第6話:天乃月子

「じゃあ色々と、詰めていきましょうかね」


 あの後軽く食事を取り、先ほどとは別の部屋で私はMC体――自らの分身でソルさんと向き合っていた。多少反応などに違和感はあるが、恐ろしいことに気になるのはその程度で済んでいる。魔導技術怖い。レグルスさんとスピカさんは忙しいということで、 今は私たちだけだ。


「この部屋は配信とか撮影のために抑えてあるんで、少なくともしばらくはここで色々動画作ったり、練習したりする予定っす。さっきの部屋は研究とかで使ってるんでね、見た目とか調整入れる場合はあっちでやる感じで」


 なるほど。ここは撮影スタジオみたいなものか。横長のステージとモニター、それに私の本体が座った椅子。加えて色々とよくわからないものが置いてある。さっきまでいた部屋をコンパクトにしたような感じだ。先ほどの部屋で一度私は元の身体に戻ったうえ、改めてこの部屋で椅子に座って分身に意識を移し、今に至っている。


「詰める、って、例えば何を?」


「色々あるけど……まずは名前、とかですかね。あとは自己紹介とか? 趣味嗜好とかもあったほうがいいんですよね? 色々Vtuberについて、他の異世界の方からもヒアリングしてみたんですが」


「えっ、他にもVtuber知ってる人いるんですか」


「そりゃいますよ。少し前にこちらの世界へ来た人なんで、懐かしいって言ってましたね」


「なるほど。でも確かに……自己紹介動画とか、インパクトのある初配信は必要……」


 でも、そもそもこの世界、どのくらいの人が動画を見ているものなのだろう、登録者千人というのは現実的なところなのだろうか?


「冊子にも書いてあったと思うんですが、このくらい技術が発展してる町って、ここコペルフェリアと、せいぜい姉妹都市のメルトくらいなんすよね。この町の人は大体動画視聴が可能な端末が支給されてますけど、メルトだと冒険者と技術者とかお金持ちくらいしか持ってなくて、他の町だと冒険者協会とか魔術士協会にいくつかある程度、なんで、そうですね……動画視聴の合計人数は、ざっくり十万人くらいですかねぇ」


「十万……」


 少ない。確か元の世界の動画サイトは、日本だけで数千万人は使っているはずだ。


「あなたのいたところと比べると少ないでしょうけど、そもそもVtuberなんていないんで競合も少ないですし。登録者千人は通過点に過ぎない、と俺は思ってます。――あとは、あなた次第」


「そう……ですね。よし、改めて頑張ります!」


「じゃあまず名前から決めていきましょうか。さすがに本名は嫌でしょ? 趣味とかは……本人と同じ方がわかりやすいんですかね。ちょっとまとめましょう。んで、使うかどうかはともかく、自己紹介動画、撮ってみますか、試しに」


「いきなりですね……でも、このくらいあっさりこなせなければ、配信者は務まらない……よしやりましょう!」


◆◇◆◇◆◇


「皆さま初めまして! 異世界からこんにちは! 天乃てんの月子つきこです!   これから、この世界で初めての『Vtuber』として活動していければと思っておりますので、どうぞよろしくお願いします!」

 

 何も反応がない状態でしゃべり続けることの恐怖ってすごいな。配信者の方々はみんなこんな経験をしてるのか……。固定カメラで撮影をしつつ、端末を操作しているソルさんの頷きだけを心のよりどころに私はしゃべり続ける。


「本日は、初めましての自己紹介ということでね。のプロフィールを、ご紹介できればと思っています!」


 少し恥ずかしさもあったけど、一人称は『わたくし』にすると決めた。そうしているVtuberさんは割と多くて、なぜかと思っていたけど、実際にやってみるとわかる。他との差別化の意味ももちろんあるが、『自分』を切り替えるスイッチになる。『私』から『わたくし』に。人間からVtuberに、回路を切り替えるのだ。


