ライブ#1:魔法の言葉
その日は朝から緊張していた。別に自分がライブをするわけでもなんでもない。ただの観客だ。気楽に、ただの休日の娯楽として楽しめばいいはずなのに。
「――そんなわけには、いかないよな」
コペルフェリアに向かう鉄道の中で俺は呟く。頭の中では昨日のツキコ嬢の配信を思い出していた。ライブ前日ということで喉を酷使しないように短時間だったが、込められていた言葉は切実だった。
『恥を忍んで言わせてもらいますね。皆さんどうか、明日はわたくしに『魔力』を込めた声を届けてください。現地の人は、マイクが拾ってくれます。配信の方は、『Magic Chat』でお願いします。――どうか、わたくしに、ライブを最後まで、続けさせてください』
深々と頭を下げるその姿をみて、彼女自身がそれだけ切羽詰まっていることを理解した。
「魔力、か」
魔力を捧げる、というのは、例えば金銭に比べれはハードルは低いように思える。ただそれは、俺自身が冒険者としてそこまで忙しくしておらず、パーティも組んでいないような状況だからだ。
魔力はあらゆる場面で消費される。戦闘はもちろん、例えば重いものを持ち上げる、長距離を歩く、全力で走る。そんな日常動作を楽にするための原動力が魔力だ。大量に消費すれば回復には日数が必要になるし、翌日に戦闘や冒険の予定があれば、おいそれと他人に魔力を渡すことは難しい。
「メルトの町の視聴者の大半は、冒険者だろうしな」
メルトとコペルフェリアでは、冒険者になると情報端末が支給され、それが身分証明も兼ねる。俺の端末にも『シリウス』という名前や顔写真が表示されるようになっているが、基本的に動画や配信を見るのはこの端末を用いることが多いのだ。一般人が個人的に買おうとすると維持費も含めて結構高額なため、自然と配信視聴者は冒険者が中心となる。
「俺みたいな暇な冒険者が、どのくらいいるか」
駆け出しの冒険者は依頼をこなすことに必死だし、何日も拘束されることもざらだ。ダンジョンへ潜ったり、護衛や討伐任務で町を離れることも少なくない。コペルフェリアかメルトの町以外には、動画視聴できるほどの魔力回線がほぼないため、遠方から応援することも難しい。
「――せめて俺くらいは、全力で応援しないとな」
今日からしばらく予定はあけてある。いざとなったらぶっ倒れても良いくらいの覚悟で来た。コペルフェリアに到着後、食事を取ったら宿に荷物を置いて、ライブ会場の下見をする。まだ入場時間には少し早いので、おそらく誰もいないだろう。
「――嘘、だろ」
会場であるライブハウスの周辺には、ラフな格好をした様々な種族の人々が集まっていた。三十人程度だろうか。若者が多そうだが、種族がバラバラなので年齢はよくわからない。――よく見ると、メルトの冒険者協会で見かけた連中が結構いた。
「あれ? シリウスさんじゃないっすか。もしかしてライブに?」
話しかけてきたのはたまにパーティを組んで依頼を受けたこともある後輩の獣人だった。
「あ、ああ。お前も来てたんだな……」
「ええ。そりゃもう。初回配信からのファンですから。しかし、意外っすね。みんなからツキコちゃんの話とか聞いたことなかったのに、実は見てたなんて」
よく見ると、そこかしこでファン同士の交流が行われていた。漏れ聞こえる会話からは、俺たち同様、お互いファンだったことを知らなかった、というのが多そうだ。
「シリウスさんなんか、全然興味なさそうなのに、なんでライブに来るくらい、ハマったんです? いやツキコちゃんがめちゃくちゃ良いのは俺も知ってるんですけど。こんなに同士がいるとは思ってなかったんで」
「俺も、今日は一人かもしれないとさえ思ってた。ハマった理由か…………初配信でさ、彼女、天井に押しつぶされて死んだだろ?」
リトライダンジョンへと挑んで行った日のことだ。
「あぁ、そうですねぇ。完全にド素人って感じで、モンスター倒せなかったんすよね」
「あの時さ、潰されながら、『絶対クリアしてやる!』って、配信終わりがけに叫んでたんだよ」
「あぁ、なんかあったような……」
「それ聞いてさ、めちゃくちゃ頑張ってるなこの子、って思ったのがきっかけかな」
