第9話:メルトの町

「死んだんですけど!? しかも天井に押しつぶされて!」


 私はリトライダンジョンの個室から出るなり、ほぼ同時に隣の個室から出てきたソルさんに向けて大声を上げた。


「言ったじゃないですかぁ、死ぬダンジョンだって。ま、こうして本人には影響ないんでね。訓練にはうってつけです」


 確かに、私もソルさんも潰されたはずなのに肉体には何も問題はない。ついでに痛みを感じることもなかった。……怖かったけど。


「そりゃわかりますけど……そもそも私のさっきの動画、宣伝になります? 自分で言うのもなんですが、全然何もできてないですけど。もっと戦いとかできる人にやってもらったほうが良かったんじゃ……?」


 武器を選んで、蜘蛛と戯れて、潰されて死んだだけだ。ゲーム実況だとしたら『死んだら即配信終了!』で開始数分で終了したようなものである。


「今回の依頼は『戦闘経験のほとんどない人』をターゲットにした動画なんでね。慣れた人より完全な初心者の方が、わかりやすいと思いますよ。それに……Vtuberさんって、ゲーム配信とか良くされるって聞きましたけど、別に上手い人ばっかりじゃないでしょう? むしろ不慣れな人の方が見てて面白かったり、応援する気になったりしないですか?」


「それは、確かに」


 言われてみたらその通りで、攻略やテクニックを見たければうまい人の動画を見るが、純粋にコンテンツとして楽しむ場合はむしろ下手な方が見ていて面白かったりする。リアクションも大きいし。そこから興味を持ってゲームをプレイするケースもあると思う。


「まぁとはいえね、この感じだとたぶん先には進めないと思うので、ちょっと特訓を挟みましょうか」


「……特訓?」


「ですです。そもそもの戦い方とか、心がけとか、色々ね、教えてくれる人もいるんで。プロに教わりながら配信する、ってスタイルもあるでしょ? まぁ一種のコラボだと思ってもらえれば」


 コ、コラボ……なんか緊張するな。どういうふうにやるんだろう。


「お相手の方とかは、もう決まってるんですか?」


「ええ。スケジュールも抑えてて……動画って言ったら多少渋られましたけど、まぁ何とか引き受けてもらえましたよ。早速明日、コラボ動画撮ります。そのあとまたダンジョンに挑戦する予定なので、しばらくはこの近くの町でホテル住まいになりますね」


 おお……なんか配信者っぽい。でも、この近くの町ってどんなところなんだろう。


「ここからどのくらいかかるんですか?」


「そうっすねー。最初にいたコペルフェリアから、このダンジョンを通って鉄道がその町までつながってるんで、小一時間くらいっすかね。ま、細かい説明は後でにしましょう。色々と準備もあるし、その町――メルトでやることも色々あるんでね」


 ソルさんに促され、私はダンジョンを脱出した。そのまま近くの駅で鉄道に乗り、メルトという町へと向かう。


 初めての撮影。失敗だらけで情けないものだったけど、不思議と恥ずかしいなんて言葉は浮かばなかった。きっと、それだけ頑張っていたからだと思う。失敗は糧に。さぁ、次は何ができるかな? 楽しもう。


◆◇◆◇◆◇


「おおー!!! すごい!!! 素敵な街並み!」


 列車から降り、しばらく歩くと、町が見渡せる高台に着いた。メルトの町は海沿いにあり、町の北側は丘に、南側は海になっているらしい。そろそろ夕方に差し掛かる時間、沈みつつある太陽が海と美しい街並みを照らしていた。


 コペルフェリアとは全く異なる、ヨーロッパの港町を彷彿とさせる町並み。立ち並ぶ家々はパステルカラーで様々な色合いになっていて、町全体がとてもかわいらしい。


「アレ、家がやたらカラフルなのは、漁師さんが遠くから見ても自分の家がわかるように、ってのと、色んな種族が住んでるから自分に見やすい色に塗ってるんですよねー。ほら、ここから見えるだけでも、獣人、リザードマン、バードマン。色々いるでしょ」


 本当だ。獣人と言ってもその姿は様々で、その人と獣の割合も色々だ。顔が完全に動物の場合もあれば、猫耳が付いているだけの人もいる。……不思議だなぁ。それこそ、Vtuberの人達みたいだ。


「この町って、そんなにいろんな種族の人がいるんですか?」


「ですです。なんかね、元の種族の集落じゃ暮らせなくなった人を受け入れる目的で作られたらしいっすよ。人間より異種族のほうが多いとかなんとか。あとは『冒険者』っていう仕組みはこの町で生まれたみたいっすね。ま、異種族間で争いも多かったり、はぐれものが多かったり、色々理由はあるんでしょうが」


「なるほど……確かに、もらった冊子に少し書いてあった気がします」


 一応持ってきたのでもっと読み込んでみよう。


「ま、とりあえずは目的地へ向かいましょうか。――今回の案件の依頼主、冒険者協会の、会長さんのところへご挨拶にね」


 そ、それはつまりクライアントさん、ということ……! あ、あんな動画で大丈夫かな?


「こ、怖い人ですか?」


「見た目はイカついけど、イイひとっすよ。アポ取ってるんで、行きましょうー」


 私は少し重くなった足を引きずりながら、ソルさんの後に続いて町を進む。コペルフェリアのようにしっかり舗装されている感じではなく、石畳だ。近代的な建物もほとんどない。――町の中央に、でかいビルがあって、それが割と美観を損ねている感じがする。


「あそこっすね。あのでっかい建物が冒険者協会。一応魔術士協会も近くにありますけど、あんまりでかくないっす。ここは冒険者の町なんでね」


 なるほど。ああいう見た目ってことは、最新の素材とかを使って造られた最新設備満載の建築物ってことなのだろう。


 内装も、コペルフェリアの魔術士協会と似ており、オフィスを彷彿とさせる内装だ。私たちは受付で名乗り、応接室のようなところへ通された。ソファもテーブルも内装も、あまり飾り気のないシンプルなものだ。私がきょろきょろと室内を見回しながら出された紅茶を楽しんでいると――廊下から足音が近づき、ガチャリ、とドアが開けられる。そこに立っていたのは、四十前後くらいの金髪で体格の良い男性だった。ワイルド系だ。


 男性がドアを開けた瞬間にソルさんは立ち上がっていた。私も慌てて腰を浮かす。


「どうもカイルさん、この度はご依頼ありがとうございまぁす」


「おう。相変わらずうさんくせぇ喋り方だな。まぁ座れ。……そっちのお嬢ちゃんが、宣伝担当か?」


「はい、こちら、ツキノさん。なんと、異世界で様々な宣伝活動を学んできた方です」


 ちょっと、語弊がある!


「私色んな配信見てただけだよ!? やったことはないよ!」


 そりゃ、Vtuberさんが様々なゲームやら商品の案件配信をするところは何度も見ているけど……だからと言って簡単にマネできるもんではない。


「おいソル。宣伝効果間違いなしって聞いたから色々調整してやってんだぞこっちは」


 ひえぇ、カイルさん怖いじゃん。


「そこはご心配なく。すぐに、ってわけにはいかないでしょうが、少し待っていただければ確実に『リトライダンジョン』に挑む人は増えますよ。彼女の生み出すコンテンツには、間違いなくこの世界に今までなかった『魅力』があるんでね」


「ほーう。ま、そこまで言うなら懸けてやろう。別に俺らはそんなに切羽詰まってるわけでもないしな」


「そう……なんですか?」


 人が少なくて困っていたりするのかと思ったが。


「おう。ツキノ、だったか。俺はカイル。ここの会長をやってる。よろしくな。んで、この案件についてなんだが――元々、冒険者協会の要望ってわけじゃないんだ。『リトライダンジョン』の運営側が、人が欲しいからもっと宣伝してくれーって言ってきてな。どうしたもんかと各所へ相談を持ち掛けてたところで、この話が来たってわけだ」


 なるほど。ダンジョンの運営会社? は別にあるのか。いや、ダンジョンの運営会社とは……?

 

「今回の、コラボの相手、つまりダンジョンのプロの方がその運営側に近い人なんすよ。じゃ、カイルさん。早速その方――リクニスさんでしたっけ。今お話とかって、できますか?」


「いや、今なんか忙しいらしくてな。すぐには来られないとさ。撮影予定は明日の午後だろ? 午前中に呼び出してあるからそこで打ち合わせてくれ」


「了解っす。じゃあそんな感じで。あ、そうだ。さっき一度ダンジョン行って動画撮影してきたんで、編集できたら送りますよ。一応、投稿して問題ないかチェックしてもらう必要あるんでね」


「俺が見てもなぁ……。リクニスにも渡していいか?」


「もちろん。お二人が大丈夫だったらMTubeで『冒険者協会案件』ってつけて公開するんで、教えてください」


「あいよ。いつまでに見ればいい?」


「なる早でお願いしたいっすねぇ。今晩『リトライダンジョン挑んでみたその①』を公開して、明日の午後から訓練を生配信したいんで」


「ペース早くないか? しかも生配信って大変だろ」


「いやーうちらも出張して来てますし、あんま時間もないんで。何より……なんかこう、リアルタイム性があったほうが、視聴体験として楽しいんじゃないかなぁと思って。ま、コレは賭けですけどね。何事も挑戦です」


「ま、了解。連絡来たらすぐ見るようにする」


「よろしくお願いしまぁーす。まぁそんな長くはないんでね、すぐ見れます。あと、前にお伝えした通り、公開後の拡散、お願いしますね。詳細はまた後で送るんで。んじゃ、我々はこれで。引き続きよろしくお願いしまっす」


「お願いします!」


 とりあえず私も頭を下げた。


「おう。またな。あぁそれと――まぁせっかく来たんだ、この町を楽しんで行けよ、ツキノ」


「――はい!」


 うん。ソルさんの言った通り、カイルさん、いい人みたい。なんか展開が早すぎて置いてきぼりになりそうだけど、必死に食らいついてやろうじゃないか。


 

 




 


 



 

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