第7話:リトライダンジョン前編
翌日。早朝からソルさんと共に鉄道に揺られ数時間。列車内でお昼を済ませ、よくわからないまま連れてこられたのは、巨大な洞窟だった。……ここが、ダンジョンか……緊張してきた。
「このダンジョンちょっと特殊で、自分の身体じゃなくて、魔導クローンみたいな『別の肉体』で挑戦するんすよ。だから、何かあっても本人には影響が出ないという」
「な、なるほど……つまり、安全なんですね?」
良かった。つまりはアトラクションみたいなものか。本当に死ぬようなところで配信させられるのかと思った。
「まぁ本体はね、うん。ダイジョブっす」
「本体はって、『わたくし』は大丈夫なんですか……?」
月子どうなるの。ソルさんは完全にスルーして話を続けている
「既にダンジョン運営側に話は通してまして、本来は自身と同じ姿になるんですけど、ツキノさんの場合はちゃんとツキコさんの姿でダンジョンに入れるようにデータ渡して調整してもらってるで」
そんなことができるのか。すごいな冒険者協会。私は促されるまま、洞窟の中に導かれる。自然の洞窟のように見えたけど、入るとすぐにカウンターがあり、アミューズメント施設を彷彿とさせる作りだ。カウンターの中には人間を模した、でも明らかに人ではない質感の何かが配置されていた。……ゴーレム、って奴だろうか。ファンタジー感が一気に出たな。
「本日撮影をさせていただく、魔術士協会のソルでーす。入っていいっすか?」
ソルさんが入口のゴーレムと会話をしている。……喋れるのか、アレ。
「ツキノさん、こちらどうぞー。この先に個室があって、そこの椅子に座ると『別の肉体』に切り替わるらしいです。魔導技術研究所にあった椅子と似たような感じですね」
「だ、大丈夫なんですかこれ……まぁでも、わかりました。覚悟します」
色々気にはなるが、考えても仕方なさそうなので促されるままに個室に入り、椅子に座る。研究所にあったものとは違いヘルメットなどはなさそうだ。そんな感想を抱く間もなく、私の意識は切断された。そして――気がつくと、小さな部屋に立っていた。奥には薄暗い通路が続いている。
「お、ちゃんとツキコさんっすね」
後ろを振り向くと、普段と変わらない姿のソルさんがビデオカメラを構えて立っていた。……アレ、なんか、昨日のMC体よりだいぶ動きがスムーズだな? 慣れのせいかな? 一応、ソルさんに確認をしてみる。
「あー、それはね。このダンジョンの仕組みが、魔導クローンの『オリジナル』だからです。ここの技術を元に開発されたってことっすね。だから、今のツキコさんの肉体は感覚もほぼ元の身体と遜色ないと思います。クローン体の方は、まだまだ研究中な技術なんでね」
「なるほど。まぁ、感覚が元の体に近いのはいいんですが……なんかその分怖くはありますね」
色々考えていたら少し緊張してきたな。撮影、うまくできるだろうか。というかどうすればいいんだろうか。ソルさんは、下手に準備とかしないでリアルな初心者感があったほうが面白い、と言っていたけど……。
「電車の中で説明はしましたが、改めて。これから俺がカメラを回すんで、もう『天乃月子』さんとして振る舞ってください。今回はインパクト重視で、準備でき次第撮影始めましょう。一応必要なところは適宜俺がカンペで教えるんで、周りの状況を説明しつつ進んでみてください」
「……それ、めっちゃ難しくありません?」
「まぁ何かあればフォローしますよ。トラブルは全然オッケーですし、テンポ悪そうなところは後で編集するんで、素直にリアクションしてくれれば大丈夫っす。今回はまず顔を覚えてもらうための配信なんで、うまくやるより、見てる人の印象に残ることを意識しましょうー」
なるほど。初配信でいきなり特殊なことをして、まずは興味を持ってもらう作戦か。実際にそういった配信を行うVtuberさんはいる。突然胃カメラ見せたりね。うん。
「さぁ、じゃあそろそろ開始しますよ。準備はいいですか? おそらく、これがほとんどの人が見る『天ノ月子』の初めての姿になるはずです。一発、かましてやってください」
「プレッシャー掛けるなぁ……まぁでも、了解です。私じゃなくて、わたくしですからね。何とかやって見せますよ」
不思議と、緊張は薄れて、覚悟が決まっていく。よし。いける。大丈夫。深呼吸して、声を整えて――。
「はい、スタートー」
えっ、ちょ、あの、早くないですか!?
◆◇◆◇◆◇
「も、もう撮影してる? え、ちょ、ま。んん゛っ。――はい! 皆さま初めまして! 異世界からこんにちは!
