第2話:異世界の街

「えー、改めて自己紹介を。私、魔術士協会コペルフェリア本部、異世界人支援科の、ソル、と申しますー。今後ともどうぞよろしくお願いしますー」


 黒いスーツに銀髪で紫の瞳をした、美しい青年だ。容姿にあまり自信が無い私からすると少々眩しい。


「よ、宜しくお願いします。私は、天原月乃あまはらつきのと言います」


「アマハラ・ツキノさん。なるほど。ツキノさん、で良いっすかね? 嫌だったら言ってください。んで、まぁこんなところで立ち話もなんですし、ウチの職場まで来ていただいて、色々この世界のこととか、今後のこととか、『Vtuber』のこととか。お話したいですしね。ま、お茶くらいは出すんで」


 私たちがいるのは、周りに何にもない原っぱだ。確かに、文明人が込み入った話をするのにふさわしいとは言えない。


「そう……ですね、ぜひお願いします」


 ソルさんを信用してもいいものか等色々頭はよぎったが、そもそも異世界に放り出された身である。生きるためには彼を信じるしかない。なんなら取り入るしかない。いや、もちろん夢をかなえてくれるって言うし、ついていくことに異論はないんだけどね。ほら、一応私も若い女性なわけでね。学生だし。制服姿だし。


「なぁーんか余計なこと考えてないっすか? まぁ、不安は分かりますがそこは信用していただいてね。じゃ、これ。乗ってください」


「……バイク?」


 ソルさんに促されて少し歩いたところに、何やら英語っぽい文字が描かれたバイクが置かれていた。たぶん元の世界のバイクと色々差異はあるんだろうが、自動二輪車と縁遠い生活をしていたので細かいディティールはよくわからない。……そういえば、ディティールって細部、とかいう意味だから二重表現らしいですねこれ。どうでもいいけど。


「そうっす。魔力で動くバイク。そっちの世界だと別の燃料なんですよね確か。この世界では魔力が万能燃料なんで、ほぼすべてのものが魔力で動きます」


「へぇー……なんかすごい異世界感がありますけど、バイクで台無しですね。なんかないんですか、こう……魔法の絨毯とか。空飛ぶ馬とか」


 バイクよりもファンタジー的な乗り物に興味がある。


「絨毯飛ばすメリットないっしょ。空飛ぶ馬はいますけど……言うこと聞かせるのもバランスとるのも大変っすからね。移動手段はバイク、車、あとは鉄道が便利っすね」


「ファンタジーの敗北……!」


 まぁでも、元の世界であれだけ普及してるってことは、それだけ理にかなっているってことなんだろうから、技術レベルが追い付きさえすれば似通うのも無理はないのか。


「そもそも、ツキノさんみたいな異世界の方がそれなりにいますからね。その人たちが色々元の世界の文化や技術をこっちで活用してるから、似たようなものはいくらでもありますよ」


「へぇー。だから、ソルさんみたいな、異世界人支援科? みたいなのが生まれるわけですね」


「ですです。じゃ、行きますかね。我々の暮らす街、コペルフェリアへ。……あ、そうだ。これ、頭に付けてください」


 ソルさんが渡してきたのは、シンプルな金属製の細い輪っかだった。孫悟空の名前のよくわからんアレを細くしたような感じ。なんだっけ、サークレット?


「なんですかこれ」


「翻訳機ですよ。アナタ全然気にしてないっぽいですが、多分言葉通じないんでね」


 よく見るとソルさんも同じものを身に着けている。なるほど、それで言葉が通じるのか。……めちゃくちゃ便利だ。これはなんか魔法のアイテムっぽいな。頭にそっと乗せると、自動的にサイズ調整がされた。着けている感触もほぼないくらい軽い。


