第8話:リトライダンジョン後編

 扉を開けて先に進むと、さらに通路が続いている。緊張しつつも、言葉は途切れないように歩みを進めた。


「一応明かりはありますが、暗いですね……気を付けないと。……お。ちょっと進むと部屋が。入ってみましょう」


 映像でどこまで理解してもらえているかわからないので、状況説明も口頭で行う。ゲーム実況をするVtuberさんを思い出しながら。今思うと、ちゃんとゲームの概要を説明したり、作中に出てくる言葉を読み上げているのは意味があったんだろうな……全員が全員、画面を注視しているわけじゃないだろうし。


「部屋の中には……な、なんかいる……何……虫……?」


 部屋の中は明るかった。小さな教室くらいの広さの部屋。その中央に子供くらいのサイズの何かが、うずくまっている。


「めっちゃ怖いんですけど。え。アレ、倒さないとダメなやつ……? あ、奥に扉が。すり抜けて開けられたりする? いや、ゲームだったら絶対だめだろうな……」


 初心者用のダンジョンということだから、きっとここで戦い方の訓練をすることになるのだろう。


「よし。覚悟を決めて――」


 槍を構えながら、ひとまず巨大な虫? の元へゆっくりと近づく。そこにいたのは……。


「ひっ、でっかい蜘蛛!」


 鳥肌が立つ。大声を上げそうになったが、反応して襲い掛かってきそうなので何とか堪える。蜘蛛はこちらに気づいたらしくいくつもの目でこちらを観察している様子が伺えた。こっわ。


「え、わたくし、アレを槍で刺し殺すの? いやいやいや。無理ですよ。だいぶ無理。カメラマンさん? ちょっと、正気ですか?」


 思わずカメラ――ソルさんの顔を見るが……彼は笑顔で頷くだけだった。……やれと!?


「えー……スタッフさんから笑顔でやるように指示されたので、倒します。お仕事なんでね。皆さまどうぞ、わたくしの雄姿を見届けてください。個人的に殺生は好みませんが、ここではね、進むために必要なようなので、頑張りますよ、ええ」


 よくわからないなりに槍を腰だめに構えてみる。まぁ、さすがに初心者用ダンジョンの最初の敵。いきなり悲惨な目には逢わないだろう。


「え、えいっ」


 我ながら気の抜けた声だとは思うが、蜘蛛に近づき槍を突き出してみる。……いや、これ、冷静に考えると、生き物に攻撃するのって結構きつくないですか?


「さすがにね、ちょっとかわいそうなのでちょっとそんなに強く攻撃できないんですが……ぎゃあー!!!!!」


 ヘロヘロな槍でも攻撃されたと感じたのか、蜘蛛が飛びかかってきた。うわきっもちわる! 虫はそこまで苦手じゃないけどこのくらいのサイズだと顏、口、手足が超気持ち悪い!


「嫌だあー!!!!」


 わたくし逃亡。いや、無理ですよこれ。取りあえず部屋の隅へと移動すると、蜘蛛はこちらへ近寄ってこなくなった。部屋の中央で巣でも作っているのだろうか?


「はぁはぁはぁ……。ちょと、念のため扉の方行ってみますかね――あ、やっぱダメだ、開きません。……開けろー!!!!!」


 扉にガンガン蹴りを入れてみたが、残念ながら扉は固く閉ざされている。……どうするかな……とりあえず槍で頭をブスっとやるしかないか……。


「これ、蜘蛛の頭刺したら映像的にグロくないですか大丈夫ですか? 編集で何とかなる? ……了解です。じゃあ覚悟を決めて――」


 とりあえずなんかいっぱいある目を潰せばダメージを与えられるんじゃないかと挑戦してみるが……どうにも覚悟が足らない。わたくしには『生き物を殺した経験』がほぼないのだ。せいぜい蚊やゴキブリのような小型の虫。これだけの大型の生き物を殺すとなるとかなりハードルが高い。


「と、とおっ!」


 槍で突くが、簡単に回避された。冷静に考えたら虫を簡単に倒せた記憶はない。精神を研ぎ澄ましたうえで、対格差という圧倒的な攻撃力で粉砕していたのだからそれがなくなるとかなり難しくなるな……。


 そんな攻撃を何とか繰り返すも、しばらく状況が変わらぬまま時間が経過し、動画として面白くなるかどうかを心配し始めたころ――部屋全体からゴゴゴゴゴゴ、という音が響いてきた。


「え? ちょ、なになになになに」


 最初は、何が起きているかわからなかった。だが、天井付近をよく見てみると……。


「ん……? これ、天井下がってきてない!? ヤバいヤバいヤバい! つぶされる!」


 慌てて蜘蛛に向かって走る。もう生き物を殺すハードルとか言っていられない。命の危険は様々な倫理観を吹き飛ばすのだ。わたくしは全身で蜘蛛に向かって突進し、渾身の力で槍を蜘蛛の頭部に突き刺した。


「当たった!」


 確かに伝わる、生き物を傷つけたという手ごたえ。罪悪感と同時に、うまく当てたことによる高揚感が生まれる。しかし、当然ながら虫の生命力は高く、頭を一度刺した程度では死なない。それどころか生命の危機からか、蜘蛛はその場から逃亡を図った。部屋の隅へと走り去る。


「ちょ、ちょっと待って! あなたを殺さないとわたくし、死んじゃうの!」


 我ながらひどいセリフだと思ったが、そんなことを気にしている余裕はない。必死で蜘蛛を追いかけるが――。


「あっ」


 手に持っていた槍が、ついに天井に引っかかった。 撮影していたソルさんは既に中腰だ。


「まずい。まずい。これ、どうなるの? ちょっと、これ、潰されるんですか!? ええ!? ちょっと。ねぇ。誰か、助けて――」


 わたくしは無様に蜘蛛を追いかけまわしてみたり、何とか槍をつっかえ棒にしてみたり、四つん這いで必死に扉を開けようとしてみたり。色々試したけど、何できなくて。そして――。


「――あぁ……残念ながらここまで、みたいですね……」


 迫りくる天井。一応、本体は死んだことにはならないし、痛みはないらしい。でも、怖い。その恐怖を押し殺しながら、わたくしは最後の言葉を告げる。


「――さて、残念ながら、本日の動画はここまでです。ではでは、異世界からさようなら。天乃月子が、お送りいたしました。また見てくださいねー」


 どんどん落ちてくる天井を無視し、ぺたんと床に座った状態で、手を振りながら最後の向上を述べた。そして最後に。


「絶対、クリアしてやるからなぁー!!!!」


 後味が悪くならないよう、叫びを上げて動画を締める。


 うーん。これでよかったのだろうか。色々反省はあるけれど、ひとまず最初の撮影はこうして――天井に潰されて、終わりを告げるのだった。

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