素人がリトライダンジョン挑んでみた#3 ~実践編~

『はーい! 異世界からこんばんは! 天乃月子ですー! 昨日は特訓パートを配信させていただきましたが! 今日は再び、ダンジョンに来ていまーす! いえーい!   連日おつきあいくださっている皆さまも、今日初めてだという方々も、どうぞごゆっくり楽しんでいってくれると嬉しいです!』


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『こんばんはー』


『ツキコちゃん頑張れ!』


『ダンジョン攻略楽しみ!』

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 本日も昨日と同じ時間に配信がスタートした。盛り上がるコメント欄。俺もシリウス、というアカウント名で、開始を喜ぶコメントを発信する。今月子嬢がいるのはダンジョンの入り口だ。前回挑戦した時は動画だったが今回は生配信をするらしい。……大丈夫だろうか。


『もう既に槍と荷物は準備できてますからね。いざダンジョン。……お、出ましたね蜘蛛。もはや、あの修行を経験したわたくしの敵ではない! ということで、戦闘開始したいと思います!』


 月子嬢は前回教わったことをしっかりと活かし、距離を取りつつ槍で蜘蛛の足を払い、転倒したところを思い切り叩く。ゴブリンとは違い、穂先で突く間もなく蜘蛛は光へ溶けた。特に天井が落ちてくることもなく、通路につながる扉が開く。そして――。


『ん? なんかカバンの中からピコピコ音が……なんか光ってますね。カード?』


 月子嬢がカバンから首から掛けられるホルダーに入ったカードを取り出した。そこには……。


『おお? これもしかして……ほら、見てください。レベル2って書いてます! このダンジョン、レベルがある!?』


 彼女が手に持ったカードをこちらに向けて掲げる。そこには確かに『Lv.2』という表記があった。


『なるほど。モンスターを倒すとレベルが上がるんですね。今までの経験がリセットされるって聞いてたんで、それで最後までいけるのかな? って思ってたんですが、こういう感じでレベルを上げて、能力を強化しながら進むのか……いいですね、ゲームみたい! 楽しそう!』


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『このダンジョンレベル制なの!?』


『やべぇ楽しそうじゃん』


『これ、しっかりレベル上げてから進んだほうが良さげだなぁ』

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 俺も知らなかった。リトライダンジョン、名前は結構知られてるけど詳しいこと知っている人があんまりいないんだよな。冒険者って日々依頼を受けてお金を稼ぐので精一杯になって、成長することに時間を割く余裕がない人が多いからだろうけど。


『じゃあどんどん進んでいきましょうね。目指せ一階突破! あ、ちなみに皆さんのコメント、わたくしから見える位置に移動式のディスプレイがあって、ちゃんと読めてますからね、どんどんコメントしてくれると嬉しいです。あ、でも、過度のネタバレとか指示コメはやめてくださいね。ちゃんと私自身が楽しんでクリアしたいので』


 なるほど。確かに、例えばここでこういう魔物が出る、ここが弱点だ、みたいなことを都度教えられてしまっては、楽しさも緊張感も半減するだろう。


『さて、じゃあ行きますか……! ここから先は未知のゾーン。張り切って参りましょう―!』


 月子嬢は槍を構えながら通路を歩いていく。心なしか先ほどよりも足取りがしっかりした気がする。レベルが上がった恩恵なのだろうか。


『お、またしても部屋ですね……ちょっと怖いので、様子を見ましょう。どれどれ……』


 通路からそっ、と部屋の中を覗き込む。カメラからだと月子嬢の後頭部しか見えないが……。


『……いますね……ゴブリンが……たぶん、三体? 複数は想定してなかったな……どうしよう』


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『複数相手かー』


『慣れてないときついんだよな。同時に襲い掛かられたら対応できない』


『うーん……アドバイスはできるけど、自分で考えてもらったほうが良いかな』

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『あ、皆さん配慮ありがとうございます。複数の敵との戦い方……習ってはいないですが、異世界の書物の知識がありますからね、ええ。試してみたいと思います。オープンゲットはできませんが』


 月子嬢はよくわからないことを言いながら部屋に入ると、口元に手を添え――大声を出した。


『ゴーブリーンくーん! あーそびーましょー!』


 その声に三匹のゴブリンが反応し、月子嬢へ向けて走り出す。彼女はその様子を見ると反転し、部屋の入口から通路へと逃げだした。

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『なんだそれ』


『どういう作戦?』


『……なるほど、通路で戦うのか』

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 俺にも分かった。今いる通路はせいぜい大人一人が通れる程度。ゴブリンと言えど、二人並んで通るのは難しい。きっと通路におびき寄せて、一体ずつ倒すつもりなのだろう。


『ちょっと後ろ下がりながら戦うんと思うんで、カメラさん少し距離取ってください! あぁ、来た来た! 通路だと払いも叩きもやりづらいので――突きます! ただし石突で! 返り血嫌なので!』


 思ったよりもずっと様になった姿勢で、槍の石突を使いゴブリンの喉元を突く。返り血が嫌だと言っていたが戦略的にも実は正解だ。慣れない人が下手に穂先で突いてしまうと、相手の身体から抜けなくなり次の攻撃ができない可能性がある。


『よし倒した! 死んでなさげですが……あぁ! 倒れたゴブリンを踏み越えて二体目が! 突きます!』


 そして――月子嬢はその後も代わる代わる襲ってくるゴブリンを後退しながら突き、何とか全員意識を失わせることに成功した。それぞれに止めを刺した後、部屋に入ると一息を突く。


『はぁー……めちゃくちゃ疲れました……冒険者の皆さんはいつもこんなことを当たり前にやってるんですね……尊敬します……他に敵もいなさそうなのでちょっと休憩……』


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『お疲れ様! 頑張ってた!』


『動きだいぶ良かったし戦略的にも正解だったねすごい』


『いや、これ初心者には大変だよなぁ、お疲れ』

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 労いと称賛の言葉がコメントに溢れる。俺も『お疲れ様! すごかった!』とコメントをした。特訓よりもかなり難易度の高い戦闘だったけど、無傷で冷静に戦えてたのは本当にすごいと思う。


『お。またピコピコ音が。Lv.3に上がりました! いいペースですねー。これ見ためじゃなに変わったか全然わからないと思うんですけど、まず疲れが一気に取れます。あと身体が軽くなります。動きが改善される感じですね。なので結構成長は実感できる印象です』


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『これ、元々経験積んでる人だと、レベル上がるごとに元の状態に近づく感じか』


『実際レベルどのくらいになれば一階突破できるんだろうな』


『やっぱボスとかいんのかね。攻撃通るかな……』

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『ボス……ボスかぁ。どうしたらいいですかね。この細腕で倒せるんでしょうか。やっぱレベル上げまくるしかないか……とりあえずレベル上がって元気になったので、先に進みたいと思います。あ、この部屋出口二つありますね。まっすぐと、左。取りあえず直進かな。ゴーゴー』


 先に進んでいく月子嬢を眺めながら、俺は少し考える。ボス戦……あんまり直接的なアドバイスは避けたほうが良さそうだけど、詰まったときに何か手助けできたらいいな。一度、挑んでみるかリトライダンジョン。


 ボスがどんな奴なのか、何に気を付けるべきなのか。俺自身はそれなりの冒険者でしかないが、月子嬢に比べれば経験は積んでいる。一階のボスが倒せれば、何か有用なアドバイスができるかもしれない。


「なんか……目標とか、日々の生活が、彼女のためになってきてるな」


 いいことなのかどうなのかわからないけれど、少しだけ、自分が変わっているのは事実だし、別に悪い気はしなかった。

 

 

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