素人がリトライダンジョン挑んでみた#5 ~完結編~

 状況は絶望的だ。月子嬢はミノタウロスに腹部を掴まれ、苦しそうに何かを呟いている。俺にできることはシリウスという名前でコメントを送り応援をすることだけ。――でもきっと、彼女の目には入らないだろう。


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『大丈夫ですか!? 頑張って!』

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 コメント欄が応援のメッセージで溢れていく。――でも、何の意味もない。この言葉は、彼女に認識さえされずに消える。俺たちの想いは、何の役にも立ちはしない。


「――この想いは、?」


 苦しみながら問いかけた、月子嬢の言葉。しかし、何も起こらなかった。その後、彼女は意識を失ったらしく、力なく項垂れる。


 くそ。これで終わりか……ミノタウロスとの戦闘経験を生かしたもうちょっと気の利いたアドバイスができれば、もしかしたら結果は変わっていたかもしれない。


 彼女も言っていたが、やり直すことはできる。それがこのダンジョンだ。でも――ここしばらく彼女の配信を見て分かった。『今』は、何よりもかけがえのないものだから。最後まで諦めまいとした彼女の気持ちは痛いほどわかる。


「――せめて、何かできることがあれば――」


 コメントを見る限り、みんな同じような想いらしい。そんな時、ふと、真っ赤なコメントが、画面上に流れた。


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『新機能【Magic Word】:魔力を込めてコメントすると、配信者に届きます』

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「……なんだこれ。新機能……? そんな馬鹿な――」


 でも、もしかしたら。月子嬢の最後の言葉を思い出し、俺は魔力を込めながら、たった一言を打ち込んだ。


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『がんばれ!』

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 今までとは違う、黄色い背景のコメント。それが画面上に映し出された途端――月子嬢が光に包まれた。


「……え?」


 Magic Word。魔法の言葉。――これが、彼女の願った『魔法』なのか?


 その直後、画面上が虹色に染まる。コメント欄を見ると、色とりどりの応援のメッセージで溢れていた。


 ――そして。


『――いつまで、掴んでるんですかっ!』


 光に包まれた月子嬢が目を覚まし、ミノタウロスの手をやすやすと振り払っていた。そのまま飛び降り、カメラに向けて笑顔を向ける。


『はい! 改めて天乃月子です! いやー、わたくしなんかやっちゃいました? やっちゃいました! ということで――魔法、発動でーす!!! いや、世界ちゃんも話が分かるね。うん。ということでね、説明にあった通り、皆さまが魔力を込めてコメントを打ち込むと、その魔力がわたくしに届くという画期的な仕組み『Magic Word』が導入されましたー!』


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『……え? これ、ヤバいだろ。魔法が生まれる瞬間を見たってこと?』


『ていうか、何もんなのこの子。普通は魔法なんて使えないぞ」


『実際に魔力大量に注ぎこんだら送れたっぽいけどすげー疲れる。要注意な』

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 いろいとりどりのメッセージと共に、コメント欄が賑わう。それはそうだ。魔法なんてお目にかかる機会滅多にない。しかも……こんな、既存のシステムに新機能として実装されるなんて、普通じゃありえない。――異世界人、だからなのか。それとも『Vtuber』だからなのか。


『皆さん『Magic Word』ありがとうございまーす! 本当はですね、送ってくれた方一人一人の名前を読んだりしたいところなのですが……ちょっと今日は牛さんがいらっしゃるのでね。後日またお時間を取らせてください! ――さぁ、始めますよ。逆転勝利の時間です!』


 月子嬢は画面越しに見てもわかるくらい魔力が満ち溢れている。そりゃそうだろう。今配信を見ている人はどんどん増えて五百人近い。そのうち半分以上は『Magic Word』を送っていそうだ。それだけの魔力が体に満ちていれば、強化魔術を使うだけで凄まじい力を得ることができる。