「おお。すごい。これですよこれ、私が期待していた異世界アイテムは」


「それ、脳に直接影響与えてて、聞くものも読むものも自動で変換されますから。高いんで、壊さないように気を付けてくださいね。じゃあこれ被って、出発しますよー」


 ヘルメットを手渡された。慌てて身に着け、バイクの後ろにまたがりソルさんの腰を掴む。……うっわこの人ほっそ。


 バイクの音は想像よりだいぶ静かだった。電動バイクの感覚に近いのかもしれない。草原をしばらく走ると、巨大な街が見えてきた。……なんとなく想像はしていたけど、あんまりファンタジー感がないな。町へ近づくにつれて道も舗装されている。ただ、何らかの外敵がいるのか、巨大な街を囲むように塀があり、町へ入る巨大な門は固く閉ざされている。


「門番とか、いないんですか?」


「近くにはいますけど、ずっと立ってたりはしないっすね。町の住人だったら、カードキーで自動で開くようになってます。ツキノさんの分はウチで用意してるんで、ご心配なく」


 バイクで近づくと勝手に門が開いた。……なんかこれ、元の世界よりハイテクじゃない? 最新テクノロジーの使われた都市を案内されている気分だ。


「これ、どこの町もこんなに発展してるんですか?」


 かなり大規模な都市で、何万人、下手すればもっと大きい規模じゃないだろうか。


「いやーコペルフェリアは通称魔術都市って言われてて、大陸最大級の都市かつ、技術的にも最先端なんですよね。だからこことあともう一つくらいです、こんなに技術が発展しているのは。あとはたぶんツキノさんの言うファンタジー感のある町だと思いますよ」


 確かに、街並みもヨーロッパ風の古い建物もあるが、それこそ日本の町で見るようなアパート、マンション、ビルのような建物も散見される。さすがに高層マンションはないが、五階建てくらいの建物はいくつもあった。


 私たちは舗装された道を通り、五階建てくらいの白を基調とした綺麗なビルにたどり着いた。


「着きましたー。ちょっとバイク置いてくるんで、玄関前で待っててください」


 ビルに書かれた看板を読んでみると、『魔術師協会コペルフェニア本部』と読めた。翻訳機、ちゃんと機能してるじゃん。


 私が興味深く周囲を色々見回して文字を読んでいると、ソルさんが戻ってきた。彼に促されるまま、ビルの中へ入る。内装は――簡単に言うとオフィス。ファンタジーどこ行った。


 私は少しがっかりしながらも、ソルさんの後に続いた。なんと室内にはエレベーターまで設置されている。これも魔術的な仕組みなのだろうか。謎は尽きない。


 三階まで案内され、椅子と机の並ぶ明るい部屋に通された。淹れてくれた紅茶を飲みつつ一息ついた。……いや、なんかやっと落ち着けた、って感じだ。さすがにちょっと疲れたな。


「さて――じゃあまずは、この世界のこととか、俺のこととか、説明しましょうかね」


「ええ。ぜひ。お願いします」


 ソルさんの説明は簡潔でとても分かりやすかった。この世界は私が住んでいたところとは全く別で多種多様な種族が存在し、『魔力』と呼ばれる不思議な力がある。それを用いて『魔術』を使ったり『魔導具』を造ったりして人々は様々なことを成し遂げている。――科学技術の代わり、みたいなものらしい。


 そしてこの世界には、私みたいな異世界からの来訪者がたまにやってくるらしい。なんでも、世界の管理者的な存在がいて、その人が『願いが叶わなかった人間』を連れてきているんだとか。で、その人たちには『この世界で願いを成し遂げること』が科せられるとのこと。――私もそうなんだろうか。なんとなくそんなことを誰かから言われた気もするが、曖昧だ。


「――んで、俺は、あなた達みたいな『異世界人』の支援をする役職ってわけなんですわ。さすがに知らないところにいきなり放り出されても、困るでしょ? 言葉すら通じないですしね」


「確かに……あのままだったらその辺フラフラした挙句、餓死してたと思います」


 私はサバイバル能力は皆無だし、方向感覚もないし、体力もない。


「さて、じゃあこっちのことは話したんで――ツキノさん、あなたの夢、『Vtuber』のこと、詳しくお聞きしましょうかね」


 ソルさんの言葉に私は笑みを浮かべる。ふふん。入院中私が、どれだけVtuberさんの動画や配信を見てきたと思っている。いいでしょう、嫌になるまで、説明してあげますよ。




 

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