咳払いし、声を慌てて作る。冒頭からぐだぐだになってしまった。思い描いていた理想とは程遠いが――続けるしかない。切り替えろ。
「この度、この世界初めての『Vtuber』として活動をさせていただくことになりました、皆さま末永く宜しくお願いしますー! では、さっそく今日の動画の内容をご紹介! 何と今日は――ダンジョンへ! 挑戦しますよー!」
自分で拍手をして盛り上げる。……反応が見えないってこんなに怖いんだな……でも、負けない。
「わたくしダンジョンって初めてなんですよね。初心者でも大丈夫な感じなんでしょうか? ――あ、カンペが。ほう。なるほど。初心者訓練用のダンジョン、ということです! 素晴らしいですね」
カンペを読みながらカメラの方を見るのって難しいな。
「こちら、冒険者協会さんからの案件となっておりますので、しっかりとご紹介させていただければと思っております! では早速、中に入ってみましょうー! なんとこのダンジョン、死んでもまたやり直せる『リトライダンジョン』と呼ばれているらしいんですー……って、死!? 死ぬんですかわたくし!? ちょっと聞いてないですよなんですかそれー!!!」
ソルさんからのカンペを見ると『とりあえず進みましょう。大丈夫っす、痛くはないはず』。
「ちょ、ええ? 痛くないの? いや痛くなくても死にたくはないんですが……わ、わかりましたよ、行きますよ。行きゃいいんでしょう! いくぞー」
やけくそ気味に奥の通路へと進んでいく。辺りを見渡しながら通路を進むと、また部屋があり、そこにはわたくしと同じくらい大きな宝箱が設置されていた。
「さて……部屋に入りました。通路は暗かったけど、部屋は結構明るい……何かありますね、宝箱かな? 開けていいんでしょうか? よし、開けましょう」
カメラを持つソルさんを見ると頷いていたので、恐る恐る巨大な宝箱の蓋を持ち上げる。蓋でさえ結構重い。その中には――。
「おお……武器がいっぱい入ってる! 剣とか、槍とか……えーすご。わたくし純粋な武器って初めて見たかも。ギリ鎌ですね、見たことある武器っぽいの。草刈りのやつ」
剣、槍、弓矢、短剣、杖、など様々な武器が詰め込まれていた。それに加えて、大きなリュックが一つ。宝箱の蓋の裏には紙が貼ってあり、そこにはこんな文章が書かれている。
「『武器を一つと荷物を持ち、扉を開けてダンジョンへ入れ』。なるほど? これ、好きな武器を選んで、持って行けってこと……ですよね。好きな武器……? 好きな武器って何? わたくし武器なんて触ったことないよ」
剣道の竹刀すら持ったことがない。一体どれを選べばいいのか。
「魔術なんて使えないから杖は却下……弓も使えないので却下……」
どうしても扱いの難易度から近接用武器にならざるを得ない。
「そもそも、わたくしは一体何のために武器が必要……? 魔物? 魔物が出るんですか?」
ぶつぶつ言いながらも色々武器を手に取ってみる。動画なので、とにかく思ったことは口に出していこう。
「剣……ってお話とかだと定番だけど、これ、振るって斬るの大変じゃない……? このか弱い腕で振り回して、敵を倒せるとは到底思えないんだけど。ちなみにわたくし運動とか全然経験ないです。体育すらまともにこなせませんでした」
当然ながらインドア生活を送ってきた病弱な女子高生なので筋力などほとんどない。そして、実際手に取ってみると、定番の武器っぽかった剣は取り扱いが大変そうだ。あと思ったよりリーチが短い。正直こんな距離まで危険な敵に近づきたくない。
「とりあえず危ないものには近寄りたくないんでね。リーチが長くて扱いやすい武器選びましょう。……よし、これですね。槍。突く、叩く、払う。なんでもできます。長さは……わたくしの身長よりちょっと長いくらいありますね。いい感じ」
あまりに長いとダンジョンでの扱いが心配だったが、このくらいなら何とかなりそうだ。
「じゃあこの槍と、リュックを背負って……行きますか、ダンジョン。緊張しますね。なんかでもこの制服に槍って結構見た目良くないですか? ちょっとリュックがダサいけど」
腰に手を当てて軽くポーズを取りつつ、宝箱のさらに奥にあった扉を開ける。ここがおそらく、ダンジョンのスタート地点なのだろう。
「さて。しゅっぱーつ」
扉を開き、新たな道への一歩を踏み出す。ダンジョンへの道、そして『異世界Vtuber』としての、第一歩だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます