素人がリトライダンジョン挑んでみた#2 ~特訓編~
『はーい! 異世界からこんばんは! 天乃月子ですー! 皆さん、昨日の動画、見ていただけましたか? 前回は色々と……ね、醜態をお見せしましたので。本日は、特訓パートです! 特訓ということはね、師匠が必要なので、本日は色々と教えてくださる方をお呼びしてます。――では、ご紹介します。こちら、冒険者協会のリクニスさんですー、皆さん拍手!』
本日午前中にSNSに流れてきた投稿、『素人がリトライダンジョン挑んできた#2 やります! 今度はなんと生配信!? 夕方六時から皆さんお楽しみに!』という告知に釣られ、俺は夕食を買い込み、端末を傍らに食事を取っていた。生配信ということだが、例えば映っている人物にテロップが出ていたり、今日の配信タイトルが画面下部に映っていたりするので今のところそこまでライブ感はない。だが……。
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『こんばんはー』
『ツキコちゃん頑張れー』
『特訓回楽しみ』
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Mtubeの機能として『コメント』がある。これは、配信されている映像に対してリアルタイムでコメントがつけられて、それを見ることができるのだ。これがあるだけで『みんなで同時に見ている一体感』が生まれて楽しい。俺もシリウスというアカウント名で『こんばんは』と書き込んだ。
「そういえば、リクニスさん、って確か育成科とかでリトライダンジョン推進してる人、じゃなかったかな……」
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『リクニスさん知ってる』
『おお、あの人が教えてくれるのか、いいね』
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俺の呟きと合わせて、コメントでもいくつかの反応が出ていた。結構有名人だよなやっぱ。
『はい、皆さんこんばんは。冒険者協会育成科のリクニスです。ご存じの方も多いと思いますが、本日は『天乃月子』さんの特訓を、していきたいと思うので、宜しくお願いしますー』
『よろしくお願いします、師匠!』
『お、師匠呼びいいね。じゃあ私は『弟子』と呼ばせていただこう』
『結構ノリいいんですね』
リクニスさん、直接会ったことはないが、名前は聞くし見かけたことはある。灰色の髪をした、妙齢の美しい女性。本日はジャージ姿だ。
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『リクニスさん美人だなー』
『目の保養』
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コメントでも彼女の外見について言及している人がいる。あんまりこういうの言わない方がいいのかな。難しいところだ。
『はい、じゃあさっそく、特訓に移っていきたいと思うんですが、師匠。その前に簡単に『リトライダンジョン』の説明をしていただいてもよろしいでしょうか? その間にわたくしはですね、ちょっと生着替えをしたいと思います。さすがにね、制服姿だとちょっと運動しづらいんで』
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『生着替え!?」
『きたー!!!』
『期待』
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コメントキモイな。
『うん。それはいいんだけど……前の動画ではその格好のまんまダンジョン挑んでなかったっけ?』
『セーラー服は戦闘服なんでね。本番はいいんですけど、やっぱ特訓はジャージかなと』
『よくわからんなぁ……それ異世界常識? まぁいいや。じゃ、簡単にリトライダンジョンの説明、していきたいと思います。リトライダンジョンとは?』
リクニスさんの言葉に合わせて、ちょうど月子嬢がいた位置に巨大な説明文がドン! と表れた。なるほど……この裏で着替えてるのか? ほんとに生着替えか? 彼女、多分実体じゃないと思うんだけどどう着替えるんだろう……。
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『説明文どかして』
『カメラ角度変えて』
『説明聞けよ』
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コメント欄には常識的な人もいるようだ。俺も何か書いてみようかな。
『はい、説明も出てますね。まぁ書いてある通り、リトライダンジョンは『死んでも初めからやり直せる』ダンジョンです。この特性から冒険者、特に初心者の育成によく使われます。でも、このダンジョンは普通とは違う箇所がもう一つあって……ちょっと説明、1枚めくって? そうそう。――はい、これ。『今までの経験がリセットされる』ダンジョンでもあります。これは、どんなにベテランの冒険者であっても、駆け出しの時と同じ肉体や魔力、装備で挑むことになる、っていうこと。つまり『ごり押しがきかない』ってことです。ちゃんと敵の特性に合わせた戦術を練って、弱点を突かないと、勝てない」
