第15話:裏事業
開店から10日が経った。
あれだけあった客足もさすがに落ち着いてきている。
それでも道具屋は「話題のお店」だけでは留まらず、着実に安定した客入りを維持していた。
一般人にとっては美味しいポーション(飲み物)が売ってるお店、冒険者にとっては高性能なのに安価な道具屋、というような評価をされているようだ。
曇り空が少し残念な早朝。
今日もお客さんがやってくる。
「新商品のスライムシャワー味、ハマっちゃってさ、ほんと、セノンは商才があったんだな」
「トムや周りの人のおかげだ」
「うーん……でも、協力されるってのも才能だよ。オレも感謝してるからさ」
そう言ってトムは、水色と青色のグラデーションで描かれたとろみのあるポーションをその場で飲み干す。
彼は開店日から毎朝ポーションを買っていってくれていた。
今は用心棒を辞めて、嫁さんの青果店を手伝っているという。
今日もこれから農作業に従事するそうだ。
「だといいがな。これを持っていくと良い」
「お、いいのかい! いつもありがとうな。最近、芽が出てきてさ、嫁さんがはしゃいでたよ」
果実系ポーション作成の際に廃棄となる種子をトムに渡す。
彼らの営業する青果店兼農家には、私生活でよくお世話になっている為、そのお礼だ。
こんな風にランドウェード郊外の住人が来客した際にはちょっとしたおまけを付けるようにしていた。
人との助け合いとは無縁の生活をしていた俺が、ここまで変わることが出来たのは、ひとえにランドウェード郊外の皆のおかげだ。
(なにより、「ありがとう」と言ってもらえるのが嬉しいな)
早くも道具屋にやりがいを見出し始めていた俺。
単純な奴だ、と批判すればいい。
お客さんの笑顔と増え続ける売上に、一種の快楽のようなものを感じ始めているのは事実なのだから。
気合を入れるためなのか、伸びをするトムに「昼頃、八百屋に寄らせてもらう」と伝えると「サービスしとくよ」と目を細めて仕事場へと向かって行った。
それからしばらく接客をして、ようやく落ち着いてきた昼下がりにバーヤンがやって来た。
忙しさのせいで目が窪んでいるものの、どこか満足げな顔をしている。
「ようやく落ち着いてきましたねえ……まあ、やることはつきませんが」
そんな彼を労うように、カウンターの内側から余っている椅子を差し出して座るよう促す。
「よっこいしょ」とバーヤンは軽く勢いをつけて座った。
どこからともなく取り出した薄黒いポーションを少しだけ飲んで安堵の表情を浮かべている。
「開発中のポーションか?」
「いえ、前にセノンさんに頂いた高濃度ポーションを参考に自分なりに調合してみたんです。まあ、まだ満足はしていませんが、気持ち良くなれますよ。どうです? 売ってみます?」
勘弁してくれ、という風に手をひらひらと振る。
ポーション中毒者をこれ以上増やすわけにはいかなかった。
こうしてバーヤンと業務連絡以外の会話をするのは実に10日ぶりだ。
お互い目まぐるしい日々を過ごしていてお疲れ様、という目配せは、もはや熟年夫婦のものに近い。
「約束の金だ」
「おお、ありがとうございます! ただ、その言い方は何だか怪しさ満点ですね」
カウンターに置かれた麻袋には10日分の利益10%、銀貨24枚が入っていた。
ちなみに、これは現在の1日当たりの平均売上でもあり、俺たちの限界でもあった。
これ以上の売れ行きが見込めない、というわけではない。
生産数の限界だ。
「本当にこれだけで良いのか。バーヤンはそれ以上の働きをしてくれている」
「いいんですよ、私はポーション研究ができれば。ただ……流石に疲れましたね」
「ああ、薬草栽培の方まで手伝ってもらってすまなかったな」
「いえ、申し出たのは私ですから。調合していくにあたって実際に確認しておきたかったので。まあ、上手くいって良かったですよ」
道具屋の裏を耕して作った薬草菜園。
当初の思惑通り、というかバーヤンの液体肥料(ポーション)のおかげで元気に育っている。
しかも1日植えれば3日後には成長し切る程の逞しさで、もう薬草には困まらない嬉しい状況だ。
ただ、問題も発生している。
バーヤンから最近薬草を食い荒らされた跡があるという報告があったのだ。
本格的な実害が出る前に対処しておきたいのだが、人手不足のせいで先送りとなっていた。
「では、そろそろお暇しますね。スライムシャワー味、思った通り好評みたいですから」
「ああ、よろしく頼む」
「あ、そうそう。セノンさん最近寝れてないでしょう。まあ、私が言えたことじゃないですが」
「俺は寝なくても大丈夫だ」
「そうは言ってもですね、接客業は明るさや人相も大事ですから。目のクマ、治したほうが良いですよ。それでは」
一礼してから帰っていくバーヤンを目の下を擦りながら見送る。
(そんなに酷いのか……)
今まで外見なんて気にしたことがなかったから、少しだけショックだった。
何気なく口元を触ってみると、ザラザラとした無精ひげの感触が指を伝う。
なんだか恥ずかしくなってきた俺は店を早めに切り上げることを決意した。
(身だしなみにも気を遣わなければならないとは……殺し屋なんかよりよっぽど難しいな)
ただ首を刎ねていれば金が貰えた前職を懐かしく思う。
そして夜がやってきて、「閉店」の看板をぶら下げに外へ出たタイミングでお客さんがやってきてしまった。
「頼む……! まだ閉めないでくれ!」
そこまで切実に頼み込まれてしまっては断れない。
俺はカウンターに戻り、男を眺めて待つことに。
普段はそんなことしないのだが、今日は帳簿の記入も材料の仕入れも終わっていたから暇なのだ。
来客に対して失礼なのは承知だが、男は妙な格好をしていた。
中年特有の丸い身体、頭髪は白髪交じりで、掻き毟ったように散乱している。
布1枚で作られたような服で、腰には紐でくくりつけられた短剣をぶら下げていた。
当然、ランドウェード郊外の住人ではない。
(護身用の短剣? その歳、その格好で冒険者か? 盗賊のような悪人面でもない)
やがてみすぼらしい男は1つのポーションを持ってきた。
「このポーションをひとつ、蓋はキツく締めてくれ」
「分かった」
「ここは安いな……助かったよ」
「ああ、また頼む」
「『また』、か。機会があればいいが……」
含みのある言い方をした男は自虐的に笑った後、ぶるっと身震いした。
何かに怯えているような仕草だ。
疑問に思っていると、男の腰に巻かれていた紐が突然切れて、結んであった短剣と紙切れが床に落ちた。
それに流されるように男も「ああ」とため息を洩らして座り込む。
夜に来るお客さんは変人が多い。
道具屋を始めて10日、何となく掴めてきた傾向だ。
「おい、大丈夫か」
カウンターを飛び越えて、ひらひらと出入り口まで飛んでしまった紙を追いかけて拾った。
(ん? これは……手配書か?)
『アカハコ・タツジ【分身】 大量誘拐殺人・人身売買罪。
拘束:白金貨70枚 殺害:白金貨20枚』
と書かれていた。
(生死問わずの賞金首、「殺害」でも白金貨20枚……相当だな)
王都ランドウェードでは硬貨10枚毎に銅、銀、金、白金、と色が変わる。
白金貨20枚というと銀貨で2000枚分の計算だ。
名前とスキルからして転移者のようだし、組織の危険度でいうとA級、もしくはS級になるだろうか。
さすがは転移者、といったところだろう。
俺は手配書を眺めながら冷静に分析した。
殺し屋の
(しかし、この男がやるのか?)
「強さ」に焦点を当てて改めて見てみても、彼は間違いなく、強者の器ではなかった。。
ポーションを持ったバーヤンにすら勝てないのではないだろうか。
そんな感想を抱きながらも、手配書を返そうと近付くと、驚くことに男は泣いていた。
変に静まり返った夜に、啜り泣く声だけが響く。
「娘が……だ……む、娘が……」
「なんだと?」
「娘が、誘拐されてるんだ……! オレの……! 娘が……!」
顔をぐしゃぐしゃにして泣き崩れる男。
悲しみと悔しさ、そして怒り。
それらがごちゃ混ぜになって心の中を暴れまわり、抑え込もうとしてもどうにもならない、そんな泣き方だ。
男の姿にどこか既視感を覚えた。
「ッ……!! なんでッ!! なんでアイーシャが!!」
もう一度手配書を眺めて「誘拐」と「殺人」と「人身売買」という文字を何度も何度も行ったり来たりした。
このままでは間違いなく彼の娘は良い結末を迎えられないだろう。
誰かが助けなければ、彼らは笑顔を失う。
(笑顔、か)
ランドウェード郊外を脅かしていたドーグランを倒した後、住人たちが見せた笑顔を思い出した。
ここで彼を救っても直接的な利益にはならない。
だが、たまには人助けをするのも悪くはないだろう。
それに彼らを放っておけば、死んだ妹サーニャに顔向けできない。
「
元殺し屋で、道具屋の店主は裏事業を始めることにした。
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