偉い、昔のわたくし!』
……今の何気に、結構重い話では? まぁ本人が楽しそうだからいいか……コメント欄にも少々戸惑いが見える。
『さて、というわけでね。各種感覚器官に加えて、身体能力も強化できますから、今日の攻略はだいぶ楽になるはずです。……ただ、ちょっと試してみたんですけどね。身体能力強化って、コントロールがめちゃくちゃ大変で。単純に力を強くする、とかならいいんですけど、速度を上げると頭が付いていかないですね。まぁこれはちょっとずつ慣れていくしかなさそうです。では出発!』
確かに。倍の速度で動けるようになっても、その速さで行動を決められなければ意味がないか。
月子嬢は、時折耳を澄ませながら、ダンジョンを進んでいく。一旦道を戻り、前とは別の方向へ。途中、大きな猪と遭遇したが、強化魔術をうまく使いあっさりと倒した。魔術によって強くなっているのは間違いなさそうだ。時折バジリスクの気配を感じながらも、うまく避け、遭遇する魔物を打倒し、気が付けばダンジョンの随分奥まで進んでいた。レベルも既に7まで上がっている。
『今日は結構長丁場なので、休憩がてら雑談なのですが……。この世界には魔術のほかに、魔法というものがあるらしいですね。なんか魔法は、理屈を超えた奇跡を起こせるとか。わたくし異世界人だから使えるのかなーとか期待したんですが、話によると『世界に強い想いを願い、資格があれば奇跡に届く』らしいです。めちゃくちゃ抽象的ですが……わたくしが今世界に何かを願うことはないので、難しそうですね』
魔法。色々逸話は聞くが、大きな危機に直面した時や、絶望した時に生まれる、強い願いによって起こる奇跡らしい。確かに、やり直しがきくこのダンジョンで配信をしているこの少女に、そこまで強い願いはないだろう。
『さて、かなり順調にここまで来ましたが……お、次の部屋は……中に何か大きな生き物がいそうですね。でも引きずる音はしないのでバジリスクではなさそうです。ちょっと入り口から様子を見てみましょうか』
月子嬢が、そっと部屋の中を覗く。そこには――。
『でっかい、鎧を着て、でかい斧を持った牛頭の、人。もしかして、ミノタウロス、ってやつですか……迷宮のボス感半端ないんですけど』
ひそひそ声でカメラに語り掛ける月子嬢。俺は少し悩んだが、コメントを打った。答えを教えることは良くないかとも思ったが、一覚悟は必要だと思ったのだ。……それだけの、強敵だから。
----------------------------------------------------------
『こいつが、一階のボスです』
----------------------------------------------------------
『や、やっぱり……めちゃくちゃでかいなぁ……三メートルくらいあるんじゃないですか? 鎧を着て、でっかい斧持ってますね。え? 無理じゃないですかこれ?』
さっきまでの調子に乗った様子はどこへやら。急に怯えだす月子嬢。まぁ無理もない。バジリスクを除けば、これまで遭遇した魔物とは比較にならない威圧感を感じる存在だし。
『とりあえずちょっと覗いてみましょうかね……ボスなら部屋から動かないと思うんで様子見たらいったん逃げよう。お、おじゃましますー』
月子嬢がゆっくりと部屋に入る。……あ。それ、まずいかも。
彼女が足を踏み入れた途端、通路との境界に石の壁が降りてくる。重厚な音を立て、ボスの部屋は封鎖された。
『ええええええええー!!!!! 何ですかそれ! ボスを倒さないと出られない部屋ってことっ!? そんなん聞いてないですよ心の準備ー!!!!』
月子嬢の叫びに応じるように、ミノタウロスが咆哮を上げ、突進して来る。――かくして、突然ボス戦は開始された。
『まずいまずいまずい、何の準備もできてない! とりあえず強化魔術を……!』
月子嬢は慌てながらも肉体を強化し、突進して来るミノタウロスの左側面に素早く回り込む。積み重ねた経験もあって動きはスムーズだ。
『何とか動作的にはついていけそうな感じが……でも攻撃力ヤバそう! とりあえず一撃――!』
月子嬢は槍に強化を施すと、姿勢を低くしミノタウロスの右脛に思いきり叩きつけた。レベルアップと強化魔術により彼女の攻撃力は相当上がっている。実際、先ほど遭遇した大イノシシもこの一撃で昏倒していた。
『どおだぁ! わたくしもね、もうきゃあきゃあ逃げ回るだけのか弱い少女ではないんですよ……って、全く効いてないじゃないですかー!!! 泣き所なのにー!!!』
皮膚の強度が相当高いようで、ミノタウロスはダメージを受けた様子もなく斧を構えなおすと、再び月子嬢に襲い掛かった。先ほどと同じように回り込んで避ける。
『くぅっ……なら、仕方ないですね、刺します!』
今まで穂先を使ったのは止めを刺すときだけだが、今回は打撃でダメージを与えることが難しい。とはいえ相手は、胸や腰に鎧を纏っている上巨大だ。狙える箇所は限られる。
『とりあえずここ!』
月子嬢は果敢に接敵し、脇の下を狙って槍を突いた。タイミングは完璧。脇の下は急所で、当たれば大きなダメージを与えられるだろう。だが――。
『えっ――』
ミノタウロスは冷静に体をひねって槍を躱すと、カウンターで手にした斧を思い切り、月子嬢に叩きつけた。とっさに槍で防ぐ行動はとったようだが、勢いは全く殺せず、少女は思い切り吹き飛ばされ、悲鳴すら上げられず部屋の壁に激突する。
----------------------------------------------------------
『大丈夫か!?』
『ヤバ! 生きてる!?』
『ギリギリ刃は受けてたっぽいけど……』
----------------------------------------------------------
コメント欄も騒然とする。これまでは、なんだかんだ、冷静に戦えば当てられるし避けられる。そのくらいの敵だった。だが、このミノタウロスは違う。きちんと『戦う術』を知った、戦士なのだ。
----------------------------------------------------------
『……ただ、やみくもに武器を振るうだけじゃ、勝てない……』
----------------------------------------------------------
俺は思わずコメントを書いた。実は昨日、リトライダンジョンに挑戦し、実際にミノタウロスと戦ってみたのだ。その結論が、これだ。
『武術』か『魔術』か『戦術』か。冒険者として秀でたものがなければ突破ができないようになっている。――ただの『配信者』に過ぎない彼女に、この壁が越えられるだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます