第13話:特訓
「はい。ツキコちゃん、起きてー朝だよー」
「はっ! おはようございます。ここは……知らない天井……」
「ダンジョンの裏っかわだね」
「……さっきまでいたとこですね。アレ、わたくし死にました?」
起き上がりつつ、リクニスさんに質問する。ゴブリンに棍棒で頭をぶん殴られたのだ。ゲームだったら即死はしないだろうけど、何せひ弱なわたくしである。大型の猿にバットでぶん殴られたと考えたら死ぬかもしれない。
「ダメージ的には死んではいないんだけど、ちょっとこの後の特訓に差し支えそうだったんでいったん戻したよ。ここはテストルームだからね」
「そんな気軽に戻せるんですね!? 助かりますけど」
なるほど。ダメージを受けてもすぐ復帰できるのか。目を覚ますと先ほどのゴブリンが静止している。テスト用の魔物だから止めることもできるのだろう。手に持った棍棒に何らかの液体が付着していそうだが、一応、この配信の前にグロ描写の警告は出しているらしいので、きっとセーフ。
念のためコメント欄を見てみる。
『大丈夫かー?』
『よかった、帰ってきた』
『心臓止まるかと』
皆さんを心配させたようなのでカメラに向かってとりあえず手を振りつつ、声を掛ける。
「視聴者の皆さん、驚かせたと思いますが、わたくし元気ですのでー」
「うんうん。で、わかったと思うんだけど、ツキコちゃんの戦闘能力だと、最初のチュートリアル的な敵を倒すので精一杯。その先のちゃんとした魔物には全く通用しないわけ」
「確かに……でも、当たり前ですよね。何せ冒険者の訓練をするためのダンジョンなんだから、素人どころか貧弱なわたくしが突破できるようじゃ話にならない」
ど素人が挑んで簡単に進めるようなダンジョン、ただのアトラクションでしかない。
「その通り。でも、このダンジョンは技術的なところよりも戦略、戦術を重視しているので……戦い方さえ覚えてしまえば素人でも突破は可能。さっきも言った通り『今までの経験がリセットされる』ダンジョンだからね。元々のポテンシャルの差はあれど、成長による差はなくなっている」
「……ということは、ゲームで言うと全員レベルが1からスタートって感じなんですね」
「そうそう。そして敵を倒せばレベルが上がる仕組みなんだよね。だからここで大事なのは能力ではなく、知識と経験。ゴブリンと戦う際に、どういう立ち回りをするべきかを知って、それを行えることが必要」
「なるほど」
「というわけで、覚悟ができたので次は、知識と経験の蓄積パートです。魔物との戦い方――攻撃、防御、立ち回り。その辺の基礎を教えるね。私はその辺のエキスパートではないけど、ある程度の武器の使い方は知っているから」
「はい、お願いします! 師匠!」
「あ、ここから十分くらい、槍の使い方講座になるので、視聴者の皆様は適度に休憩などとりながらね、気軽に見ていただければ」
「そうですね、夕食時ですし、お食事など召し上がりながらお楽しみくださいねー」
◆◇◆◇◆◇
「はあっはあっはあっ…………」
十分後、疲労困憊で地面に倒れ伏すわたくしがいた。身体を動かすことに慣れていないものだから無駄な動きが多いのだろう。
「まぁ、基礎はこんなところかな……突く、叩く、払うの基本的な攻撃パターン。槍は扱いやすいしね。ただ懐に入られると弱いので、さっきみたいに一撃で倒せなかったらすぐにもう一撃。とにかく距離を取りつつ戦えるような立ち回りをしましょう」
「はい……ありがとうございます」
「じゃあ息を整えたら、再戦、やってみようか!」
「は、はいぃー、すみませんちょとお水……」
ソルさんからこっそり水を受け取り、飲みながらコメントの様子を見る。みんな飽きてないかな……。
『めっちゃ勉強になった。やっぱり基礎大事だわ』
『動きどんどん良くなっていくから見てて面白かった』
