第14話:休息

「お疲れ様でしたぁ、いや、なかなかよかったんじゃあないですか?」


 配信を終え、カメラを下したソルさんの言葉に私は笑う。


「何とかいい感じにまとまりましたよね、時間も長すぎないくらいで」


「最初っから長時間だと見てる方も疲れちゃうでしょうしねぇ。実際、ツキコさん自身もだいぶ成長できてましたし」


 ソルさんの言葉に、リクニスさんも頷く。


「うん。実際もっとグダグダになるかと思ってたよ。前の動画内容を見る限り素人以下だったもの。何かきっかけがあったの?」


「まぁ……まだ全然初心者ですけど、配信者なら、見ている人たちを楽しませなきゃならないじゃないですか。そう考えたときに、蜘蛛相手にまごまごしてるわたくしの絵面って全然面白くない! と思ったんで、いったん自分の意思は置いといてサクサク進めるようにしました」


「そ、そんな簡単に切り替えられるもの……?」


「さっきも言いましたけど、行動を後押しするのは理由と覚悟ですからねぇ。『ツキノさん』だったら難しかったかもしれませんが『ツキコさん』ならできますよ」


「あぁ、結構人格、切り替えてる感じなんだ」


「……スイッチを切り替えてる感覚はありますけど、一人称変えたりとか。そんなに違います?」


「俺から見てると結構違いますねぇ。ツキコさん。意思とか感情とか倫理観とか、『面白さ』のために不要なものは即捨てるでしょ。思い切り良すぎてちょっと怖い時ありますから」


「その言い方はなんか心外ですね。私はただのかわいい学生ですよ」


「まぁ、今はツキノさんですからね。その辺はおいおい本性が出てくると思うんで。……じゃ、リクニスさん。今日はご協力ありがとうございましたぁ」


「いえいえ、こちらこそダンジョンの宣伝させてくれてありがとう。いやー運営の方からね、もっと新鮮な若者の『死』をよこせっていう圧力があるもんでね、助かります正直」


 リクニスさんの言葉に少々背筋が寒くなる。


「…………ソルさん。わたくし達、これに加担していいんですかね?」


「ま、利用できるもんは何でも使っちゃいましょう、大丈夫、死にゃあしないんでね」


 まぁそうか。精々、若者には頑張ってもらいましょう。私も若いけど。


◆◇◆◇◆◇


 ダンジョンから移動して、メルトの街へと戻り遅めの夕食を取る。今日連れてこられたのはホテル近くにある大衆食堂のようなところだった。ソルさんがこういうところに来るとは思わなかったので、少し意外だ。


 店内は様々な種族の人たちが思い思いに話し、笑い、そして食べている。身に着けているものや所持しているもの、雰囲気。この人たちってもしかして……。


「ソルさん、ここって」


「ええ。冒険者の方々御用達の食堂ですよ。安くて速くて旨い。ツキノさんには場違いかもしれませんが、おそらくメインの視聴者層なんでね、どんな感じか知っといたほうがいいんじゃないかと思って」


 ……確かにそうだ。元の世界でVtuberを見ている層は、どちらかと言うとゲームマンガアニメのようなコンテンツが好きな、インドア派の人たちが多かったはず。しかし、この世界においては真逆。外に出て冒険をし、魔物を倒して日々仕事をしている、どちらかと言うとあらくれもの達。同じような戦略では、きっと彼らの心はつかめないだろう。


「ありがとうございます、ソルさん。めちゃくちゃ参考になります」


 店の隅っこに陣取り、人々を観察しながらお任せで頼んだ味の濃い料理を食べる。うまい。きっとお酒に合うとはこういう食べ物のことを言うんだろう。


「……やっぱり筋肉がしっかりついた人が多い。ダンジョン配信や訓練に食いつきが良いのもわかる。一方で魔術師系の方々は知的な印象。同じ冒険者でも趣味は結構ばらつきがありそう。やっぱり共通の冒険に関するネタがいいのかな……」


 私がぶつぶつ言いながらメモを取っているとソルさんがこちらを眺めながら料理を食べていた。……そういえば、この人はお酒とか飲まないんだろうか。


「ソルさんは飲まないんですか?」


「あぁ。そうっすねぇ、外ではあんまり。それよりツキノさん。こっち来てからずっと、毎日バタバタしてましたけど、お休みとか欲しいです? 明日とか一日オフにしましょうか?」


「オフ……?」


「ええ。その辺見て回ったり、買い物したり、好きな物食べたりとか。お金は一定支給するんで」


「……ソルさんは、お仕事ですか?」


「まーそうっすね。この件以外にもやること色々ありますし。おひとりで心配なら、誰か冒険者協会か魔術師協会の人間紹介してもらいましょうか?」


 うーん……。メルトの街は景色も良いし、観光のし甲斐はありそうだ。今後の活動のネタにもなるだろう。でも。


「いや、やめときます。それより早く、ダンジョン攻略したいですね」


「おや? いいんですか? 別にこちらははそれでも構いませんけど」


「ええ。ちょっと不安って言うのもあるんですけど、何より……どうせだったら、初見での観光も、動画のネタにしたいじゃないですか。『メルトさんぽ』。できないですかね?」


 今、私は個人としての楽しみよりは、配信者としての面白さを取りたい。


「あー、なるほど。一般の方が映らないように加工すれば、行けるかもしれないっすね。……でも、ツキノさんは、どうします? そのまんまで、ツキコさんとしてやれます?」


「あ、そうか。『わたくし』だと出歩けないですかねぇ」


 私自身はどこかの部屋で椅子に座った状態になるわけだし、そんなに遠距離で操作をするのは難しいような気もする。そもそもあの設備、この町にあるんだろうか。


「いや、できなくはないと思いますよ、そもそもMC体自体が遠隔操作を想定してますし、多分この町中だったらネットワークも完備されてると思うんで、設備さえ準備できれば。ただ……さすがにバレるんじゃないですかね」


「あ……そうか。冒険者なら『天乃月子』を知っていてもおかしくないんですね」


 冒険者協会の案件で顔と声を晒しているのだ。今の私は別人だが『天乃月子』として出歩けばおそらく気づかれるだろう。


「えぇ。わかる人にはわかっちゃうと思うんで、何かしら対処いりますねぇ」


「んー……じゃあ、変装、しますか。ジャージに着替えられるくらいだし、服装と髪型変えて眼鏡とかしたら、ぱっと見ではわからなくなるんじゃないですかね? 初回限定ですが」


 動画を配信する前だったら気づかれない気がする。


「たしかに。それ、面白いっすね。カメラも隠せるようにしなきゃならないですが、どっかでその企画やりましょう。設備の手配に加えて、町中とか、場合によってはお店とか、許可いるかもですが、その辺は調整するんで」


 実際、Vtuberさんも町中で撮影していたりするケースがあるので、実は一度やってみたかったのだ。


「初見の方がいいリアクションできると思うんで、観光はその時まで取っときますね」


「いいっすよ。ついでにこの町の魅力アピールにもなると思うんで、どっか支援してくれるとこないか聞いてみますね。案件にできれば金にもなるんで」


 食事をしながら、今後の活動について話す。ヤバいな。これ、めちゃくちゃ楽しいぞ。やりたいことは無限にある。今私は、夢を叶えている。


「じゃあ、明日はダンジョン攻略、行けますかね。せっかく訓練したし、その成果も試したいな」


「オッケーっす。リクニスさんに確認しときます。今回も生配信がいいっすかねー」


 明日の打ち合わせをしながら、笑いそうになる口元をごまかすように、パスタを口に詰め込んだ。――あぁ、幸せだな。ここへ来て、良かった。

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