ライブ#3:My Dears
「どうでしたか、皆さん。素敵な曲でしょう? ここにいる、これを見ている、いつかこれを見る皆さんの背中を押せる、歌になったら嬉しいです」
天乃月子は笑う。前向きで、元気をもらえる素晴らしい曲なのに、みんな泣きそうな顔をしていたのは、それだけメッセージが伝わったからだろう。
「さて――ありがたいことに、素晴らしい声援をいただいて、わたくしのライブ、四曲全て、みなさんにお見せできることになりました。ありがとうございます! 拍手!」
パチパチパチ、と会場から響く。それを聞いて、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「では、三曲目です。ご存じの方もいるかと思いますが、アピスさん、という歌手の方。素晴らしい歌唱をされる方なのですが、その一曲を、本日はカバーさせていただこうかと思っています」
アピス、という人の歌は聞いたことがある。透明感があり、高い歌唱力を持つシンガーだ。
「いくつか候補はあったんですが……わたくしがね、普段皆さんにに対して思っていることを伝えるにふさわしい楽曲があったのでね。選ばせていただきました。少しでも、この想いが伝われば嬉しいです。どうか皆さん、楽しんで。――では、始めます」
――イントロはほとんどなく、すぐに歌唱だ。はちみつ色の照明に照らされる中、アコースティックギターの音をバックに、天乃月子の歌が響く。
――暗い闇を超えていく、君の背中を押せるように
彼女はずっと、不安だった。
この歌は、この声は、誰かに届いているだろうかと。
でも、そんな時、たくさんの声が聞こえた。
――私は歌うよ。受け取った想いを乗せて。
先ほどの曲のような、強いメッセージではない。ただ寄り添うような、癒すような、抱きしめるような、優しい歌唱。
――険しい日々に立ち止まる、あなたの手を引けるように。
彼女は、会場を、カメラを見ながら、優しく微笑み、歌う。夢に向かう人々を、勇気づけるように。
――届けてくれて、ありがとう。
「――あぁ、そうか」
彼女の歌に後押しされた。さっきはそう思っていたけど、きっと彼女自身も、救われていたんだ。この声援に。配信のコメントに。
天乃月子という少女は、喋りが特別にうまいわけでも、冒険者として優秀なわけでもない。さらに言えば、多分歌唱力が飛びぬけているわけでもない。
夢に向かう中、不安もあっただろう。無力感もあっただろう。それでも、ただがむしゃらに、頑張っていた。そんな中、俺たちによって紡がれた言葉たちはきっと、彼女を助けていたんだ。
だから今、こうして、彼女は歌っている。受けた想いを、心を埋めてくれたものを、温もりを、返すために。
――このステージの上から、君たちに、歌を届けるよ、ずっと。
これは、彼女から俺たちへのメッセージ。さっきのような、不特定の『誰か』ではなく。今まで応援してきた。これからも応援してくれる、ファンたちへの。
――みんなが笑っていられるように。
嬉しかった。正直、先ほど歌に込められたメッセージは、色々な夢を後押しされた。でも同時に『ここにいる自分達』は間違っているのだろうか、という不安にも襲われたのだ。ここでライブを見るより、夢を追い求めるべきだということなのかと。
でも、それは杞憂だった。彼女はこの歌で、感謝を、温もりを、そして――ここに共に在ることの喜びを、きっと、伝えてくれている。
決められた何かにならなくていい。生きている、そのことが大切なんだと。
夢も追うのもいい。日々暮らしながら、こういったライブを楽しみに生きるのもいい。
どんな風に生きている人も、いくつもの夜を越えて、今ここに立っている。そんな人生を讃え、声を届けてくれた感謝と、喜びの歌を届けてくれた。
この瞬間を一緒に過ごそうと。辛いときには側にいてくれると。
勝手な解釈かもしれないけれど、そう感じた。
――みんなが幸せで、ありますように。
歌が終わり、天乃月子は眩しい笑顔をこちらに向けた。
――あぁ、ここへ来て良かった。彼女を応援していて、良かった。
大きく観客へ向けて手を振る彼女を見て、心からそう思う。
こんな自分でも、誰かのためになっているんだと、そう知ることができたから。
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