第14話:開店
地下水道での一件を終えて、夜が明ける。
清々しい青空の下で、ついに道具屋の開店日がやって来た。
間に合わせの木板で作った「開店」の看板を扉に吊るす。
いよいよだな、と年甲斐もなく胸がざわつくのを感じた。
道具屋中央の商品棚にはポーション30個、その横の丸いテーブルには
初日はこのくらいで良いだろう。
3歩進んで2歩下がるというような感じで、商品の補給もしつつ、少しずつ売上を伸ばしていこう、という計画だった。
カウンターに立ち、緊張しながら待っていると、道具屋の扉が快活な音を立てて開いた。
「お、1番乗りかい?」と笑顔を見せたのは、隻腕の元用心棒トムだった。
興味津々といった具合に店内を見回すトムに、パンを恵んでくれたことを改めて感謝すると、「そんなことよりさ、今日は覚悟しておいた方がいいよ」と言われた。
一体何を覚悟するんだ、と不思議に思っていると、再び道具屋の扉が開き、今度は大勢の客が流れ込んできた。
挨拶から始まる質問と注文の嵐、想像を越えた大盛況。
不慣れな接客をしばらくしていると、なんと昼下がりには商品が完売してしまった。
「品切れのため、閉店」と告げると多くの人がガッカリした様子で帰っていく。
そんな光景に焦りを覚えた俺は、慌ててランドウェードの森へ薬草採取に向かったり、魔法の鞄を作るために(地下水道を通って)王都ランドウェードへ布を購入しに行ったりと、商品補填の為に奔走する羽目になった。
ちなみに、その間バーヤンに「道具屋にしてはちょっと黒すぎますよ」と言われていた為、わざわざ黒装束から庶民的なシャツに革のベストという服装に着替えている。
また、垂れ下がっていた銀髪も後ろに束ねてあった。
そんなこんなで怒涛の1日が終わった。
ポーション1個、銅貨3枚。
魔法の鞄1個、銀貨2枚。
という価格設定により、初日の売上は銀貨17枚分。
庶民ならば銀貨1枚で1日分の食事代は賄えると聞くことから、売上は上々と言えるだろう。
(まさか、こんなに買ってもらえるとは……だが油断は禁物だ)
2階奥の部屋、ベッドに寝転んで天井を見上げる。
今日来ていた客、いや"お客さん"の殆どは「あの時はありがとう」と感謝するランドウェード郊外の住人だった。
オープン記念で尚且つ、お礼や感謝を込めて商品を購入したというケースが殆どのはずだ。
つまり、明日以降は必然的に売れ行きが下がっていくことになる。
商品の補填は勿論、「ああ」だとか「そうだ」だとか、コミュニケーション能力に乏しいこと丸出しの接客も改善していかなければ、と眠れぬ夜を過ごした。
一抹の不安を抱えて迎えた2日目。
その不安はとある3人組によって払拭された。
「こんにちはセノンさん! 『未来の守り人』です!」
「……話題のポーション……買いに来た」
「セ、セノン様、ご開店おめでとうございます! 末永い繁栄と商売繫盛をお祈りします!」
朝一番にやってきたのは薬草採取の時に出会った冒険者パーティ『未来の守り人』だった。
咄嗟に宣伝していたとはいえ、まさか本当に来てくれるとは思っていなかった為、かなり嬉しかった。
朝日に照らされる若者たちの希望に満ちた面々──
(これが『未来の守り人』か。案外良い名前じゃないか……!)
俺はあっさりと考えを改めていた。
挨拶もそこそこに彼らは「そういえばお話しなければならないことがあるんです」と申し訳無さそうな顔をした。
何かと思って聞いてみれば、どうやらオーク異変種討伐は彼らの功績になっているらしい。
冒険者ギルドや王国に何度も説明したが、「お前たちより強い者が郊外などにいるはずがない」、「謙遜しているの?」と結局取り合ってもらえなかった、と深々と頭を下げてきた。
「別に構わない」と伝えると、丸々と青年が太った麻袋を差し出してきた。
中を覗けば沢山の金貨が入っていて、討伐報酬なのだそうだ。
「絶対に貰ってください」と言われたが、そこまでの仕事をしたつもりもないし、俺みたいな死に損ないより未来のある若者が持っていた方が良いに決まっている。
俺は金貨を1枚だけ貰って「また店に来てくれ」と言った。
すると3人は驚くほど元気な返事をしてくれた。
「ルークにマグオートにランタナか」
「はい。自己紹介が遅れてしまい申し訳ありませんでした」
切り揃えられた黒髪ボブカット、清楚な身なりをした回復士ランタナが、丁寧な口調で自己紹介をしてくれた。
両手で髪をぐしゃっとしたような頭の剣士ルークは魔法の鞄を眺めており、小柄ながらも重厚な鎧を纏った盾使いマグオートはポーションを手に持っていた。
「セノンさん、これ安すぎるんじゃないですか?」
「そうか?」
「いやいや、王都じゃ最低でも銀貨10枚はかかりますよ! これを手に入れてからが本番だ、って冒険者の間では言われてるんですから」
ルークが驚いているような喜んでいるような顔で語る。
王都ランドウェードに行った時、こっそり市場視察をしたところ、確かにポーションと魔法の鞄共に倍以上の価値がついていた。
しかし、薬草は「薬草が育ちやすくなるポーション」をバーヤンが開発中で、成功すればほぼ永続的に入手できるし、魔法の鞄も袋や鞄さえ作ってしまえば何度でも加工が可能だ。
その為、王都ランドウェードの相場価格の半額でも利益は充分得られる。
どちらもバーヤンとレイヴンのおかげ。
慣れない感情ではあるが、2人には感謝してもしきれない気持ちでいっぱいである。
「耐久性に関しては元々の鞄に依存するから気を付けろ。破れたら中のものがバラけるぞ」
魔法の鞄をカウンターに持ってきたルークに忠告をするも「それでもすごいですよ」と満足そうにしていた。
「……このポーション……本当に甘いの?」
「ああ、よく知ってるな。それはブラックベリー味。サンアップル味もある」
「……隻腕の細長い人……王都に宣伝に来てた」
「宣伝?」
「……冒険者ギルドの入口で……ぐびぐびぐび」
「ふふっ、とても良い飲みっぷりでしたよね。あ、わたくしもおふたつ頂きます」
それを聞いて俺は思わず笑みがこぼれた。
隻腕で細長い人、おそらくトムだ。
見ず知らずの俺にパンをくれた心優しい男。
思えば開店日の最初のお客さんは彼だったな、と会計しながら初日のことを振り返った。
「そういえば、セノンさんの出身はどこなんですか?」
帰り際、ルークが急に真面目な顔になって訊ねてきた。
見れば他の2人も神妙な顔をしている。
「言っても分からないだろう。地図には載ってない村だ」
「……そうですか。それじゃあ僕ら行きますね。宣伝、沢山しておきますから覚悟しておいて下さい」
曖昧な返答だったはずなのに、全員が満足そうな顔をして店を出た。
(冒険者の間では故郷を聞くのが常識なのかもしれないな)
不思議ではあったが、自分を納得させて道具屋の仕事に戻った。
それから数日間、彼らが宣伝してくれたおかげか町の外からもお客さんが来るようになり、俺は不眠不休で働かなければならないことを改めて「覚悟」する羽目になった。
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