第3話:バーチャル

「なるほどねぇ。面白いっすね。『Vtuber』」


 オタクのマシンガントークにも怯んだ様子もなく、ソルさんは適切な相槌を打ちながら話を聞いてくれていた。さすがに聴き上手だ


「わかってくれてよかったです。……あ、でもこの世界に、その、『バーチャル』っていう概念はないですよね? そもそもどういう存在か、伝わりました?」


 バーチャル。つまり、仮想空間に存在する配信者たち。彼らとは画面を通じてしか会うことはできない。でも確かにそこに存在する。二次元と三次元を繋ぐもの。この世界に、仮想空間、というものはあるのだろうか。


「実は、この世界でも色々動画とか、SNSとか、ネットワークとか、そういうものはあるんすよ。魔導技術を駆使して、異世界から来た方が色々構築してます。まぁ、そっちの世界みたいに『バーチャル』っていう概念は発達してないですが……でも、聞いた感じ『Vtuber』の本質って、あなた達の言う『バーチャル』か否か、ではないでしょ。『なりたい自分で生きてる』ってことだと思うんですよね、俺の解釈だと」


 ――うわ、この人、本質を理解するのが早い。確かに、企業によって生み出される、というケースもあるが、基本的に『Vtuber』という存在の本質は『誰かの願い』が具現化したものだろう。こうなりたい、こんなことをしてみたい、でも元の体では難しい。その実現手段として『バーチャル』空間の肉体を用いている。


「そっか。『Vtuber』は誰かの夢、なんですね」

 

「夢であり、その手段、って感じですかね。――いや、実際この世界でもね、結構いるんですよ。魔術師になりたかった。でも魔力が全然ないから叶わなかった。逆もそう。肉体や魔力は種族差が大きいんでね、努力ではどうしようもないこともある。もちろん、人間に憧れるリザードマン、悪魔になりたい獣人、みたいな別種族への憧れってのも一定はありますね」


 なるほど……元の世界では、人種による多少の差はあれど『人間』という枠の中だった。ここでは、そもそも種族的にできないこともたくさんあるのか……。


「――そんな人たちは、どうするんですか?」


「別に、自分の中で折り合いをつけて、やれることをやって生きていくだけですよ。――心の奥底に、ちっぽけな諦めと、憧れを隠したまま、ね。でもそれは、誰でもそうでしょう?」


「そうですね。……本当に、そうです」


 幼かった自分が、魔法が使えないと知ったとき。アイドルのような優れた容姿ではないと知ったとき。そして――病で、大人にすらなれないと、知ったとき。心の奥が少し重くなり、涙を流して、諦めた。でもみんな、そうして諦めながら、生きていく。


「全部を叶えることはそりゃできない。神様じゃないんでね。でも――できないと諦めている人に『もしかしたら』を見せてくれる。それって、めちゃくちゃ良いことじゃないですかね。方法じゃなくて、その考え方がいいなって、思ったんですよ」


 ソルさんの言葉に、胸が打たれた。


「――改めて。私は、この世界で『Vtuber』になりたいです」


 『私』のように、心の奥底にしまった夢に、光に当てるための助けになるのなら。

 

「――いいですね。ツキノさん。あなたの想いは、きっとこの世界を、少しだけ幸せにする。その願い、叶えに行きましょうか」


 ソルさんが差し出した右手を握る。冷たい手。でも――その言葉はとても暖かくて。この人が助けてくれるなら、私の夢は叶えられる気がした。

 

「ええ。もちろん。その機会、絶対に逃がしません」


 私は笑みを浮かべる。さっきまで不確かだった夢が、少しだけはっきりとした気がする。――待ってろ、世界。


◆◇◆◇◆◇


 とはいえすぐに『Vtuber』になれるわけではない。当たり前だが『バーチャルな自分』を造る必要があるのだ。ソルさんはその方法を有識者と相談してくるとのことだったので、私は魔術士協会の近くにある宿泊施設に案内され、この世界の常識など、生きていくうえで必要なことがまとめられた冊子を読み、不明点をメモしていた。


「現金も当然あるけど、電子マネーみたいなものもある……本当に現代日本とあんまり変わらないな。便利だけどね」


 昔この世界へ来た異世界人が、色々な文化や技術、商品に詳しい人だったらしく、自分の身の回りにあったあらゆる道具、技術、文化について資料にまとめたらしい。その資料を参考にして、このコペルフェリアという町は魔導技術をどんどん発展させてきたんだとか。


 観光をしてみたい。食べ物も気になる。魔導具や魔術にも興味深々だ。――色々、やりたいことはある。ただ。


「まずは、足場を固めてから」


 不安も緊張もある。私は、前世で何も成し遂げていない。――でも、絶望の淵の中、たくさんの笑顔をくれた人たちを知っている。私が『彼ら』になれるのならば、きっと世界を少し変えられる。


「――頑張ろう」


 きっと今、前世も含めて一番高揚している。何もできなかった日々を知っているから、挑戦できる今が眩しい。


 これから、どんな自分になろうか。この世界の勉強にも飽きたので、『バーチャルな自分』のことを考える。この世界にイラストレーターさんはいるのだろうか。


「一応、マンガやアニメは存在しているけど、そこまで普及はしてないっぽいな」


 先ほどのソルさんの話によると、このコペルフェリアという都市が異世界からの技術を取り入れて異常に発展しているだけで、他の町はそこまで進歩はしていないらしい。つまり、そういったキャラクターが受け入れられる土壌が世界全体に広まっているわけではないということだ。


「そもそも『配信』っていう形式は一般化しているのかな……映像記録の技術はあるっぽいけど、画像配信サイトみたいなものはあるのか……? ここはソルさんに相談かな。アイドルとか、芸能人、みたいなものは存在してる。あとは……『冒険者』がスポーツ選手的な感じなのかな?」


 この世界には魔物や魔族のような外敵が存在するらしく、それらと戦う役割を持つのが冒険者らしい。ゲームやファンタジー小説で見た通りの存在だ。


「冒険者の人とコラボするのも楽しそうだし、需要もありそう。メモしておこう」


 そうだ、自分の容姿を考えないと。……でも『異世界から来た』を前面に出すんなら、私のビジュアルをベースにしたほうがわかりやすいだろう。この世界の人は変わった髪や目の色が多かったし。あえての黒髪黒目、セーラー服。……当然容姿は、かわいくしてもらわないとならないが。


 色々考えながら部屋で過ごしていると、宿泊施設の方が来て簡単な食事をくれた。サンドイッチだ。ソルさんは明日の朝来てくれるらしいので、食事をとってシャワーをし、用意された寝間着に着替え、ベッドに横になった。


「――怖いな」


 もしこれが夢で、目覚めたら病院のベッドに戻っていたらどうしよう。そんな妄想が襲い来る。私はソルさんにもらったサークレットに指を這わせ、目を閉じる。


 ――明日、今いる場所で目覚めたいと願うのは、人生で初めてだ。眠れないかと思ったが、緊張や疲れがあったのか、すぐに眠気はやってくる。まどろみの中、Vtuberとしての自分の名前をどうしようか……なんてことを考えていた。


 

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