第26話:リハーサル
「いや、なかなか面白い展開でしたねぇ」
ソルさんの言葉に私は思わず笑う。まさかあんな簡単に『世界』からの答えがもらえるとは思っていなかった。
「見ててもらえるとは思いませんでしたが……でもこれで、ライブは行えそうですね」
「えぇ。もちろんこの後、具体的にどうやって『声援』を集めるかは考えなくてはなりませんがね。ま、レグルスさんとも相談しますよ。取りあえずツキノさんは練習あるのみ、ですねぇ」
マイクの設置場所、方法等考えることは色々あるだろう。でも、私は何より練習だ。……そういえば、ライブって、いつどこでやるんだっけ?
「ソルさん、ライブの日程と場所って、決まったんでしたっけ?」
「あ、そうですね。仮押さえしてたんですけど問題なくいけそうなんで、準備進めましょう。今から――ちょうど二カ月後、ですねぇ。場所はここ、コペルフェリアにある、ライブハウスです」
「ライブハウス……屋内なんですね」
当たり前と言えば当たり前か。野外となると天候や機材の問題もあるし、そもそもそう多くの人が来てくれるかはわからない。今の『天乃月子』のチャンネル登録者は千二百名くらいで、そのうち足を運んでくれる人がどのくらいいるかな……いや、そもそもお金払ってくれるような人がいる? ……不安になってきた。
「キャパは二百人くらいですかね、スタンディングだと。まぁ今回は実験的要素が強いですし、ライブとしても短時間なので、無料にするつもりです。配信でも同時中継しますしね」
二百人!? そんなに来るか……? でも、無料か、それなら来てくれるかも。別に会場を埋める必要はないわけだし。ただ――。
「大丈夫なんですか、その、コスト面とか。会場を借りるのもそうだし、エルメスさんとかライラさんとか、色々な方ご紹介いただいて曲の準備とかもして、結構お金かかってると思うんですが……」
「そこはね、ご心配なさらず。投資なんで。……実際、『魔法』の発動や『世界』との交流。新たな技術の発現なんかを考えると、貴重なデータをたくさんいただいてますからねぇ。魔術士協会としてはおつりが出るくらいの価値を出してくれてます。それに――あなたは必ず、もっと大きくなる。その時に、何らかの形で返してくれれば大丈夫ですよ」
「……はい、ありがとうございます!」
私は頭を下げた。本当、この世界へ来て、良かった。
「さ、これから忙しいですよ。練習に加えて告知もいるし、ライブの具体的なところも詰めないと。まぁでも……まずは楽しんでください。あなたの『Vtuber』としての、お披露目です。お客さんに会える、初めての機会ですからねぇ」
そうだ。『天乃月子』のお披露目でもあり、同時に初めて視聴者のみんなに会える機会でもあるんだ。――気合を入れて、頑張ろう。何より、楽しもう。そして、楽しませよう、みんなを。
◆◇◆◇◆◇
それからの二カ月間は本当に忙しかった。明確に目標が決まったので、レッスンや曲作りの密度も上がり、普段の配信も頻度を上げて宣伝を行った。雑談だけでなく、ギターやピアノの弾き語り配信も試しにやってみた。ただ、これは『天乃月子』としてではなく、顔を出さない音声だけの配信だ。正直『天原月乃』としての歌になってしまうので違和感はあったが、あまり雑談はせず歌に集中しての配信だったので、特に問題はなく、むしろ評判は上々だった。
他にもリクニスさんと一緒に初心者冒険者向けの動画に参加したり、エルメスさんの配信に声だけでお邪魔して少し歌わせてもらったり、他にも色々な案件や、動画など、とにかく露出を増やし、ライブの宣伝をした。登録者も段々と増え、今では千五百人程度にはなっている。そして――。
「じゃ、最終リハーサル始めるよー。ツキコくん。魔力がもったいないので、最小限、ワンコーラス歌と踊りをして、自分で違和感がないか確認してみて。私たちもこちらからチェックするから」
ライブハウスに不似合いな白衣を着たレグルスさんに促され、『わたくし』はリズムに合わせてダンスを披露する。エルメスさんの楽曲のカバーだ。
既にライブ全体としての通しリハーサルは『天原月乃』の姿で終わらせている。魔力の兼ね合いでどうしてもそうせざるを得なかったのだ。『天乃月子』としての確認は、このワンコーラスだけとなる。……正直、不安が大きい。
エルメスさんの曲はリズムやメロディが独特で、どちらかと言うとダンスが映えるような楽曲だ。少しでも気を抜くと歌と踊りがバラバラになってしまう。表情も含めて気の抜けない楽曲だが、知名度も高いので、ここでお客さんに楽しんでもらう必要がある。
「――――!」
魔法で地味な姿からドレスへと変身し、自由に歌い踊る少女の物語を歌唱する。――歌詞が自分にぴったりで、初めて聞いたときは驚いた。
わたくしがお客さんの『声援』なしで歌えるのは一曲だけ。
せっかく魔法で変身しても、お客さんからの『魔法の言葉』がもらえなければ、変身は解け、一夜限りのパーティはそこで終わる。ゼロ時まで踊るなんて夢のまた夢。馬車に乗ることすらできず、その場から身を隠すしかないのだ。
声が震えそうになる。心臓が早鐘を打ち始める。まだお昼過ぎで、ライブが開始される十八時まではだいぶ時間がある。当然お客さんの姿なんて影も形もない。だけどわたくしは緊張感でいっぱいだ。
――もし、誰も来なかったらどうしよう。
――来ても、楽しんでもらえなかったらどうしよう。
――楽しめても、応援が貰えなかったらどうしよう。
無料のライブなので、チケットなどはない。何人が来るか、全く予測できないのだ。
配信上では、みんな行くと言ってくれていた。でも、彼らのことをわたくしは知らない。本当に、わざわざ時間を割いてきてくれるのか?
視聴者の多くは、ここコペルフェリアではなく、メルトの住人だ。鉄道を使わないと来られないから、ライブ自体が無料でも交通費は発生する。
配信で見てくれる形でも構わないのだが、現地のお客さんが少ないとこの場は寂しくなりそうだし、ライブ自体が盛り上がるかどうかが心配だ。
そんな思いが頭の中を駆け巡る。そうこうしている間に、最終リハーサルは終わった。わたくしも『天乃月子』から『天原月乃』に戻る。声と踊りは特に問題はなさそうだったが……。
「うん。各データを見る限り、問題はなさそう。ただやっぱり、補助なしだと一曲が限界だね。二曲目始まってすぐに『Vtuberの身体』は消えてしまうだろう。つまり……この一曲で、お客さんから魔力をもらわないとならないってことだ」
レグルスさんの一言で、心臓が跳ねた。……そうなったら、天乃月子はその場から消え、天原月乃に戻ってしまう。一応、その場合は素早く照明を落として退場する手筈にはなっているが――おそらく、『Vtuber』として今後活動していくのは難しくなるだろう。
「――はい、わかりました」
つまりこれは、『わたくし』の人生を懸けた、ライブなのだ。一応、ライブをするために『Magic Word』。つまり、魔力を込めたコメントや声援が必要であること、足りないとライブが中断してしまう可能性があることは、お客さんに事前に伝えてはいる。魔力を込めた声援を取り込むための特殊なマイクは会場の至る所に設置済みだ。――でも、うまくいくかどうかは、まったくわからない。
「ツキノさん」
ソルさんがステージの下から声を掛けてきた。
「は、はい。何か気になることでも……?」
「いやー、表情強張ってますねぇ。こういう舞台、初めてでしたっけ?」
ソルさんはいつも通り飄々としている。その様子を見て少し落ち着けた。
「はい。一人で、というのはほとんどないですね……小さなころにピアノの発表会に出たくらいで」
一応合唱部で人前で歌った経験はあるが、それは多くの中の一人として、だ。こういった形でのライブは全く未経験である。
「ま、そりゃ緊張しますし、しかも失敗したらどうしよう、とか考えちゃいますよね。死にゃあしないとはいえ、今後の活動にも関わることですし」
「……お客さんが来るかどうかも不安だし、まともにパフォーマンスする自信が無くなってきました」
こんな状態で、歌って踊ることはできるのだろうか。――今日までに、何度となく夢を見た。頭が真っ白になり、歌詞を忘れ、お客さんに失望される。そんな想像が、ずっと頭から離れない。
「ま、難しいですよね。……俺はね、別にステージに立つような人間じゃないんで、あんまりいい励まし方は分からないんですが、ちょっとだけ」
「……はい」
「ツキノさん。あなたはこのライブ、どんなものだと考えてますか?」
「……私の、人生にとっての大きな、分岐点で、挑戦だと、思ってます」
ここで成功しなければ、この後はもう、ない。それくらいの覚悟で、私はここにいる。
「そうですね。ツキノさんにとってはそれくらい大きなもの。――でも、お客さんからしてみたらどうでしょうかね」
「えっ?」
「言い方は悪いですが、ちょっとした娯楽、って人が多いんじゃないかと。例えば配信だったら、夕食を食べながら、部屋の片づけをしながら、もしかしたら訓練なんかをしながら」
「……はぁ」
「来る人だってね、無料のライブですから。ちょっと近所への散歩のついでに。ご飯のついでに、旅行のついでに。そんなもんですよ、きっと。――もし、失敗したって、怒る人なんかいやしません」
「でも、もしかしたら、すごく『天乃月子』の歌を聞きたくて、とても楽しみに思っている人が、いるかも」
「かもしれません。じゃあツキノさん。大好きなVtuberさんが、ライブでちょっと失敗してしまいました。あなたはその人を嫌いになりますか?」
「――あ」
「もしかしたら、笑いに変えられるかもしれない。後々の配信のネタになるかもしれない。その失敗を、かわいいと思ってもらえるかもしれない。別に、失敗は終わりじゃないですよ。うまく活かしてやればいい。それに、まぁ俺とか、みんないるんでね、フォローはちゃんとしますから。大丈夫」
優しい声だった。そっか。別に、そんな深刻に思わなくたって、いいんだ。私にとっては人生掛かってても、みんなにとっては休日のちょっとした楽しみだし、失敗しても、何にも変わらない、か。
「お客さんが見たいのはね、楽しんでいるあなた、ですよ。失敗しても、演者さんが最後に、楽しかった、って言ってたら、笑って帰れます。――だから、あなたがやらなきゃいけないことは『失敗しないこと』でも『楽しませること』でもない。何せ素人に毛の生えた程度の初舞台だ。楽しみましょう。それだけでいいですよ。そしたらみんな、応援してくれます」
ソルさんの言葉に、涙が零れそうになった。大丈夫だ。私は――『わたくし』は、絶対に楽しめる。だって、あれだけ頑張ってきた。それを見せられる機会だ。最高に嬉しいじゃないか。
「はい――ありがとう、ソルさん。なんだか、ワクワクしてきました」
「いいっすねぇ。じゃあ、この世界、変えちゃってください」
「ええ、楽しみにしててくださいね」
――『わたくし』の歌と踊りを。夢を。世界へ、届けてやろうじゃないか。
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