『リクニスさん教え方うまいな。参考にしよう』
おお。そうか。よく考えたら視聴者はみんな冒険者だから、武器の扱いや訓練は興味があるのか。普通なら練習パートって飽きちゃうと思ったんだけど楽しんでくれているようだ。
「よしっ! 準備オッケーです。リクニスさん、お願いします!」
「オッケー、じゃあやろうか! いでよゴブリン!」
「悪のボス感が凄い」
「まぁ、やってることダンジョンの悪い奴と変わらんしね、魔物召喚して初心者にぶつけるって。あと実際昔こういうことしてたし」
「そうなんですね――はっ、出た」
先ほど戦ったゴブリンと同じ、緑色の魔物が姿を現す。さぁ――今度こそ、勝ってやる。
こちらから攻めるのではなく、まずは様子を見る。距離を詰めるのではなく、近づけさせない戦い方。
「――来た!」
棍棒を手に、駆けてくるゴブリン。その動作にタイミングを合わせ、足元を槍で払った。力を入れ過ぎると次の動作に移れないので、余裕をもって。大事なのは力み過ぎないこと。ゴブリンは足が強靭ではないし、棍棒を手にしているので走ったときのバランスはあまり良くない。軸足を払ってやれば容易に転ばせられる。
「ギィッ!」
期待通り、ゴブリンは転倒した。距離を適度に保ちつつ、倒れた瞬間露わになった後頭部に槍を思い切り振り下ろす。突きは攻撃範囲が点であるため、狙いを外しやすい。突きの利点は攻撃速度だが、今回はそれよりも命中精度を求めたいので思い切り叩いた。ゴブリンは声も出せず気絶したようで、ピクリとも動かない。
「…………じゃあ、止めを」
心臓が高鳴る。これから行うのは、意識を失った生き物に対する、明確な殺傷行為。防衛の域を超え、自らの意思で止めを刺す。これがきっと、必要な覚悟。
槍を、緑色をした、人型の生き物の心臓に突き入れる。肉を裂き、何かを奪っていく感触。嫌悪感と同時に、少しの快楽があった。一瞬ビクリ、と跳ね、魔物はそのまま動かなくなり――光と化して消えた。
「――おめでとう、ツキコちゃん」
「はい――ふぅ……みなさーん、やりましたよー! わたくし、ゴブリンを初めて、倒しましたー!」
笑顔を浮かべ、カメラに向けて両手を振る。内心の葛藤は塵と消えた。今のわたくしに必要なのは、目的を達成したことに対する喜びを伝えること。それだけだ。
◆◇◆◇◆◇
「――はい、というわけでね。『素人がリトライダンジョン挑んでみた』第二回、特訓編、いかがだったでしょうか? 魔物から逃げ回るだけで何もできなかったわたくしが、目覚ましい成長をする姿、見せられたのではないでしょうか! 今回は生配信&コラボという豪華仕様でしたが、次回はまた、わたくし一人でダンジョンに挑戦する形になると思います。今回の特訓の成果、お見せできるように頑張りますので、ご期待ください! では最後に、師匠ことリクニスさん、感想などお願いします!」
「いや、本当最初はどうなるかなーと思ったんですけど、ツキコちゃん言われたことちゃんとやって頑張ってくれたのでね、今回の結果につながったと思います。これからの挑戦も、私はすっごく楽しみにしてるので、頑張ってくださいね! また、何か困ったことあったら、いつでも呼んでください。今日はありがとうございましたー! これで興味を持った冒険者の皆様はぜひぜひ『リトライダンジョン』へ挑戦してみてくださいねー」
「リクニスさんありがとうございましたー! 次回の予定はまだ決まっていないので、わたくしのアカウントから告知をさせていただく形になると思います。皆さま、よろしければ登録よろしくお願いしますね。それでは! 異世界からさようなら。本日の配信は天乃月子と」
「リクニスがお送りいたしました!」
『それじゃあ、さようならー!』
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