第15話:戦闘
ゴブリンを打倒した後、わたくしは直進する道を選び、通路を進む。魔力で作られたとはいえ、生き物を殺したという確かな感触があり、精神的には疲弊していたが、まだまだこれでは『面白い』配信とは言えない。
「また、部屋ですかね……? ん、何か、いますね。でかいのが……」
気配を殺したりなんかはできないが、できる限り足音を消して静かに通路を進む。部屋の中央で仁王立ちしていたのは……。
「なんでしょうね……でかい、ゴブリン……でいいのかな……?」
気取られないように、小さく呟く。そこにいたのは、先ほどのゴブリンをそのまま大きくしたような魔物だった。サイズはおおよそ成人男性くらい。つまりわたくしよりだいぶ大きい。見た目も筋骨隆々としているし、簡素ではあるが胸当てのようなものも身に着けている。手には巨大な棍棒。殴られたらひとたまりもないだろう。
「え……わたくしアレと戦うの……? 槍があるとはいえあんなプロレスラーみたいな体格の魔物と? 相手が素手でも勝てる気がしないんですけど……」
ここへ来て、冒険者、という職業の過酷さ、求められるレベルの高さを思い知る。ここはまだ地下一階で、三部屋目。つまり、初心者であってもあのくらいは突破できる、というのが常識の世界なのだ。
「どうする……無策で行っても殴られてやられるだけ。わたくしが他の冒険者の皆さんより勝っているのは、異世界での知識……何か、何かないか」
例えば、わたくしは魔術が使えない。訓練したらできるのかもしれないが少なくとも今は無理だ。武器を持って戦った経験もない、訓練は先日のリクニスさんに教わったものだけ。どう考えても正面突破では無理だ。
「人型の魔物との戦闘が描かれた作品……いや、そもそも元の世界で魔物と戦った人はいないんだから、全部フィクションのはず。アテにはできない。なら……アレを、仮称大ゴブリンを、魔物だと思わなければいい」
そうだ。幸いにも人型で、体格は人間の範疇に収まっている。つまり、いま必要なのは、自分より強い人間を倒すための手段だ。思い出せ。
「見た感じ、男性型……なるほど」
衣類というほどではないが、腰に布を巻き、股間を隠している。胸部を守る皮鎧のほかに身に着けているのはそれだけ。つまり――。
「体つきを見るに、きっと人間と急所もそんなに変わらないはず……」
正直、私の槍には高い攻撃力も優れた技術もない。勝ち目があるとしたら急所狙い。問題は……当てられるかどうか。
「異世界の知識を使った勝利なんて、転生ものっぽいし、面白いですよね。……コメントのみなさん、応援よろしくお願いします!」
方針は決めた。あとは実行するだけだ。心臓が早鐘のように鳴る。人生でこんなに緊張したことはたぶんない。舞台に立った経験自体がほぼないのだ。――これが、初めての大舞台。百人以上に見守られた、一世一代の見せ場だ。
「――よし、行きましょう」
覚悟を決めると、私は部屋にゆっくりと入り、槍を横向きに構える。足払いの姿勢だ。大ゴブリンはこちらに気づくと、ゆっくりと近寄ってきた。武器を持っているので一応警戒しているのだろう。ただ、言葉を発したりすることはなく、挙動は動物的だ。
「……近づくと、大きいですね……掴まれたら、終わり」
体格の差。私の身長は高校生の平均身長くらいしかない。対して相手はおそらく大柄な男性くらい。体重は下手すると倍以上違うのではないだろうか? 髪を結んでおけばよかったと後悔する。髪の毛は掴まれやすい。冒険に長髪は不向きだろう。
こちらが待ちの姿勢であることにしびれを切らしたか、あるいは体格差で圧倒できると踏んだか、大ゴブリンはこちらへ向けて走ってきた。――ここまでは、想定通り。あとは、わたくしが上手くやるだけだ! 息を大きく吸い、叫ぶ。
「配信者、舐めるなぁぁぁー!!!!」
棍棒を構え走ってくるゴブリン。さすがに足の筋肉も発達していて、わたくしの槍では足を払うのは難しいだろう。だから、狙うのは転ばすことではない。――祖国の豪傑でさえ、打たれると涙を流したという急所。泣き所と呼ばれる、向う脛。そこに渾身の一撃を放つ!
駆けてくる大ゴブリンの右手側でしゃがみこむと、思いっきり右足の向う脛に槍の穂先をフルスイングした。正直、成功は難しいと思っていたが、レベルが上がったせいだろうか、予想以上に自分の動きがスムーズで、想定通りのタイミング、位置で槍を振るうことができた。
直撃を受け、転倒こそしなかったが激痛に叫び声を上げながら足を止め、思わず脛を抑えてしゃがみこむ大ゴブリン。その隙に、わたくしはもう一つ。英雄の名と共に伝わる弱点を狙う
「異世界の大英雄唯一の弱点――今叩いた向う脛の逆側! おりゃあああああー!」
すぐに大ゴブリンの右側から回り込み、渾身の力で槍を右足のアキレス腱に突き入れる! 今度も命中精度が不安だったが、やはり思った以上に身体が良く動き、狙い違わず穂先がゴブリンの踵付近を貫いた。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!!!!!」
再び叫びを上げ、たまらず後ろ向きに転倒する大ゴブリン。英雄ですら鍛えられない急所を二か所攻撃したのだ。普通の人間なら立ち上がることさえ難しいはず……。
「では、止めです!」
古今東西、どんな種族の、どんな男性でも弱点となりうる、完全なる急所。すなわち。
「金的攻撃!!!!」
思い切り槍を上段に振りかぶり、狙い違わず腰布で隠された股間に槍の穂先を叩きつけた。そして――。
大ゴブリンは、口から泡を吹き、悶絶した。さすがに、ピクリとも動かない。
「やった……! 勝ちました! 視聴者の皆さん見てますか! わたくし、やりましたよー!!!!」
コメントが凄い早さで流れていく。雄叫びと称賛、そして……ゴブリンに対する同情の声もちらほらと。
「まぁこれがね、何かの試合だったらわたくし反則負けでしょうが、これは戦いですからね、卑怯なんてないのです。……あ、そうですね。とどめを刺しておかないと」
コメントからの指摘で気づいたが、まだ大ゴブリンは消えていない。意識はないが、死んではいない、ということだろう。
「では……苦手な方は気を付けてくださいね」
躊躇いはあったが、ここで怯える姿は求められていないだろう。努めて冷静に。心臓は鎧で覆われていたので無防備な喉元を貫き止めを刺す。その瞬間、大ゴブリンは光に溶けた。そして――。
「レベル4、ですね……ふぅ……肉体的な疲れはレベルアップで消えますが、精神的にはしんどいな」
生き物を殺す、というより、人を殺すに近い感覚だったのではないだろうか。コメント欄もこちらを気遣う声が増えた。ちゃんと答えてあげないと。
「ご心配ありがとうございます。でもね、今疲れはしましたが、達成感もあるんですよ。今までわたくしは何かをやり遂げた経験がほとんどないので……もちろんまだ道半ばではあるんですが、何かに躓いて、そのために教えを受けて、実践して、障害を乗り越えるっていう、この過程。……いいですね、これは素晴らしい体験です」
どうやら知らず笑みを――それもあまり正常でない感じの笑いを浮かべていたらしくコメント欄が若干引いていた。まぁでもね、配信者たるもの、正気ではいられませんから。
「さて――じゃあこの調子で、次に行きましょうかね。ん? 部屋の奥に……これ、宝箱ですか?」
大ゴブリンの後方だったのでよく見えなかったが、部屋の端に宝箱が置かれている。さて、中身は一体、なんだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます