第25話:ホラーのお約束

 

 ◯◯するだけの簡単なお仕事。

 それは絶対に引き受けてはならない依頼の文言である。


 地下迷宮【死霊の洞窟】。

 その名の通り、アンデッド系の魔物が数多く棲息していることから、冒険者ギルドより【ダンジョン】として認定された洞窟である。


 地下4階までとされているが、地図が出回っているのは地下1階から地下3階まで。

 最下層は立ち入り禁止とされている。

 理由は単純で生還者があまりにも少ないからだ。


 また、ダンジョンに潜っていると、何処からともなく「立ち去れ」という声が聞こえ、脅かされたという被害報告も出ているらしい。


 しかし、禁止されれば入りたくなるのが冒険者の性であり、「とんでもないお宝が隠されている」という噂が流れ始めたが最後、挑戦者は後を絶たなくなっていた.


 と依頼者ゲーナスに聞いた。

 俺とローズは冒険者方面の知識に疎い為、全て初耳だった。


「ここが【死霊の洞窟】。夜に来るとやっぱり雰囲気あるわね」


 ドーム状の洞窟の入口。

 ローズが奥を覗くような仕草をして呟く。


 彼女の言う通り、洞窟からは禍々しいオーラが漂っていた。

 ここに来るまで歩いた旧街道も全く整備が行き届いておらず、沈黙した街灯と自由を手にした雑草が、更なる恐怖心を煽ってくるようだった。


「ねえ、クローバー……アタシ怖いからさ、手を繋いでも良い?」


 ローズはわざとらしく小首を傾げて、俺に近付いてくる。

 長年の付き合いである俺にはそれが嘘だということがハッキリと分かった。


 しかし──


「え!? ちょ、なんでホントに手を繋いでるのよ」

「……聞いてきたのはそっちだろ」

「いや、冗談だってば……ほら、いつまでも繋いでないで。アンデッドが沢山出るんだから戦いにくいでしょ」

「……アンデッドと言うのはやめろ」


 俺は震える声を何とかして抑えようとするも無駄だった。

 やはり長年の付き合いであるローズは俺が何を感じているのか分かったらしく、ニンマリと口を横に広げた。


「もしかして怖いの?」

「怖いんじゃない。嫌なんだ」


 そう、嫌なのだ。

 アンデッド系の魔物といえば喰人鬼グール骨人鬼スケルトンなどが有名だろう。

 他にも死体の数だけ存在する訳だが、どちらにせよ全てのアンデッドに共通しているのは「くさい、きたない、きもちわるい」という地獄の3Kである。

 

 そもそも魔物全般が風呂に入ったり清潔魔法を使ったりしない為、大嫌いなのだが、アンデッド系は特にダメだった。

 使ってくる魔法も精神攻撃だったり呪い系だったりで、まさに害悪、最悪の魔物と言えるだろう。


 中には禁忌とされている屍術を使って、生身の人間をアンデッドに変える魔物もいるらしい。

 それを聞いた俺は奴らとは金輪際関わらないことを決意したのだ。


 そう、決して怖いわけではない。

 

 ということをローズに説明したが、笑うばかりである。


「クローバーにも怖いものがあったんだね」

「怖いんじゃない。嫌なんだ」

「いやいや、それを怖いっていうのよ。とにかく行こ?」


 俺の手を引っ張るローズ。

 そんな彼女の手は温かかっただとか、柔らかかっただとか、そういう呑気な感想は思い浮かばない。

 

 「俺は帰る。用事を思い出した。あとは好きにやってくれ」と抵抗するが「大丈夫。まさかこんな所に屍術使いなんていないわよ」と慰められた。

 

(ローズ、それは絶対に言ってはならない台詞だ……)


 俺は死期を悟った。


 ローズを先頭に【死霊の洞窟】を(無理やり)進んで行く。

 純粋な力ではローズには勝てなかった。


 洞窟内は松明が点々と置かれており、意外にも視界良好。

 宝探しに来た冒険者たちが置いていったのだろう。


 しかし、俺は最初から【暗視】を全力全開で発動している為、視界に関しては元々憂いがない。


 何より注目すべきはその悪臭だ。

 死臭などに関しては耐性があったが、喰人鬼のような汚物から放たれている臭いだと思うと吐き気がする。


 幸い、魔物の姿は見当たらない。


「ここの穴を下るみたいね」


 1階を順調に進んできた俺たち。

 ゲーナスから貰った地図を片手で広げたローズが呟く。

 

 その視線の先には楕円の大きな穴が広がっていた。

 端には縄で作られた梯子が打ち付けてあり、そこから下に降りられることが分かる。

 恐る恐る穴を覗くと、その先はかなり薄暗くなっていた。 

 

「なあ……やっぱり帰らないか?」

「何言ってるのよ。せっかくここまで来たんだから」


 呆れたような顔をしたローズが梯子を降りる。


(アンデッドが出る洞窟に縄梯子? 冒険者たちは馬鹿なのか?)