『グオオオオオオオオオ―!!!!』


 ミノタウロスはその様子を見ても臆することなく、斧を構え突進してきた。先ほどまでであれば躱すことすら難しい速度。だが。


『へぇー。魔力がいっぱいあると、こんなこともできるんですね』


 月子嬢は巨大な斧を右手の平で挟むように受け止めていた。――圧倒的だ。


『とぉっ!』


 いまいち気合の入らない声ではあったが、少女はミノタウロスの斧を振り払うと、頭の高さまで跳躍し――思い切り顔面を蹴飛ばした。巨大な魔物はそのまま吹っ飛び、地面に倒れこむ。


『無双感を味わうのもアリかもしれませんが……わたくし時間をかけるのは趣味じゃありませんから、これで、終わりにします!』


 ミノタウロスに駆け寄って繰り出された、特に威力があるようには見えない少女の正拳突き。それが魔物の体に触れた瞬間――巨大な牛頭人身の化け物は、宙を舞い、ダンジョンの壁に突き刺さった。そのままピクリとも動かず、光となって、消える。


『――やった! 勝ちましたよー!!!! 皆さん見てますかー!!!!』


 コメントは呆気にとられた驚きの後、一気に喜びの声で溢れかえった。


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『うおおおおおおー!!!!!』


『マジか! こんなあっさり!?」


『これチート能力じゃね!? 配信者、強すぎ!』

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『ふうー。いや。一時はどうなることかと思いましたが、皆さんのおかげで助かりました。――これ、比喩でもなんでもなく、事実ですからね。本当にありがとうございます。みんなのおかげで、勝てたんですよ』


 コメント欄は喜びと考察と、そして賞賛の声で溢れかえっている。俺も騒ぎたい気持ちだったが、それ以上に、なぜか、泣きそうになっていた。冷静に展開を考えたら、ご都合主義で、無理やりな話だ。でも、少女は諦めなかった。必死になって、最後には、世界に呼びかけて、魔法で新機能を生み出した。そして――。


「俺たちに、参加する権利をくれたんだ」


 そのことが、たまらなく嬉しかった。彼女は自分だけを強くするのではなく、あくまで配信者として、視聴者と一緒に戦った。――それが、とてもありがたい。


『――さて、名残惜しいところですが、今回の配信は、これで終わりとなります。リトライダンジョンの配信許可は一階まで、ということでね。これから先は皆さんぜひ、自分の目で確かめてください。あ、でもわたくしみたいにコメントの力は借りられませんからね。自力で頑張ってください。皆さん冒険者なら、できますよね?』


 こんな言葉を掛けられて、できない、なんていうやつはいないだろう。


『いや、しかしわたくし凄くないですか? 魔法、生み出しちゃいましたよ。褒めてください。ふふん。これで一人前の配信者としての道のりを登りましたね』


 興奮に頬を紅潮させ、得意げな顔で腕組みをする月子嬢。なんか、いいなこの表情。もうすっかりファンになってしまった。


『次の配信は、今まだどうするか考え中ですが、どこかで『Magic Word』投げてくれた方のお名前読みをしつつ振り返り雑談でもして……そのあとはね、わたくしのやりたいことに挑戦できればと思ってます。詳しくはまた、SNSで告知するので、フォローをして待っていてくださいね。――では、そろそろ締めたいと思います。異世界からさようなら。本日の配信は、天乃月子がお送りしました。さようならー』


 配信が終わり、黒画面になる。流れていくチャットの最後に一つ、『Miss World』の文字と赤い『なかなか面白かった。今後にも期待する』の文字。そして――。


 天乃月子のチャンネル登録者数は、いつの間にか千人を超えていた。




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ここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございます!


だいぶ趣味に走った作品で、おそらく書いている本人が一番楽しんでいました。


少しでも、その気持ちがおすそ分けできていたら嬉しいです。


本作品はここでいったん一区切りして、この後は『ライブ編』を書いていきます。


しばらく構想と執筆のお時間をいただきますが、お待ちいただけると幸いです。


面白かったらぜひ高評価ボタン――ではなく、いいねと★をよろしくお願いします!


2024/09/07 里予木一

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