異世界Vtuber

里予木一

第1話:異世界Vtuber

「――この世界で、あなたは何をしたいですか?」


 未知の世界で出会った銀髪の青年の質問に答えるには、少し時間が必要だった。


 私は一度、『死』を迎えた。病気だった。幼い頃抱いた夢は様々な現実に打ち砕かれ、たった一つ残った『誰かのためになる仕事をする』というつつましい願いすら、叶えることはできなかった。


 私は、無礼とは思いながらも、質問に質問を返す。


「あの――この世界に、魔法は、ありますか?」


 少し、緊張した。期待と、不安と、高揚感。


 私の問いに、青年は笑みを浮かべる。


「えぇ、あります。魔法も――それに類する力も。だから、願いを叶える材料は『あなたが元居た世界より』ずっと多い」


「だったら――」


 幼い頃。人が平等ではないと、何かを成すためには素養がいると知り、そして諦めた夢。それを、ここならば叶えることが、できるかもしれない。


 骨ばった指で、鼻の周りにあるそばかすを一撫でし、そのまま癖のある固い髪を梳く。身体は健康そのものだが――残念ながら、容姿は何も変わっていない。でも。だからこそ。


「私は、みんなを笑顔にできる存在になりたいです」


 アイドル? 女優? タレント? ――いや、そうじゃない。私は知っている。病室で、毎日苦しみながら死を迎えようとしていた私を、笑わせてくれた存在を。


 苦しい現実とは別の世界から、様々な歌を、踊りを、ゲームを、届けてくれたのは――。


「へぇ。じゃあ、目指します? この世界は、アイドルも、歌手も、芸人さんもいらっしゃいますよ」


 青年の問いに、私は首を振る。


「いえ、私がなりたいのは――」


 容姿も、年齢も、出身も、種族さえも関係ない。そんな奇跡みたいな、存在だ。


「Vtuber、です!」


 青年は、紫色の目を少し丸くした後、にやり、と笑みを浮かべた。


「――なるほどね、よくわかりませんが……承りました。じゃあ、目指しますかぁ。『Vtuber』とやらをね」


「……言っといてなんですが、できるんですか?」


 この世界に、おそらくVtuberは存在しない。それどころか、バーチャルという概念があるかもわからない。


「ええ、もちろん。そのための魔法で、魔術で、そして、我々ですから。安心してください。あなたの夢は、必ず叶う。――ま、相応の時間と、努力は必要ですがね」


 前の生では、努力をすることすら許されなかった。衰えていく身体、失われていく命。それに比べれば――夢に向かって頑張れるなんて、幸せ以外の何物でもない。


「はい! 頑張ります! よろしくお願いします!」


 これが、私、天原月乃あまはらつきのの、そして――これから生まれる『わたくし』の新たな人生の始まりだった。


 

 

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