 大量のアンデッドに襲われて、逃亡。

 やっとの思いで縄梯子まで辿り着くが、老朽化した縄は逃亡者の体重を支えきれず──


 そこまで想像した所で「大丈夫みたい」というローズの声に目を覚ました。

 その言葉に背中を押され、俺は後に続く。


 多くの冒険者に使い古されたであろう縄梯子は足場を踏む度にギシギシと音を立てる。

 どうか千切れませんように、と心の中で何度も唱えているうちに、震える足が地面に着いた。


「ほら、行くわよ」


 ローズは少し恥ずかしそうにしつつ左手を差し出してくる。

 俺はその愛おしい手を掴んで「貴女こそ救世主メシアだ」と忠誠を誓った。

 

 地下1階はひたすらに長い直線が続いていた。

 靄がかかったように薄暗く、身体にまとわりつくような湿気の中をたどたどしく進んで行く。


「魔物なんて出ないじゃない」

「……ああ」

「これならさ、猫ちゃんもすぐに見つかるかもね。喰人鬼も骨人鬼もさ、冒険者が倒しちゃったんじゃない? きっと屍術使いもただの噂話だったのよ」

「……おい」


 それ以上口を開くのをやめろ、と思った。

 お前は言っちゃいけないことを口にしている、と。


 だがローズの勢いは止まらない。


「お、曲がり角! なんだか怪しくない?」


 急に現れた曲がり角。

 その先がどうなっているのかは全く見えない。

 俺は目玉が飛び出るほどに力を入れて、【魔力探知】、【気配探知】を怒涛の如く発動させる。


 その手は食わないぞ。

 いつでもかかってこい。


 仁王立ちになって銅像のように動かなくなった俺。

 ローズはからかうような口調で「大丈夫、何もいないわよ」と俺の方を振り向いた。


 が──


「……あ、後ろ……」


 その言葉に俺の心臓はキュッと締め付けられた。

 ああ、とも、うう、とも言えない言葉を漏らしながら、ゆっくりと後ろを振り返る。


 しかし、何もいない。


「あはは! 引っかかったわね!」


 と後ろで笑うローズ。

 ド畜生め、と正面に向き直った途端──


 ローズの後ろに喰人鬼がいた。

 ボロボロの布から腐敗した肉を覗かせ、片方の目玉は振り子時計のようにふらふら揺れている。

 

 至極、気持ちが悪い。


「ぎゃああああああ!!!!」


 俺はローズを抱き上げて走り出した。

 お姫様のように俺の腕に収まったローズは「ちょっと!」と驚く声を上げるが、そんなことお構い無しである。


「地図! 地図!!」

「ええと、そこ! そこの角を左! ……うわ!」

「ぎゃああああああ!!!!」


 大量の喰人鬼、骨人鬼、クソみたいな悪臭。

 俺は滅茶苦茶に走る。

 おそらくドーグラン戦、オーク異変種戦、【分身】のタツジ戦のどれよりも足は動いていた。


 怒涛の勢いで地下1階を走り抜けて、急な坂道を下った。

 もうどうにでもなれ、と思っていた俺は【気配探知】だけを頼りに猫を探していく。


「クソ! どうして猫如きに!」

「ペットはお金より大事って言うくらいだし。やっぱり家族みたいなものなのよ」

「意思疎通の図れん奴らが家族だと? バカバカしい!」

「アンタ、動物好きに殺されるわよ……」


 抱き上げたローズとの会話でなんとか気を紛らわしながら地下2階、3階を駆け巡る。


 8年間隣で見てきたローズの靭やかな身体は、こうして触れてみるとふわふわとした柔らかさがあり、間近で感じる声と息遣いは妙な色気があった。


 爆発しそうになっていた恐怖心が少し和らいだ気がする。

 と思っていた矢先に、また喰人鬼が現れて、俺は喉と心臓を痛めた。


 早く終わらせよう、と先程から【気配探知】に引っかかっていた、か弱い気配に向かって一直線に進む。

 4つほどの反応が見られたので、迷い込んでしまった猫が群がっているのかと思ったが、そうではなかった。


 地下4階に続く扉の前で集まっていたのは若者たちだった。


「お前みたいな雑魚はこのパーティーに必要ない」

「ふん、早く消えてくれる?」


 という声が聞こえてきた。

 非常に面倒くさそうな集団に、沸々と湧き上がる苛立ちを抑えられそうになかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る