第27話:Walk Together

「――ありがとうございました!」


 わたくしは乱れた呼吸の勢いそのままに、客席とカメラの先に感謝の想いを伝える。


 この感謝はこの瞬間だけのことじゃない。これまでの応援、言葉、すべてに対する『ありがとう』だ。


 ――改めて、ステージから客席を眺めた。百人を超える人々。画面越しではなく、実際に自分を応援してくれている。その表情は一様に輝いていて。


 あぁ、ここへ来て良かったなぁ、と心から思えた。


「では、とても名残惜しいですが、本日最後の曲となります。――ですから少し、お話をさせてください」


 一呼吸おいて、景色を焼き付ける。この舞台の上で思い切り歌い、人を笑顔にした。――以前、どんなに願っても、叶えられなかった夢だ。


 まさに『Vtuber』だから、叶った、夢。


 生前の病を抜きにしても、天原月乃の容姿はそれだけで人を惹きつけるような魅力はない。今、ここにいる多くの人は、この『天乃月子』の見た目に魅力を感じているのだろう。――それは、悲しいことだろうか?


 いや、そんなことはない。この世界、この場所において『天乃月子』はまさしく自分自身なのだから。――わたくしは、この状況が『Vtuber』としての人生が、当たり前に選べる世界を作りたい。


 そうすればきっと、誰かの『夢』が、叶う。


 ソルさんが初めて会った日に言ったように、世界がきっと少しだけ、幸せになる。――それが、わたくしの――私の、願い。


 今日がその、大きな第一歩だ。


「わたくしは、皆さんを笑顔にしたいと思っていました。――病で命を落とす前からずっと。でも、様々な理由でそれは叶わなかった。でも、この世界へ来て、魔術や魔法を知って、様々な技術に助けてもらって『Vtuber』という存在になりました」


 みんな真剣に、わたくしの話を聞いてくれている。――きっと、配信の先にいる人たちにも、届いているだろう。


「この姿は『バーチャル』の肉体です。皆さんと同じ肉体ではありません。この空間において、この世界において、わたくしは――『天乃月子』は、この姿で存在しています」


 あえて、具体的な表現はしない。『Vtuberの中の人』。そんなことは、本人が触れるべき話題ではないのだ。ここにいるみんなにとって、わたくしは『天乃月子』であり、それ以外ではないのだから。――でも、どうしても、それを示唆しておきたかった。なぜなら、それは。


「ここにいる皆さん、そして配信を見ている皆さん、後日動画でご覧になってくださっている皆さん。――その誰もが、もしかしたら思っているかもしれないことを、今わたくしは言います」


 目を閉じて、深呼吸。そして――。


「――別の自分になりたい。『なりたい自分』がある、そんな人が、たくさんいるのではないですか?」


 さぁ、世界に疑問を投げかけよう。


「顔や体に傷を負っている方。病で動くことも難しい方。別の種族へ、性別へ、強い憧れがある方。――魔力が足りず、やりたいことができない方」


 この世界は、わたくしが元居た世界よりも複雑だ。一つは種族。一つは魔力。


 獣人に憧れる人がいるかもしれない。エルフになりたいリザードマンがいるかもしれない。空を飛びたい人魚がいるかもしれない。そして――魔力がなくて、望む仕事ができない人は、多分たくさんいるだろう。


「わたくしが『Vtuber』になったのは、皆さんを笑顔にするためですが、もう一つ。――わたくしと同じように、『変わりたい』という夢をずっと抱えている人たちに、道を示すことが、大きな目的でした』


 だから、『仕組み』を作ることに注力した。わたくし一人ができるだけでは何も意味がないから。『Vtuber』としての肉体を作る仕組みも『魔力』を視聴者から貰う仕組みも、自分だけが恩恵を受けるわけじゃない。


 ――わたくしと同じように願う人がいれば、後に続くことができるのだ。


「今日のこのステージは、その第一歩です。――さぁ、わたくしを見ている皆さん。変わりたいと思っている皆さん!」


 わたくしは、客席と、カメラに向かって手を差し伸べる。


「――どうかこの手を取ってください。わたくしは、この世界に来て、救われました。夢が一つ、叶いました。だから――今度はわたくしが、この世界の皆さんを、助けたいのです」


 ――それはきっと、無謀なことなのだろう。


「わかっています。この手は小さくて、力も弱くて、今支えられる人はきっとほんの少しだけであることは。――でも、きっともっと、力を付けますから。たくさんの人たちの夢につながるように。引っ張ってあげられるように、鍛えておきますから。だから、どうか、その想いを消さないでください。夢を持っていてください。――少しだけ、待っていてください」


