第5話:自己肯定
「じゃあ、どんな感じにしましょうかー?」
美容室のお姉さんみたいな口調で、スピカさんは私に微笑みかける。手にはペンと黒い板。恐らく元の世界で見た『ペンタブ』のようなものだろう。
「ええっと……ですね」
私が勢いに押されて言いよどんでいると、スピカさんがどんどんと話し掛けてくる。
「角とか羽とか生やします? 定番だとエルフとか、変わったところだとドラゴン娘みたいなのとか、肌の色変えて魔族風ってのもありますしー、要望貰えればとりあえずデザインしてみるんで! あとはそれを仕上げて、また後日すり合わせできればとー」
「はいっ!」
私は右手をまっすぐに上げる。
「えっ?」
「発言よろしいでしょうか!」
「ど、どうぞー」
さすがに気圧された様子のスピカさん。
「変わったデザインとかじゃなくていいんで、私を『かわいく』してください!」
きょとん、とした顔でスピカさんはこちらを見ている。いや、だってさ、見た目があんまりにも違うと振る舞いに不自然さが出そうだし……それに。
「異世界から来た、っていうところを、アピールしたいので。今の私を基本にするのが一番良いのかなと。あと……まぁ、その。今の自分も、なくしたくはないので」
それだったら、今の自分の顔や見た目を実際に変えたら良い、と思われるかもしれない。でも……うまく言えないけど『誰かに作ってもらった別の私』であることに、きっと、意味がある。――私は、そう思っている。
スピカさんはしばしこちらをじっ、と見た後……満面の笑みを浮かべた。
「なぁるほどっ。オーケーです。だったらそんなに手間かからないんでちょちょいのちょいですよ。ちょっと待っててくださいねー!」
スピカさんはペンタブを手に、モニターを見ながらすごいスピードで何かを描き始めた。さすがにしばらく時間がかかりそうなので、私は椅子に座ったままソルさんに先ほど湧いた疑問を相談してみようと声を掛ける。
「ソルさんソルさん」
「はいはい、なんでしょ」
「よく考えると『Vtuber』の『V』ってバーチャル、じゃないですか。でもこの、クローン? ってバーチャルじゃないんじゃないかなぁ、と思うんで、名前、考え直した方が良くないです?」
バーチャル、つまり仮想。要は、実在はしないけどモニター上では観測できる、とかそういう意味合いだと思っている。でも魔力で作られた分身は、普通に目に見えるし、触ることもできる。
「いや、俺はいいと思いますよ『Vtuber』で」
「え? でも別にコレ仮想の肉体とかじゃないですよね?」
「『バーチャル』って、別に仮想って意味だけじゃないですからねぇ。『実際の』とか『事実上の』っていう意味合いもあります。本来とは違う、でも事実上の、あなた。そう捉えれば、別に間違ってないと思いませんか?」
「――実際の、私」
もちろん、本来の私はここにいる。でも、実際の私は、あそこに在ることになる。……こんがらがって来たけど、でも確かに。
「……なんだろう。なんか、しっくりきますね」
本来の私ではない、でも事実上の私。――それが、『Vtuber』の本質であるならば。
「えぇ。だったら、これからあなたが成ろうとしているのは『Vtuber』でしょ」
納得した。――そうだ。仮想空間とか、そういうことじゃない。最初にソルさんが言っていた。『なりたい自分』。それは、事実上の、私だ。
「なんか、いいですね。夢がありますね」
「ね、俺もいいネーミングだと思います。ただ、この技術自体は発展途上なんでね。たぶん活動していく中で色々障害もあると思います。まぁそれはそれでね、都度都度最適を考えていければいいかと」
そもそもの『Vtuber』自体も色々新技術が導入されて進化していったものだから、『私』であることが変わらないなら変化は問題はないと思う。例えば2Dと3Dでは全然在り方もできることも違う。でも、同じ『人物』だし、それぞれの良さがある。
「あ、でも『V』はいいんですけど『Tuber』の方は……」
元の世界にあった動画サイトありきの名称なのだから、そぐわないのではないだろうか。
「あー、そっちも大丈夫っす。たぶんあなたと同じ世界から来た人がね、動画配信用のプラットフォームを作ったんですよ。魔導技術を駆使してね。その名称は――『MagicTube』略して『MTube』。短絡的ですけど、わかりやすいですよね」
私は思わず笑ってしまった。でも、これで名称の問題はクリアだ。――私はこれから『Vtuber』になるのだ。この異世界で。
◆◇◆◇◆◇
「でっきたー!」
先ほどまでレグルスさんと色々相談をしていたスピカさんが大声を上げる。
「よし、あとは実際に動かしながら調整しましょう! ツキノくん今度はヘルメットも被って、しっかり椅子に座ってもらえるかな?」
