第19話:覚醒
何が、あったんだっけ……。記憶が、うまくつながっていない……。
「私、は――いや、わたくしは――はっ!」
ミノタウロスの斧で吹き飛ばされ、一瞬、意識を失っていたらしい。よかった死亡判定されなくて。幸い、ミノタウロスとの距離も結構あるし。一階のボスは、斧を構え悠然とこちらを見ている。――腹立たしい。あ、その前に。
「ご覧の皆さま、わたくしは見ての通り無事ですので、ご心配なく! いや、強化しっかりしといてよかったです。なかったら真っ二つだったかと。……とはいえ槍はだいぶ傷ついてますねこれ。壊れるんじゃないかな……」
槍の真ん中あたり、斧を受け止めた個所がざっくり傷ついている。
「しかし、困りましたね……攻撃が当てられない。シンプルに、技量で劣っている……というか、わたくしが武器の扱いほぼ素人だから仕方ないんですけどね」
リクニスさんに教わったのは基礎の基礎。知識や技量の無い魔物には通じたが、ミノタウロスは武器の扱い方をきちんと心得ているらしく、こちらの動きを読んで対応してくるのだ。
「これ、今回は厳しいですかね……色々行動パターンを確認して、特訓してから出直すのが良いかな」
コメント欄にも同意が多い。そうだよね。今回はその方向で。そう考えた時。
『やっぱ、厳しいか。冒険者じゃないもんな』
そのコメントが、目に入った。
他にも、諦めや失望の声が届く。
――あれ? わたくし、なんでこんなにあっさり、諦めてる?
――今まで見てきたVtuberさんたちは、配信でこんな弱音を吐いていたか?
――いや。どんなに辛くても、厳しい状況でも、『面白い』配信をしていたはずだ。
まったく、これじゃまだまだ『配信者』なんて名乗れない。――辛いときは、笑え。どうしたら面白くなるか考えて、それを全力で実行しろ。
弱音を吐いてもいい、泣いてもいい、叫んでもいい。でも、諦めちゃダメなんだ。
みんな、わたくしを見てくれているのだから。その時間を使ってくれているのだから。この掛け替えのない瞬間に、全力を尽くさなければ、ダメなんだ。
「みなさん。わたくし、間違ってました。やり直すなんて、つまらない。だからこの配信で、あいつを倒します。――でもわたくしには力が足りません。だから……皆さん、どうか、アドバイスを。共に一階のボスを、倒しましょう!」
槍を構えなおす。腹は括った。これはゲームじゃない。この配信は、私の
『おっけ! ちょっと作戦考えるわ』
『攻撃を避けたってことは、槍が当たればダメージはあるってことだろ』
『どう当てるかなぁ。室内に何か使えそうなものとかない?』
『隙を作らんとダメだな。せめてもう一人いれば……』
コメントの冒険者の皆さんが、色々作戦を考えてくれている。所詮わたくしは素人なので、ここは有識者の意見を聞きたいところだ。……とはいえミノタウロスも、そこまでは待ってくれないだろうが。
「カメラさんちょっと室内映してもらっていいですか? ……うーん、特に役立ちそうなものはないですね……。隙、隙かぁ」
相手はずっとわたくしの方を見ているわけで、そんな状況で隙はなかなか生まれない。この場にいるのはわたくし一人なのだから。
「やっぱり一人じゃ限界が……ん? 何です? コメントの皆さん。……あ、なるほど。……それ、アリですかね。まぁでも、使えるものは何でも使ったほうが、面白そうですし、うん。反則かもですが、やってみましょうか」
わたくしはコメントの意見を採用し、カメラマンさんに合図を出した。そのまま、ミノタウロスの左側、部屋の壁に向けてダッシュする。
ミノタウロスは当然わたくしの方に目を向ける。この場にいるのはわたくし一人だから。……本当にそうか? いや。映像を撮っているのは――ソルさんだ。この場にはわたくしの他にもう一人、カメラマンがいるのだ。ソルさんは今までは気配を消してずっとわたくしについてきていたが、このタイミングではあえて動かず撮影を続けてくれるようにお願いした。それも――わたくしではなく、ミノタウロスを映してくれと。
ダンジョンの中はそこまで明るいわけではない。その状況で顔を映したければどうしても強めのライトが必要だ。カメラを向ければ、自然とライトもそちらを向くようになっている。さすがにミノタウロスも、よくわからない機械とライトを向けられれば、警戒をする。気を逸らされる。――隙が、できる。
ミノタウロスがソルさんに意識を向けたその瞬間、わたくしは全力で壁を蹴り、ミノタウロスに向けて走る。槍を前に突き出して、込められる魔力をすべて費やして。少しでも長く、注意をソルさんに向けてくれるように祈りながら――。
「――届け――!」
大きな声を出さないように気を付け、全力で踏み込んだ。ミノタウロスが目の前に迫る。魔物の視線はまだ、カメラとライト。わたくしの気配に気づきようやく斧を構えなおすが、遅い。大型武器なのが災いした。振りかぶる間に槍の穂先が、ミノタウロスの左わき腹から心臓へ向けて突き刺さる。そのまま深く、深く突き立った。
「ヴオオオオオオオオオオオオー!!!!!!」
さすがに悲鳴を上げ、めちゃくちゃに斧を振り回すミノタウロス。わたくしはとっさに槍を手放し、後ろに飛んだ。
「これで、どうだっ……!」
脇腹から突き刺した槍。血が流れ、穂先は深々と突き立っている。即死はせずとも、このダメージで何とか倒せれば……。
――だが、ミノタウロスは、苦しそうにはしながらも、突き立った槍をあっさりと引き抜き、へし折った。ダメージは小さくはない。だが、致命傷には至っていない。
「くうっ……倒せなかった……!」
さすがに槍の一撃で倒せるほど甘い敵ではなかった。もう武器すらない。恐らく油断もない。隙も作れない。絶望的な状況だ。コメントも落胆の声が流れていく。
「まだ、終わって、ませんから! わたくしまだ五体満足です。槍の穂先を拾うか、もしくはこの、拳とかを強化してこう何とかダメージを積み重ねて……」
そんなことをしゃべっている間に、怒りに燃えたミノタウロスが突進してきた。斧に当たれば即死である、必死に攻撃を躱しながら相手の懐に飛び込んで、直撃を避ける。だが――。
「ぐっ……」
斧を持たない左手で、がっちりと体を掴まれた。さすがに三メートルを越える巨体である。手も相当に大きい。なすすべもなくそのまま持ち上げられた。――苦しい。魔術で肉体を強化していなければ、握りつぶされているだろう。
ミノタウロスは怒りの表情でこちらを見ている。――くっそ。声も、ロクに出せない……コメントを見る余裕もない。このまま、力を込められ続ければ、潰されて、終わりだ。
「まだ、あきらめ、ません……」
わかっている。死んでも最初からやり直しになるだけ。だからもう一度やればいいんだと。――でも、違う。だってまだ、みんなを楽しませていない。
こんな形で終わるのは、嫌だ。じゃあ、とりあえず、笑ってみよう。そして――。
「では……懸けますか、奇跡に。……誰に、言えばいいのかわかりませんが……ハロー世界。わたくし、今こんなに強く、願ってますよ。このまま終わりたくないって。やり直しがきく、ダンジョンじゃないんですよ。この今は、わたくしにとって、たった一つの生なのです。だから……この想いは、魔法に届きませんか?」
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