第10話:動画公開
『も、もう撮影してる? え、ちょ、ま。んん゛っ。――はい! 皆さま初めまして! 異世界からこんにちは!
おお。ちゃんと自己紹介に合わせてテロップで名前が表示されてる。思った以上に違和感のない編集だ。……ただ、それはそれとして。
「……これ、最初の部分カットしてくれても良くないですか?」
私はぼやいた。先ほどカイルさんと別れた後、ホテルへ移動してすぐに編集された動画が届き、ソルさんの部屋で鑑賞会をしているところだ。見る前は少し緊張感があったが、前にも思ったが、姿が違うせいか、不思議と恥ずかしいという感情はあまり湧かない。まぁ、頑張ってたしね『わたくし』。
「いやー、これ好感度上がるでしょ。残すべきですよ、この最初の掠れ具合とか、咳払いとか、だいぶ親近感湧きます」
「そうですかねぇ……」
私は、怯えながらダンジョンを歩く『わたくし』を見る。なんか、動きがめちゃくちゃ頼りないな。大丈夫かこいつ。
『さて……部屋に入りました。通路は暗かったけど、部屋は結構明るい……何かありますね、宝箱かな? 開けていいんでしょうか? よし、開けましょう』
ちゃんと周りの状況や自分の想いを口に出しているのは分かりやすくて良いと思う。なかなかやるじゃん『わたくし』。しかも、字幕があったり、ダンジョンに関する概要が文字で説明されていたりと、重要なポイントが補足されているので、見ていてだいぶわかりやすい。
『これ、好きな武器を選んで、持って行けってこと……ですよね。好きな武器……? 好きな武器って何? わたくし武器なんて触ったことないよ』
ちゃんとBGMや効果音もあり、思った以上に違和感のない動画に仕上がっている。……なんというか。うん。私の個人的な感情かもしれないんだけど……。
「あの、ソルさん。これ……なんか結構面白くないです?」
女子高生がダンジョンにいて宝箱を漁り槍を手に取っている。その光景がもうなんか面白い。気がする。異世界の人から見てもそうなんだろうか。
「いや、これおもろいですよ。なんかこう、明らかに冒険者じゃない素人さんが、制服っぽい衣装でダンジョン探索をしてるっていう図が現実ではありえなくていいっすね。しかも、リトライダンジョンの中って映像で公開されてないはずなんで、知らない人には興味深いかと」
色々な間や無駄な発言など不要部分がカットされており、テンポがいい。サクサクと次の部屋へ。
『え、わたくし、アレを槍で刺し殺すの? いやいやいや。無理ですよ。だいぶ無理』
槍を持ち大蜘蛛と対峙する女子高生。シュールでいいですね。
『ぎゃあー!!!!!』
蜘蛛に襲われたときの悲鳴、効果音、文字テロップが効果的に活用されている。……いや、これ編集の人何者? 明らかに熟練者では?
「ソルさん、これ編集って誰が……? めちゃくちゃうまいんですが」
「あーやっぱわかりますか。実はこれ、映像編集してくださる方、異世界人です。映像クリエイターとしてこっちで大活躍されてます」
「えっ、そんな普通にその辺にいるんですか、異世界人」
「いや、レアっす。この方、元々の世界でも映像制作の仕事されてたみたいなんですけど、異世界ならではの映像を作りたい! って強い意思を持って今活動されてるんですよねー。大人気です今」
「そ、そんなすごい方が、なぜ私のしょうもない動画を……」
「そこはまー、異世界人支援科で昔色々お世話したってことでね。その恩返しみたいな感じでちゃちゃっとやってもらいましたよ。ツキノさんも将来人気になったとき色々お願いするかもしれません」
「来ますかねぇ……まぁ、全然、やりますよ、その時が来たら」
「ありがとうございまぁーす。……お、そろそろクライマックスですね」
動画の中の『わたくし』が、最後の挨拶をしている。
『――さて、残念ながら、本日の動画はここまでです。ではでは、異世界からさようなら。天ノ月子が、お送りいたしました。また見てくださいねー』
最後、『わたくし』の震える声の直後、迫りくる天井で画面が埋め尽くされ――暗転後『Bad End』の文字。その裏で『絶対、クリアしてやるからなぁー!!!!』という叫びで終了。うん。良い終わり方。いや、バッドエンドじゃあないんだが。
「突然ゲームっぽくなりましたね」
「まぁ、そもそもこのダンジョン自体がゲームっぽいですからねぇ」
「……実際どうでしょう。面白かったです? ソルさん的に」
「そうっすねぇ。かなり面白いと思いました。でもまだまだ、いけますね。ま、取りあえず最初に見てもらうものとしては、インパクトあってい良いかと。じゃ、カイルさんに送って許可もらいましょう」
確かに、リアクションとか、説明とか、言葉選びとか、もっとうまくできそうだ。編集にかなり助けてもらっているところもあるし。――まだまだ、できることはたくさんある。しかし、もっとVtuberさんの配信じっくり見ておけば良かったな、先人がいないから、学びづらい。
「よし、送りました。じゃあ返事待ちの間、飯でも行きますか。このホテルでもいいですけど、せっかくなんでうまいもの食い行きましょ。食べられないものとかあります?」
「きゅうり」
「なんで?」
「アレ虫の食いもんですよ」
「……農家の人に謝ってくださいねぇ」
そんな適当な会話をしながら、暗くなった港町へソルさんと繰り出す。思いのほか街灯は明るく、人々も大勢いた。……なんか、楽しいな。こんな日が来るなんて、思わなかった。
「……私今、幸せかもしれません」
「何言ってんすか、これからっすよ、本番は」
ニヤリと笑みを浮かべて、ソルさんは夜の街を歩いていく。
「――ありがとうございます、本当に」
ぼそり、と聞こえないように呟いた。そりゃ、映像クリエイターの方も、編集頑張ってくれるよ。――この、何もわからない世界で、どれだけ彼に救われただろう。
「頑張りますね。私も『わたくし』も」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「じゃ、公開しますかねー」
町中のおしゃれなレストランで美味しい海鮮料理を食べているところで、カイルさんからあっさり公開OKの連絡をもらったので、ホテルに戻りソルさんと公開作業を進めることにした。
あれ。これよく考えたら、前回の自己紹介と同じくほとんど見てもらえないのでは? そんな疑問を口にすると、ソルさんはニヤリと笑みを浮かべた。
「ツキコさんのチャンネルで公開しただけだったらそうなんですけど、今回は『企業案件』ですから。動画公開後、『冒険者協会公式』のSNSで拡散してもらいます。SNSアカウントを持つ冒険者はほぼ例外なくフォローしてますんで、かなりの人に届くことが期待できますね」
「えっ、そんなちゃんとした公式のSNSにあんなふざけた動画拡散させて良いんですか?」
炎上しないだろうか。
「実は一応、事前告知してもらってるんですよね。『リトライダンジョン』に素人が挑戦する動画を近日公開します! 挑戦する際の参考にどうぞ! みたいな感じで。反応見ましたけど『気になってたけど詳細わからなかったから助かる』みたいな感じで好意的でしたよ?」
「う、うーん……大丈夫かな……素人過ぎませんかね?」
「ま、SNSなんてやってる連中は、娯楽に飢えてますから。大丈夫大丈夫。さて、じゃあ行きますよ――はい公開しました! さて、カイルさんに連絡入れて、っと」
しばし、SNSと動画の再生数、そしてコメントを眺める。すると――。
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