「は、はい」
正直恐怖心もあったが、レグルスさんに言われるまま、私はヘルメットをかぶり、椅子に深く腰掛ける。ヘルメットは、目のあたりまで覆われる構造で、視界が遮られるので私は自然と目を閉じた。
「うん。大丈夫そう。――じゃあ、良い夢をー」
レグルスさんの言葉の意味を問う前に、私の意識はプツン、と切れた。そして――さして間を置かず、全く別の視界が開ける。椅子に座っていたはずなのに、ステージの上からの景色が見える。つまり――。
「よし、成功だね。意識が魔導クローン――MC体の方に異動してる。ツキノくん。身体、動かせます? 声も出せると思います」
私はレグルスさんに言われるまま、手足を軽く動かした。……なんとなく、鈍いというか、若干反応がズレるような感覚はあるが、普通に動作している。
「はい、大丈夫そうですー」
声も、分身――MC体、というらしいが、そちらから出た。聞く限り今までの私の声と特に変わりはなさそうだ。
「オッケー。じゃあこれから、外見をいじりますね。多少違和感あるかもしれないけど、痛みとかはないはずなんで、何かあったら言ってください」
レグルスさんはキーボードを凄い速さで叩いている。スピカさんはその横で、私とモニターを交互に見つめていた。
「もうちょい、大きい方がいいかな。――そうそう。あと気持ち、下にずらしたいかも。おっけーです! かわよ!」
スピカさんが何かしらの指示を出している。恐ろしいことにその指示によって――私の視界が少しずつずれる。大きくなったり、位置が変わったり。はっきり言ってめちゃくちゃ怖い。人体改造されている気分。
「ツキノさんちょっとその場でくるっと、回れます? そうそう。いい! で、レグルスさん、あと手足や胸部も少しこう気持ち盛る感じで……適度に肉感があったほうがあたしは好きなんで」
何やらスピカさんには色々こだわりがあるらしい。ふと視線に気づき、そちらを見ると――ソルさんが笑みを浮かべてこちらを見ていた。……別に、嫌な感じの笑みではない。なんというか、私には、楽しそうに見えた。
「――よし、一旦デザイン通りにはなったかな。あとは本人に見てもらって調整って感じにしましょう。ツキノさん、正面のモニターに姿を映すから、確認してー!」
スピカさんの言葉で、私は緊張しながら正面を見る。真っ黒だったその画面に映されたのは――。
「――えっ、か、かわいい……」
セーラー服を身に纏い、長い黒髪をなびかせる、非の打ちどころのない美少女がそこにいた。
思わず右手を口元に手を持ち上げると、そのしぐさに合わせ、画面上の美少女も動く。……うっそ。これ、私? ヤバ。私かわいくないか? 天下取れちゃうのでは?
「どうですー? お気に召しましたー?」
スピカさんの言葉に大きく頷く。
「は、はい! えっ、すごい。かわいい。いや、自分にかわいいって言うの凄いなんか違和感あるんですけど、でもスピカさんの描いてくれた私がめちゃくちゃかわいい。すごい。全然知らない感情が溢れてる」
「私も手伝ったんですよ! ツキノくん!」
レグルスさんがアピールしてくる。でもそうか、実際のデザインをMC体に落とし込むところは、彼がやってくれたのか。
さすがに表情や動きは元々の肉体に比べるとぎこちなさはあるが……十分すぎるくらい、魅力的な肉体だ。
「――二人とも、ありがとうございます! めちゃくちゃいいと思います!」
言葉に感情が溢れる。――自分の容姿を、こんなふうに肯定したのは、初めてだ。恥ずかしいけど、嬉しい。きっと、二人に作ってもらったから、こんなふうに素直に肯定できる。……あぁ、でも、そうか――。
「よく考えたら、元々の私の体も、親からもらったもの、なのか」
ここまでずっと一緒に生きてきた、私。客観的に見たことは、ほとんどなかった。そんなことを思えたのも『違う自分になった』からだ。
ぽつりと呟いた私の言葉。そこに。
「そうですよ。普通に生きてると、忘れちゃうんですけどね。だからまぁ――せっかく思い出したんなら、たまには褒めてあげるといいかと」
ソルさんの優しい声に、少し泣きそうになった。新しい自分と昔からの自分。両方とも私で、両方とも大切で。元の私は美少女ではないけど、うん。なかなかかわいらしいんじゃないかな。――少なくとも私は、今、改めてそう思えたよ。
「――はい、ありがとう。ソルさん」
「いえいえ。――じゃあ、身体もできたことですし……とりあえず、目指しますかぁ。動画サイトの登録者、千人」
「……千人!?」
――この世界の、動画視聴人数って、どのくらいなんだろう……?
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