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『へー。知らんかった』
『やり直しは知ってたけど、経験リセットは初耳』
『じゃあすげー強い人と一緒でも戦い任せられないのか』
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『――それって、例えばめちゃくちゃ強い魔導具を持ってたとしても、ダンジョンでは使えないんですか?」
ひょこっ、っと説明文の横から月子嬢が顔を出した。もうジャージ姿のようだ。
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『かわいい』
『着替え早くね?』
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『お。弟子。着替えたか。そうそう。最近ってとりあえずお金かけて強い魔導具買って、初心者のうちからガンガン冒険進めてランク上げてく、って人も結構いるんだけど、そういう人達は基礎が身についてないから、その魔導具が通用しない状況になったとき弱い。そういう冒険者の育成もできるよう、基本的このダンジョンに挑むときは支給された武器と道具だけの状態からスタートするってわけ』
『確かに。わたくしもよくわからないながら槍を選んでリュック背負ってスタートしました。全員アレが初期装備、ってことなんですね』
なるほどな。確かに強力な魔導具や、強い魔術でごり押ししていて、基礎が身についていないパーティも結構いると聞く。そういった人たちの育成にも使えるダンジョンなのか。
『そ。まぁこのダンジョンの成り立ちとか、誰が運営しているのか、とかはね、冒険者協会に資料も色々あるし、必要なら私に声かけてくれれば説明をするんで今回は省略します! じゃ、さっそく本題に行きましょう」
リクニスさんの言葉に合わせ、説明文が消滅し、ジャージ姿の月子さんが姿を現す。
『はい師匠! ……ところで師匠、わたくしたちがいるここって……』
画面内で二人が立っているのは、本当に何もない白くて広い部屋だ。
『ここはね、この動画で初公開! リトライダンジョンの裏側。開発者しか入れない、テストルームです!』
『おお、すごい! そんなところが……!』
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『うおおおおおお!』
『マジか、すごくね?』
『めちゃくちゃ貴重じゃんこの配信』
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『私はね、今でこそ冒険者協会の育成科にいますが、その前はリトライダンジョンの運営を手伝ってたもんで、その関連でここに入れてもらえてます。普通の人は入れないからね、ここだけ、という感じで』
『そんな貴重な場をここで公開していただきありがとうございます……で、リクニスさん。わたくしはここで何をすれば?』
『……ツキコさん。あなたの動画。見ました。あなたには……覚悟が足りない!』
びしっ、と指を突きつけるリクニスさん。思ったより芝居がかっている。
『か、覚悟……!』
『そう。魔物を倒し、先に進むという覚悟。そして、もちろん実戦経験もね。本来であればそれをリトライダンジョンで積み重ねてもらうわけなんですが……ツキコさんそもそも冒険者でも冒険者志望者でもないので、さすがにそれは酷、ということでこの場を設けております。じゃあさっそく……』
『さっそく?』
『こいつを、倒してもらいます』
リクニスさんの言葉に合わせて、二人の間に子供くらいの蜘蛛が現れた。ダンジョンで月子嬢が翻弄された魔物だ。
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『テストルームってこういうことか』
『いや、無理じゃね?』
『いきなり実戦形式か、結構ハードだ』
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「前逃げ回ってたしへっぴり腰だったけど……大丈夫かな』
自然と、指が文字を撃ち込んでいた。
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『頑張れ、応援してます!』
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俺の言葉がコメント欄に反映される。――届いているかはわからないけど、想いを伝えられたことが、嬉しかった。
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