 一息に告げ、わたくしは大きく息を吐く。


「その気持ちを込めた曲を、作っていただきました。――では、最後の曲です。聞いてください。『Walk Together』」


 明るく、キラキラとした音が散りばめられたイントロが始まる。――未来へ続くような、聞く人の心を前向きにできるような、そんな曲にしたいとお願いしたのだ。


 ――今この世界で、苦しんでいるあなたへ


 これは、昔のわたくしへのメッセージ。


 ――できることは少ないけれど、せめてこの歌を届けるよ


 今のわたくしができる、たった一つのこと。


 ――道しるべがなかったら、指し示すよ


 この世界で真っ先に、ソルさんがしてくれたこと


 ――道が途切れていたら、一緒に飛ぼう


 レグルスさんやスピカさんは、道を繋いでくれた


 ――真っ暗闇だったら、手を引いてあげる


 リクニスさんがいたから、ダンジョンを越えられた


 ――そうしたらほら、新しい世界が、待っているよ


 みんなが、ここまで連れてきてくれた


 だから、今度はわたくしが、誰かを連れて行こう


 ――さぁ、一緒に行こう。君の歩く道はほら、こんなにも眩しい


 ――さぁ、踏み出してみよう。そうすればきっと、何かが変わるから


 右手を、精一杯伸ばす。何処かでうずくまっている、誰かの手を、掴むために。


 ――どうか、世界が少しでも、幸せになりますように。


 そう願って、わたくしの初めてのライブは終わりを告げた。


◇◆◇◆◇◆


「お疲れ様です。――いや、いいライブでしたよ」


 ソルさんが汗をぬぐう私に、水を手渡す。


「――ありがとうございます。ねぇ、ソルさん」


「はい、なんでしょう」


「少しは、世界、変わりましたかね」


「ええ、そりゃあもう」


「それなら――良かったです」


 これから、あのライブを見た人『変わりたい』人がわたくしにメッセージを送れるようにしないと。SNSだと管理が大変そうだし、私書箱みたいなのはあるんだろうか。


「――さて、じゃあ俺はそろそろ、お役御免、ですかねぇ」


「えっ?」


 ソルさんの言葉に思わず声を上げてしまった。


「ここしばらく、ライブに向けてはひとりで動けてたじゃあないですか。ツキノさん、もうすっかりこの世界の人、ですよ。……ま、しばらくは魔術士協会からの金銭的フォローとかもありますし、必要があれば全然サポートはしますがね。――もうこれなら、大丈夫かな、と」


 言われて、これまでどのくらいソルさんに頼っていたかを思い返した。――そして、私と一緒にいてくれたのは、言うなれば仕事であることも。


「……いいえ、ソルさん」


 首を振り、私はソルさんをまっすぐに見つめる。


「はい?」


「私のやりたいこと、まだ始まったばっかりなんですよ。だからね、人手はたくさん必要なんです。――でもまぁ確かに? 魔術士協会の優秀なスタッフであるソルさんを無償でお借りするのは心苦しいです、ので――」


「ので?」


「とりあえず、身辺整理、しといてくださいね。――私は、これから『Vtuber』の会社を作ろうと思ってるんです。自分を変えたい、別の自分になりたい人を、助けるためにね。社長は私で、副社長兼営業部長兼秘書を、ソルさんにお願いしようと思ってるんで」


 なんとなく考えていた曖昧な妄想を、堂々と語る。――いやでも、規模が拡大したら必要でしょ、会社。タレントさんのサポートもできるようにしなきゃならないし、誰かを助けるなら個人では限界がある。


「そりゃあまた……なんというか、壮大な計画ですが、なんですか、つまり俺を雇いたい、と?」


「えぇ。魔術士協会、異世界人支援科。やりがいのあるいい仕事だと思います。――でも、こっちもね、色んな人の夢を叶えて笑顔を生む手助けができる、最高の仕事になりますよ? ……まぁぶっちゃけ、どうやったら会社として成り立つかとか、全然考えられてないので、色々知恵をお借りしたいのが本音なんですけど……」


 配信をお金に変える仕組みもそこまで確立はされていないようだし、案件配信だけでは限界がありそうだし、検討事項は無限にある。


 ソルさんは珍しく少し考えこんだ後、こちらを見てにやり、と笑った。


「――そうですねぇ。確かに悪くはなさそうだ。でも、俺は結構高いですよ? 雇うと」


 これだけ優秀でフットワークの軽い人だ。そりゃあ高いだろう。覚悟はしている。


「ですよねぇ。なのでまずはわたくしがもっとお金を稼げるようになってからではあるんですけど……とりあえずそういうわけで、いきなりさよならされると困っちゃいますから、頻度は減らしていいけど、まだまだ相談、乗ってくださいね!」


 私はソルさんにならい、にやり、と笑みを浮かべる。


「――ツキノさん、いいっすね。だいぶ表情変わりました。……ちょっと、ツキコさんっぽさが出てきたかもしれません」


「そりゃそうですよ、アレはアレで、事実上の私、ですからね。じゃあとりあえず、次は登録者さらに増やして、お金稼ぎますかねー! いいアイディアありますか?」


「そうですねぇ。……とりあえずグッズとか、作ってみます?」


「うーん……採算取れますかねぇ……」


 そんなことを話しながら、私たちはステージ袖を後にする。


 ――かくして、夢の舞台は終わりを告げた。でも、ここはただの通過点で。


『異世界Vtuber』天乃月子は、これからも様々なことに挑戦していく。


 ――いつか、この世界に『Vtuber』が溢れるその日まで。

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