エピローグ:とある少女の話
――私には、夢があった。
みんなの前で、歌い、踊り、笑顔を届ける、そんな、アイドルになりたいという、夢が。
自信もあった、努力もした。自惚れかもしれないけれど――才能もあった。
でも、そんなユメは、たった一つの事故で粉々に打ち砕かれた。
両親との旅行中、魔物に襲われたのだ。
幸い、命に別状はなかった。
でも――魔物の爪によって、私の顔には大きな傷が残り、足は少し引きずるようになってしまった。
そのことを聞いたとき、比喩でなく足元が崩れ落ちたような気がした。
――まだ十五歳、選べる道はいくらでもある。
そう、両親は慰めてくる。彼ら自身も辛いだろう。きっと、たくさん自分を責めただろう。それでも、娘に前向きになってもらおうとして、憔悴した笑顔を浮かべて、言葉を掛けるのだ。
でも、それは私にはまったく響かなかった。
一つの夢に向けてずっと努力をしてきたのに、ある日突然、理不尽に奪われたのだ。
私は、部屋の中へ閉じこもり、毎日音楽を聴いて過ごしていた。
そんな様子を見かねたのか、両親は高価な情報端末を買い与えてくれた。
――それを使い、様々なものを見て、気を紛らわしながら新しい夢を見つけてほしいと、両親は願った。
だが私は、ずっと端末に向かい、アイドルたちの歌やライブの動画を眺め続けていた。
それはきっと、緩やかな自傷行為だったのだろう。叶わぬ夢を、叶えた人たちを、見続ける。憧れが、徐々に嫉妬へと変わっていく。
そんな日々の中、ある動画の配信を見つけた。
――そう大きくもない会場での、ライブ。
ステージに立つのは、一人のかわいらしい少女。どこか、不自然な、でも魅力的な。
その少女は、歌っていた。
魔法の言葉で、世界は変わると。
――そんなことはない。私の世界はもう変わらない。
本当にこのままでいいのかと。
――良くはない。でも、もう何もできない。
みんなが笑っていられるように、歌うと。
――私は、笑えない。もう、笑えない。
少女の歌は、痛いくらいに私の心をえぐった。
『Vtuber』という肩書を持つ、天乃月子という謎の少女の歌は、別の道を選ぼうとする私を、たくさん傷つける。
「――やめて、やっと、諦められると思ったのに」
最後の曲の前、天乃月子は、言葉を投げかける。
顔や体に傷を負っていても、どうか、夢を諦めるなと。――待っていてくれ、自分が、手を差し伸べるから、と。
「――そんなの、嘘」
騙されない。そんな夢のような言葉は、今までずっと掛けられた。傷が消せる魔術。歩けるようになる薬。両親は必死に駆け回って、それを試した。――そして、すべて失敗した。
私を治すには、それこそ『魔法』が必要なのだ。
そんな気持ちを、否定するように、天乃月子は言葉を続ける。
『――今この世界で、苦しんでいるあなたへ』
その歌は、まるで私だけに向けられたようで。
『――さぁ、踏み出してみよう。そうすればきっと、何かが変わるから』
差し伸べられた右手。寄り添うような、包み込むような、手を掴んでくれるような、歌声。――気づけば涙が溢れていた。
「――嘘だ、でたらめだ、詐欺だ……でも……」
もう一度だけ、信じてみても、いいのだろうか。
私は、モニターに手を伸ばす。画面の向こうにいる『Vtuber』に向けて。
涙で濡れた目で、配信のコメント欄を開いた。そして――。
『私を、助けて』
そう、一言だけ打ち込んだ。
◆◇◆◇◆◇
ライブが終わった。しばらくぼうっとしていたが、私はその後、『天乃月子』 の配信をすべて見た。――その内容から、彼女が『バーチャル』の肉体をこの世界で手に入れたことを知った。そして、それを他の人にも、適用できるよう、動いていることも。
ふと、彼女のSNSを見ると、とある住所が記載されていた。
『変わりたい人がいたら、ここへお手紙をください。必ず読んで、お返事をしますから』
その言葉を見て、私は、杖を突いて立ち上がり、部屋を出た。
リビングにいた両親は、こちらを見て驚いた顔をしていた。――ここ数カ月、トイレ以外でまともに部屋を出ていなかったからだ。
人と会話をしていないから、まともな声は出なかったけど、私は、意を決して、言葉を紡ぐ。
「――手紙と切手、買いに行きたいから、一緒に来てもらってもいい……?」
これから、何が変わるかはわからない。でも、あのライブは、私を部屋の外へ連れ出してくれた。
久しぶりに浴びた太陽は、びっくりするくらいに眩しくて。
――世界は、こんなに明るかったんだと、思い出させてくれた。
さっき聞いたばかりの歌を、少しだけ口ずさむ。
『――どうか、世界が少しでも、幸せになりますように』
私は今、少しだけ幸せになったよ、ありがとう。
――願わくば、未来には、さらなる幸せが待っていますように。
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