アレはリトライダンジョンの宣伝のための配信だったんだろうが、それでも彼女は真剣で、一生懸命で、必死だった。――アレは、今の自分にはないものだ。きっと懐かしさを感じたんだろう。駆け出しの頃、すべてに全力で、何物にも前向きだったあの頃を、思い出させるような、彼女の姿勢に。
「そうっすよね、頑張ってるのが見てて伝わってくるというか。実際、一階クリアまでいったの、ホント凄かったし、感動しました俺」
実際、彼女はやり遂げた。最終的には『魔法』なんていう特殊なことを起こして突破したけど、そこまでの彼女が積み重ねた道のりはとても誠実だった。
「そうだな。……そんな彼女に会えるなら、助けになれるなら。そりゃ来るさ。鉄道使ってでも、な」
「そうっすね。たぶんポイントは人それぞれでしょうけど……ここにいるみんなは、そんな気持ちで来たんでしょうね。いやぁ、自分のことみたいに嬉しいっすね」
俺も思わず笑みを浮かべた。いつの間にか、開場時間だ。人数も先ほどより増えている。俺は導かれるまま、ライブハウスに入っていった。
――ツキコ嬢。あなたを応援する人は、これだけたくさんいます。俺たちが必ず、ライブを続けさせます。だから、どうか、楽しんで。
◆◇◆◇◆◇
ライブハウスの中は薄暗い。開園までの間にお客さんはどんどんと増え、いつの間にか百人を優に超える人数が押し寄せていた。……いやホント、どこから来たんだ? こんなに。コペルフェリアの人も結構いるんだろうな。
俺がいるのは大体三列目くらい。ステージは結構高い。客席に向けてマイクがいくつも設置されていて、あそこに魔力を込めた応援を投げかければよいということなのだろう。魔力を何かに込めるのは、冒険者の基礎知識だ。ここにいる人たちはきっと簡単にできるはずだ。
開園時間になり、照明が消え、BGMが大きくなった後――消えた。いよいよ、始まる。心臓は高鳴っていたが、来る前の不安感はもうなかった。あとは純粋に、楽しみだという気持ちだけだ。
――照明が灯り、少女が壇上に映し出される。いつもの制服姿だ。衣装などあるのかと思っていたから、少し意外だった。
流れ出した曲は、エルメスというアイドルが歌う曲のカバー。確か……地味な少女が魔法でドレス姿に変身し、舞踏会へと出かける。そんな感じの童話を題材にした曲だったはず。
曲に合わせ、ツキコ嬢は――いや、天乃月子は踊り、歌う。緊張など微塵も感じさせない発声と、キレのあるダンス。正直、選曲は意外だった。今までの歌配信では聞いたことがなかったからでもあるが、もっとかわいらしい曲が好きなのかと思っていたからだ。
――おしゃれな馬車に乗り込んで、魔法の言葉でドレスアップ!
サビに向けての盛り上がり。歌の中で、少女は魔法を掛けられた。――その瞬間、天乃月子の衣装が輝き、地味な制服から、ドレスを基調としたステージ衣装へと変わる。自分も含めた観客から、驚きと歓声が上がった。それだけ、魔法で変身した彼女はとても美しく、かわいらしかったからだ。
――言葉一つで世界は変わる。さぁ皆さんご一緒に!
サビに突入すると、とある言葉が繰り返される。それは、この歌の元になった童話で紡がれた呪文。すなわち、魔法の言葉。――まさに、『Magic Word』だ。俺たちもその言葉を繰り返し、彼女に声と魔力を届ける。
不安も、戸惑いも、緊張も。観客にも彼女にも存在しなかった。ただ体の動くまま、声の出ていくままに、魔力を込める。音楽と、人と、世界が一体になる感覚。
――魔法の言葉が、場内に飛び交った。
やがて、天乃月子の歌は終わり、彼女は笑顔と共にポーズを決める。
その瞬間、客席からは大きな歓声が上がった。きっと配信でも同じだろう。もう大丈夫。このライブは、間違いなく成功する。
だって、こんなにみんな、笑っている。
――最高の気分だ。たぶんこの場にいる、みんなも。そして、ステージにいる、彼女も。
かくして、ライブは最高の形で幕を上げた。
=============
歌詞部分を少し修正しました 2024/11/14
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます