第4話:Clone
室内に響くチャイムで目が覚める。ぼんやりとした頭でベッドから降りてドアに向かった。……とりあえず、歩ける。良かった。これは夢じゃない、現実だ。
ドアを開けようかと思ったが、よく考えると寝間着、ノーメイク、寝ぐせで顔も洗っていない。さすがにこの状態で人前に出るのはためらわれたので、ドアに向けて声を掛けた。
「どなたですかー」
「おはようございますー。魔術士協会コペルフェリア本部、異世界人支援科のソルですー。ツキノさん、今起きたとこですか?」
「はーい、そうでーす」
ドア越しなので少々聞こえづらいが、はっきりとした発声。
「じゃあ、ここのロビーで待ってるんでぇ、身支度終わったら来てください」
「はいはいー」
私は急いで顔を洗い、身支度をする。鏡を見て、改めて自分の顔を眺めた。
細い目、小さな瞳、高いとは言えない鼻、そばかす。毛量が多く、少しうねる髪。やせっぽちの、女性らしさに欠ける身体。平凡な容姿だ。アイドルになれるようなかわいらしさはない。――とはいえ、別に容姿に不満はない。でも、幼い頃から少しだけ……憧れと、諦めが、心の奥底にずっとあった。
身支度をし、セーラー服に着替えてロビーに向かう。
「お。ツキノさん、おはようございまぁす」
昨日同様、黒スーツ姿のソルさんがロビーの椅子に座っていた。ノートPCのような端末をいじっていたが、私を見ると鞄にしまう。
「おはようございます。すみません遅くなって」
「いえいえ。疲れたでしょうし。良く寝れました?」
「ええ、もちろん。すっきりです」
「それじゃ、行きましょうか」
ソルさんは立ち上がると、施設の出口へ向けて歩き出す。
「はぁ、どちらまで?」
「魔導技術研究所ってとこっすね。そこで『Vtuber』になる準備、整えましょう」
研究所……昨日もらった冊子にも書いてあった。確か魔術や魔導具の研究開発をしているところだ。私は促されるまま、昨日と同じバイクの後ろに乗り、研究所まで移動した。研究所というだけあり、町の外れの方にあり、やたら巨大な施設だった。
案内されるままに研究所へ入り、食堂のようなところに連れてこられた。
「朝ごはん、まだでしょ? 町中にはいいお店もたくさんあるんですけどね、ちょっと時間もないんで、ここで勘弁してください。このカードにお金チャージしてあるんで、好きなもの買ってきて良いですよ」
ソルさんは私にカードを手渡した。どうやらここは研究者達のための食堂らしい。確かにお腹もすいているし、遠慮せずに好きなものを食べさせてもらおう。
「美味しかったー、もっとなんか変わったもの出てくるかと思ってました」
パンケーキとミルクでお腹は満たされた。昨日のサンドイッチでも思ったが、味付けや調理方法は元の世界と遜色がないようだ。
「良かったです。たまーにね、こっちの食べ物口に合わない方もいらっしゃるんで」
ソルさんはコーヒーを飲みながらノートPCをカタカタやっている。何かしらの魔導具ってやつなんだろうけど、ディスプレイとキーボードがあるし外観はノートPCそのものだ。
「さて。じゃ、行きますかね。時間も丁度だ。ちなみに――ツキノさんはどんな『自分』になりたいかって、考えてます?」
「はい、なんとなく、イメージはあります」
「オッケーです。もう一つの身体を創る技術者と、デザインをする方、お呼びしてるので色々聞かれると思いますが、あなたの思うままに言ってもらって大丈夫なんで」
「身体を創る……?」
どういうことだろう。3Dみたいなイメージだろうか。
「ま、詳細は実際に見てもらってのがわかりやすいんでね。こちらどうぞ」
研究所の中はほとんどが人工的な建材で作られており、私の想像する研究施設そのもので、異世界という感覚は全くない。すれ違う人達の髪色や容姿が少し変わっていること以外、二十一世紀の地球にある施設だと言われても全く違和感はないだろう。
ソルさんに連れて行かれたのは……なんというか不思議なものがたくさんある部屋だった。部屋の中央に一辺五メートルほどの正方形のステージがあり、その横によくわからないコードがたくさんつながった椅子がある。その反対側には大きなモニターとキーボードが設置された机が複数あり、そのうち二つに座っている人がいた。
「ツキノさん。この青い髪で眼鏡かけてる男の人がレグルスさん。詳細は後で伝えますが、プロジェクト『Clone』っていう研究開発を進めてる方です。で、こちらの白い髪の女性がスピカさん。イラストとかデザインとかをやってる方です」
「あっ、宜しくお願いします、ツキノといいます」
私は頭を下げ、慌てて挨拶をする。ところでプロジェクト『Clone』って……?
「よろしく。レグルスですー。……ところでソルくん。いきなり『Clone』って言われてわかる? 特に異世界から来たんでしょう? ツキノくんは」
レグルスさん結構独特な口調の方だな……博士っぽいといえば、博士っぽいが。『Clone』という言葉から何となく意味合いは察することができるけど。
「いえ、説明してもわかりづらいと思うんで、実際に見てもらうのが早いかなと」
「んー。まぁそうだね。よし。じゃあさっそく試してみようか。ツキノくん。ちょっとそこにある椅子に座って」
私は促されるままにステージの横にある椅子に座った。椅子の横にはヘルメットのようなものが置かれている。
「これ、ヘルメットは被らなくていいですか?」
「うん。取りあえずそのままで。動かすなら必要だけど、とりあえずは見てもらう形にしよう。はい、座ったね。じゃあ、ちょっとそのまま動かないで」
私が着席したのを見ると、レグルスさんはモニターを見ながらキーボードをカタカタと凄い速さで叩き始めた。
「よしオッケー。じゃあ、ステージの方、見てて」
その言葉に従い、私は椅子に座ったまま、真横にある四角いステージを見る。特に何も――と思った瞬間、両手を広げ、まっすぐ前を向く、いわゆる『Tポーズ』をした、地味な容姿の痩せた黒髪の少女の姿が現れた。ていうか、私だ、アレ。
「ちょ、なんで私が……!?」
なるほど、これが『Clone』……! なんかいつも鏡で自分を見てるのとは感覚が違う……妙に恥ずかしい!
「これがプロジェクト『Clone』。要は、魔力で分身を作る技術だね。本来はヘルメットをかぶると、意識がそっちの体に移って、自分の思うままに動かせるんだ。椅子に座ってる肉体の方は逆に意識がなくなっちゃうんだけど」
なるほど……自分の分身を魔力で作り出し、それを自由自在に動かせる……ん?
「分身、ってことは、普通に触れるんですね、これ。質問なんですけど……それって、どういう役に立つんです? 分身だけができることが何かあったりするんでしょうか?」
例えば、ゲームの世界に行ける、とかならわからなくはないのだが、現実世界で分身を作って、それを自分が操作することのメリットがいまいち思いつかなかったのだ。だって、分身に何かさせるくらいなら、自分でやったほうが早いじゃんね。
「そうっすねー。ツキノさんの疑問は当然だと思います。じゃあこのプロジェクト、何のために立ち上げられたかって言うと――軍事用、なんですよ」
「軍事……?」
ソルさんの説明に、私は首をかしげる。どういうことだろう。
「前にも言ったと思いますけど、この世界には魔物やら、魔族やらがいて、あとはまぁ……場合によっては人間ともね、争いになることもあるわけで。怪我を負ったり死んだりする人もいるわけです」
「当たり前だけど、人は死んだらおしまいでしょ? どんな優れた兵士でも、冒険者でも、大怪我を負えば戦えなくなる。死んだら帰ってこない。でも、それは悲しいじゃない。だからね、代わりに戦ってくれる『Clone』を創ろうっていうのが、このプロジェクトなのさ」
ソルさんの説明をレグルスさんが引き継ぐ。……なるほど。魔力で生み出した分身たちに、本人の代わりに戦ってもらうのか。
「今はね、まだまだ開発途中だけど、近い将来実用化できれば、戦いで死ぬ人をぐっと減らせると思うんだよね」
微笑みながら言うレグルスさん。この人、ちょっと胡散臭いかなと思ったけど、すごくちゃんとした研究者なんだな。……でも、これ、あくまで分身を作り出す技術だけど『Vtuber』とはまた違うのでは?
「で、今回は『Vtuber』の肉体を創るにあたり、この技術を応用できないか、って相談したんです。本人と同じ分身が作れるんなら、ちょっと弄れば、外見を好きに変えたアバターが作れるんじゃないか、ってね。んで、そこに協力してもらうために、そちらの――スピカさんをお呼びしたわけです」
ソルさんの言葉に、さっきからずっと口をつぐんでいた若い女性が、右手を上げた。
「やーっと、あたしの出番ってわけですね! 改めてまして皆さんおはようございます。スーパーイラストレーターにしてデザイナーの、スピカです! 今日はツキノさんのめっちゃ可愛い分身、創っちゃいましょう!」
スピカさんは満面の笑みを浮かべながら元気に告げてきた。――なるほど、こっちの人も、中々癖がありそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます