第13話:協力者レイヴン


 希望に満ちた顔、口を一文字に結んだ真面目な顔、財布を覗いて途方に暮れる顔、様々な表情で溢れる王都ランドウェード。


 堅牢堅固な城壁に囲まれた人々は、戦時中にも関わらず豊かな生活を送っていた。

 勝利が約束されたヒューマン族の特権なのだろう。

 

 そんな華々しい箱庭のずっと下、薄暗くて少し臭い地下水道を俺は歩いていた。

 ランドウェード郊外の真反対、城壁西にある放流口から侵入し、迷うことなく右折、左折を繰り返していた。


 殺し屋時代は何度も通った地下水道。

 最後に利用したのは1ヶ月前くらいだろうか、シュンヤ暗殺の為に魔法のマジックバッグを取りに来た。

 ここには「協力者レイヴン」がいる。


 復讐を終えた後、戦地から遠く離れた王都ランドウェードにやってきた元々の目的はレイヴンに会う為だった。


 彼、または彼女の作った魔法の鞄やポーションが無ければ、俺はシュンヤを倒せなかっただろう。

 死ぬ前にせめて感謝を伝えようと思っていたのだ。

 

 紆余曲折あって命拾いし、道具屋を経営することになったが、何にしてもその目的は果たしておきたかった。

 また、道具屋として彼の発明品を分けてもらえたら、という淡く卑しい期待も抱いている。

 

(それにしてもここの居心地の悪さは相変わらずだな)


 ありえないほど長い間隔で配置された照明具に、水路に流れる汚れや菌を餌に蠢く浄化スライム達、時折通路を横切る魔物の影。


 眼帯のおかげで再び【暗視】を発動出来ているが、それがなければ悲惨なことになっていただろう。

 

 地下水道の魔物は明かりを怖がらない。

 人間は勿論、魔物ですらほとんど寄り付かない地下水道では食物連鎖が成り立たず、ここに棲息する魔物たちは本能のままに襲いかかってくる。


 その獰猛さと強靭さから魔獣と表現しても良いだろう。

 過酷な環境で生き残っているだけあって、地下水道の魔物たちはかなり強力。

 今朝戦ったオーク変異種でも安息は約束されないはずだ。

 

 殺し屋になって2、3年目の頃はよく通っていて幾度となく捕食対象として襲われていた。


 その度に駆除していたのだが、時が経つに連れて訪れる頻度も減り、魔法の鞄の件を除けば数年ほど足を踏み入れていなかった。

 そのせいか魔獣の気配がかなり増えたように感じる。


 いちいち戦うのも面倒なので完全に気配を消して、しばらく歩いていると目的地に到達した。


 石造りの壁に唐突に現れた金属製の扉。

 ひどく錆びた扉は周囲の暗さも相まって、深淵を前にしているような恐ろしさを感じる。


 俺は小さく息を吸って、合言葉を唱えた。


「『黄昏の枝木、鴉が羽根を広げる』」


 ガチャリ、と解錠された音が鳴り、ひとりでに扉が開く。

 俺は深い深い闇に足を踏み入れた。


 部屋とは言い難いほど狭いスペースに、露天商の屋台のようなものが置かれていた。

 店主の姿は【暗視】を以ってしても見ることができない。


 とある同業者にレイヴンを紹介した時には「アイツは闇そのものだぜ」と評されていた。

 

「久し振りだな」

『クローバーか』


 俺の挨拶から少し遅れて、ここでは不釣り合いなほど真っ白な紙片が浮かび上がってきた。


 レイヴンとのやり取りは一方的な筆談で行われる。

 声を聞かれたくないのか、そもそも口が聞けないのか気になるところではあるが、深入りしすぎないのが裏社会の暗黙の了解だ。


「魔法の鞄、助かった。壊れてしまったことは詫びなければならないが」

『"夢"は果たしたのか』

「……ああ」


 夢──それは組織における加入条件と脱退条件だ。

 女帝マダムは強い信念や目的を持っている者だけを組織に迎え入れる。

 俺の場合は「シュンヤへの復讐」。

 そして、夢を叶えた者は組織を脱退することになっていた。


 ちなみに「協力者レイヴン」がなぜ組織の掟を知っているのか、組織とどう繋がりがあるのかは知らない。

 

『相棒はどうした』

「……分からない」

『分からない?』

「ローズの夢を俺は知らない。多分組織に残っていると思う」

『何も言わずに別れたのか』

「……ああ」

『悲しんでいるかもしれない』

「それはどうかな」

『悲しんでいるはずだ』

「いや……」

『すごく、悲しんでいる』

「……少し無責任だったとは思っている」

『ただの仕事仲間だったのか。相棒じゃなかったのか』


 口論のように筆談が繰り広げられる。

 紙片に書かれた文字は、俺を突き刺すように勢いを増して尖っていった。


 なぜレイヴンがローズの心情を勝手に推察し、代弁しているのか俺には分からない。

 しかし、ランドウェード郊外に流れ着いただけで、過去とは決別したつもりになっていた俺の心を揺さぶるのには充分だった。


 これで良かったのだ、と肯定する気持ちとやりきれない思いがごちゃまぜになって俺を苦しめる。

 後悔の渦に飲まれる前に、「今日は用事があってきたんだ」と言葉を吐き出した。


『用事?』

「実は道具屋を始めるつもりなんだ」

『道具屋?』

「ああ、ランドウェード郊外にある町を知っているか?」

『あそこの水流からはガラクタがよく流れてくる』

「たまたま道具屋を譲ってくれる人に出会ったんだ。そこでやり直せたら、と思っている」


 そこで筆談が止まった。

 散々人を殺してきた男の改心したような言葉に、笑いを堪えているのか、はたまた呆れているのか。


 その沈黙が耐えられなくなり、返事を待つことなく言葉を続けた。


「これからも取り引きをしてほしいんだ。それで、もし良ければ注文も受けてほしいと思っている」

『殺人道具を売るのか』

「いや、そうじゃない」


 そう言って俺は用意していたメモ用紙をポケットから取り出すと、レイヴンに渡した。


 ・ただのナイフ

 ・マジックアイテム(できれば魔法の鞄)

 ・即効性・遅延性の毒薬、解毒剤

 ・ロープ(切れにくいワイヤーも)

 ・カンテラ

 ・フライパン、飯盒


 という思いつく限りの道具をメモ用紙に記してある。

 おそらく現時点での最高傑作であり、これ以上成長の見込みはないだろう。


 これまでの経験から商品になりそうな道具はないか、と振り返ってみたものの、8年間の道具履歴に残っていたのはナイフと魔法の鞄くらいのものだった。


 ローズを参考にしたり、故郷の道具屋を思い出したりして、なんとか絞り出したのだ。


『フライパン?』

「ああ、野営した時に美味い飯が食いたいと思ったことがあったんだ」

『食事に興味があるのか?』

「興味というか……どうせ食べるなら美味いほうが良い」

『料理は得意だ』

「それは前も聞いた」


 やはり調子が狂うな、と頭を掻く。

 レイヴンと会話をしていると、いつの間にか話題が脇道に逸れていることが多い。

 

 こんな陰湿な所に店を構えておいて、意外と雑談好きなのだ。

 いや、こんなところだからこそ話し相手を求めているのかもしれないが、会話が苦手な俺からしてみれば良い迷惑である。

 

「道具屋では買い取りもやろうと思っている。それを物々交換でどうだ」


 これまでのやりとりから察せられるように、レイヴンは地下水道に流れてくるガラクタから武具や魔道具を作り出すことが得意だ。


 バーヤンのような狂人じみた熱量ではないものの発明が好きなようで、対価として要求してくるのは金などではなく市販の道具であったり、破損した武器であったりする。


 発明から生み出される魔道具の性能は凄まじく、殺し屋時代は何度も助けられてきた。

 俺の「錆びないナイフ」や「耐熱・耐寒性の黒装束」はレイヴンの発明品だ。

 

『分かった』

「……頼んでおいて言うのも何だが、本当にいいのか? これから必要になるのは武具ではないぞ」

『こちらも好んで作っていたわけじゃない』

「そうか……それは、すまなかったな」

『これを持っていけ』


 そう言うと、一冊の薄っぺらい本を差し出してきた。

 既製品というよりは暇を持て余した子供が、様々な画用紙をつぎはぎに重ねて作ったような粗末な本、というか冊子だ。


「これは?」

『圧縮魔法と空間魔法を織り合わせた魔法陣が書かれている。魔導書と同じように魔力適性があれば誰でも使用できる』

「つまり?」

『魔法の鞄を量産し放題だ』


 俺は目を丸くした。


『がんばれ』


 暗闇の奥で、誰かが微笑んだような気がした。

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