第16話:石のトカゲ
「これ……なんでしょう。糸?」
宝箱の中にあったのは、白く輝く糸玉だった。なんだろこれ。
「アイテム……? ゲームみたいに説明が出ないから困りますね。こういう時はオーディエンスに問いましょう。これ、ご存じの方いますか?」
コメント欄の大半は分からない、という回答だったが、一名から回答があった。
『アリアドネの糸。簡単に言うと帰還アイテムだよ』
「な、なるほど……名前は聞いたことがありますね。これを使えば、地上に戻れるってことか。それは貴重な……教えてくれてありがとうございます! しかしこれ、知らないで使ったり、逆にわからず使わなかったりするケースが結構ありそうですね。……まぁそれも含めて、ダンジョン探索、なのかもしれませんが」
未知のものを発見した際、知識や経験で判断をしつつ、どう行動するかも大切なことなのだろう。わたくしみたいにコメントに教えてもらうことはできないわけだし、それも含めて経験や勉強が必要、ということか。
「まぁ、今はまだ元気なわけなので、先に進みましょうかね。使うときはどうすればいいんでしょう。放り投げればいいのかな。……あ、それでいいみたいですね。よし。緊急用にすぐ取り出せる場所に入れておきましょう。これでだいぶ精神的には楽ですね。さてしゅっぱーつ」
またしても通路が左右に伸びている。少し迷ったが右の道へと。直進からの、右。マッピングとか、必要だな……。
「先ほどより通路が広いですね。何か意図があるのかな? お、部屋につきましたね。あれは……宝箱?」
通路の広さが気にはなりつつ先ほどとは異なり、部屋の中央に一抱えほどの宝箱がある。それ以外は特に何もいなさそうだ。
「よしお宝! いただきましょう!」
宝箱に走り寄る。……特に変わったところはない。
「……よく考えたら罠とか、警戒しなくていいんでしょうか。まぁ……考えても無駄だし、いいか。えい」
宝箱を開ける。そこに入っていたのは――。
「わー!!!!!! 虫! きもちわるい! なにこれ!?」
巨大な芋虫が、みっしりと詰まっていた。生きているらしく蠢いている。う……なんか独特の臭いもする……。
「これが、罠……? びっくり箱みたいなものでしょうか。あ、カメラさんちょっと映さない方がいいですよこれ、だいぶキモイ。くっそー。こういう変な罠――ん? なにか、音が……」
わたくしが通ってきた通路から、何か音がする。巨大な何かが、近づいてくるような……。コメント欄からも警戒を促す声が届く。
「なんかまずそう……逃げたほうがいいですかね。って、ここ、行き止まり!? しまった、出るにはあの通路を戻るしか……」
こうしている間にも、足音と、何かを引きずるような音が通路の方から聞こえてくる。なんだろう。大型の、何か……? さすがに判断に迷うので再びコメントを参考にする。
「えーっとなになに……『さっきちらっと見えた芋虫、あれ、大型の爬虫類系モンスターの好物じゃね?』。……もしかしてアレ、そういう罠ですか? 宝箱を開けると遠くから臭いで魔物をおびき寄せる的な……だとすると、ここにいるのは本格的にまずいのでは」
しかし魔物の気配――というか、音はもうだいぶ近くまで来ている。室内はそう広い部屋ではなく、遮蔽物もない。
「ひとまず部屋の隅でしゃがんでじっとしているしか……。魔物がこちらに気づかないことを祈りつつ……さっきの芋虫を食べている間に、こっそり逃げ出せるよう入口に近い角に移動しましょう」
わたくしは部屋の隅でしゃがみこんだ。心臓が早鐘のように鳴っている。知らず、呼吸が荒くなっていた。冷静に考えてみれば撮影をしているソルさんが横にいるわけだから、視線がこちらを向けばすぐに見つかってしまうだろう。
「……でも、あの芋虫が好物なんだとしたら、まずはそちらを食べに行く可能性が高い。その隙に、脱出を――」
魔物がそちらに気を取られている隙に通路へ飛び込んで逃げる。これしかない。
「ちなみに、倒す選択肢は却下です。トラップの仕掛けにされてるような敵が弱いわけがないし、移動の音を聞く限りどうにかできるとは思えないので。――では、しばし息を殺します。皆さま、幸運を祈っていてください」
視聴者に宣言をし、コメントの動きを横目で見ながら、部屋の入り口を監視する。心臓の音がうるさ過ぎて、これのせいで見つかってしまうのではという恐怖があった。
そして、ゆっくりと部屋に入ってきたのは、砂漠を彷彿とさせる色合いの、巨大なトカゲ。体高だけで、わたくしの身長くらいあるだろう。まだ全身は見えないが、尾の先まで含めたら五メートル以上あるんじゃないだろうか。震えながら恐る恐る大トカゲの顔を見た。目が合えば、きっと終わりだ。冷や汗が流れる。だが――。
(目が、閉じてる……?)
その瞳は固く閉ざされていた。代わりのように鼻をひくひくと動かしながら、宝箱へと近づいていく。――これ、もしかしたらいけるんじゃない?
大トカゲが完全に部屋の中に入ってきたところで、少しずつわたくしは移動を開始した。音をたてないように、ゆっくりと。幸い、大トカゲは宝箱に入った芋虫に夢中だ。
最初は慎重に進んでいたが、通路が近づくにつれて少しずつ速度を上げていく。大丈夫。これだけ距離があるし、食べ終わる前に、さっさと出てしまったほうが良い。
――そんな焦りのせいで、部屋に落ちていた石ころを蹴飛ばしてしまった。乾いた、ほんの少しの音。だけど、確実に部屋の中に響いた。
まずい。こうなったら誤魔化すより走り抜けてしまおう。大丈夫。相手はトカゲ。距離もあるし逃げ出せる。――そうやって、油断した。
振り向いた大トカゲの瞳が開かれている。金色の、目。トカゲが口に咥えている芋虫は、なぜか、石化していた。
「えっ……?」
足が、止まる。自分の意思ではない。文字通り、動かなくなった。見下ろしてみると、わたくしの両足は、灰色の石へと変貌していた。――そして、徐々にその範囲は拡大していく。混乱しながらも答えを求め、コメント欄を見た。
『バジリスクだ! 見られると石化する!』
「そ、そんな……!」
まずい。足が動かない。既に目は合っている。石化から逃れる術がない。――詰み、だ。……せめて、口が動くうちに、〆の挨拶をしなければ。
「残念ながら、今回はここまでのようです。あぁ、もう下半身は石化しましたね……というわけで、異世界からさようなら。天乃月子がお送りしまし――」
『糸! 使って!』
コメントに溢れかえる『糸』の文字。あぁ、そういえば! なんで忘れていたのだろう。右手はまだ――動く! わたくしは、糸を取り出すと、頭上に放り投げた。
「間に合ええええええー!!!!! では皆さん、結果は次の配信で! ご視聴、ありがとうございましたぁー!!!!!」
糸玉から光が放たれ、視界が覆われる。同時に、頭上に掲げた右腕が石化した。……残っているのは、もう顔だけだ。せめて最後は、笑顔で。
カメラに向かって笑みを浮かべたその直後――わたくしの意識は、切断された。
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