「ということで、じゃん! どうですか皆さん、見えてます?」


 単純にカメラの映像をそのまま撮影しているだけでなく、ソルさんは手元の端末で映像を取り込み、編集も同時に行いつつ動画を作ってくれている。これのおかげで、元の世界のVtuberさん達がやっていたように、画像や文字、動画などを配信上に乗せながら話すことができる。……こういうの、いずれは自分でできるようにならないとダメなんだろうなぁ。


 目の前のディスプレイには編集後の状況が映されている。バストアップで映るわたくしの左側に、プロフィールとして『年齢』『経歴』『趣味』『特技』の欄が並んでいる。


「まずは年齢ですが、見ての通り学生で、十七歳です」


 これは本当。享年だけど。


「経歴ですが、先ほども言った通り、なんと、異世界から来ました! これマジなんですよ。エピソードはね、いずれ色々話したいと思いますが……。それでですね。ちょっとこの世界の常識とか全然わからないもので、困ったら皆さん色々教えてくださいね! 特にヤバい発言があったときに。マジでわたくし何にも知らないので」


 これも本当。放送禁止用語とかセンシティブなワードとか出さないように気を付けないといけないが、何かの拍子に出てしまう可能性はある。ソルさんに『ピー』となるスイッチを渡しておいた方が良いかもしれない。


「趣味は……元の世界だと、本や漫画を読んだり、映像作品の鑑賞、ゲームなんかをしていたのですが、こちらの世界だと良く考えたら知っている作品がないので、共通の話題がないですね……皆さんのおすすめ、教えてくれると嬉しいです」


 そうだ。共通のコンテンツ知識がないのは結構痛手かもしれない。なんだかんだそういったところから、配信者を好きになることは多い。


「あと――特技、と呼べるかはわかりませんが歌うことは好きです。いずれ、皆さんの知らない、私の世界の曲を聴いてもらいたいなと思うので、何卒よろしくお願いします!」


 誰かが創った物語をこの世界で再現することは難しい。私は絵も描けないし、頭にある物語を文字に起こすような技術もない。――でも、歌だったら。その素晴らしさを伝えることはできるんじゃないかと、そう思ったのだ。


◆◇◆◇◆◇


 改めて、撮影した動画を見直す。恥ずかしいかと思ったのだが、元々の自分の姿でないせいか、思ったより客観的に見ることができた。


 色々課題はあるものの、内容に問題はなかったのでソルさんに教わりながら、動画サイト『MTube』への投稿と、同時に開設したSNSで告知をする。……当たり前のようにSNSがあるんだな。


 投稿した瞬間は少しの緊張と、高揚、期待感があった。だけど……。


「……全然見られてませんね」


 SNSも動画も、特に反応がない。……考えてみれば当たりまえだ。無名の、特に誰ともつながりのない動画やSNSの告知が見られるわけはない。テレビのように受動的なコンテンツではないのだ。自分で好きなものを、好きな時に見ることができるのだから、何も知らない動画や呟きは、そもそも目にすら入らない。


「そりゃそうっすね。これはあくまで興味を持った人が、よりあなたを知るための、説明文みたいなもんですから。みんながツキコさんを知るのは、これからっすよ」


 企業に所属する配信者だったら、先輩や企業アカウントが拡散してくれる。個人の場合は、どうしているんだろう……地道な配信や広報活動をしていくのだろうか。SNSを使っている人数もそう多くはなさそうだし、どうしたらいいのかな。


「まずは見てもらうことからですねぇ。他の人とコラボってのも考えましたが……ここは、企業案件、行っちゃいましょう」


「……企業?」


「はい。この世界で最も大きな企業の一つ、『冒険者協会』案件。取ってきてるんでね。早速明日、撮影に行きましょう」


「……冒険者協会案件? それって――?」


「はい、今回はインパクト重視で『ダンジョン攻略』やっちゃいましょう」


「…………ダンジョン? ダンジョンって何!?」


 そんなゲーム配信します、みたいなノリで挑戦していいの? ダンジョン?



 

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