第12話:イカれポーション野郎


「はあ……はあ……ぐふふふ、セノンさん……! もうすぐできますよ……できちゃうんですよ! 私のポーションが!!」


 バーヤンが鼻息を荒くして話しかけてくる。

 長い間(数十日間)調合できていなかった、ということでバーヤンは絶賛発情中。


(苦労した甲斐があったような、ないような微妙な感じだ)


 ランドウェードの森で無事に薬草とポーションの素材を採取した俺は、例の冒険者たちに見つからないようにそさくさと帰ってきた。


 昼下がりのランドウェード郊外、俺たちは町の北にあるバーヤンの自宅兼研究所にいる。

 

 ちなみに調合所ではなく研究所で正解らしい。

 やっているのは調合だが、本来の目的は研究なのだそうだ。

 謎のプライドに俺は困惑したが、考えるのも無駄だと感じた為、とりあえず頷いておいた。


 少々頭のおかしい人間と相対した時は、とりあえず肯定しておく、というのが有効な対処法である。


「はあ……はあ……ここにスライムの体液を垂らすんですよ……どうなると思いますか……? セノンさあん……ふふ」


 気色悪い顔で笑ったバーヤンは、小瓶から大きめのフラスコ瓶へ空色の液体を注ぎ込む。

 グツグツと煮えたぎっていたフラスコ瓶内の液体は紫色から緑色に変化した。


(あんなもの、飲めるのか?)


 バーヤンが用意してくれた黒の眼帯をさすりながら、ひそかに顔を歪める俺をよそに調合は進んでいく。


 そういえば調合を始める前に「報酬に関しては10日間分の利益の1割を頂ければ、仰せのままにポーションを納品しますから」と言われた。


 商品に関してはポーションに頼り切る予定でいた為、「少なすぎるのでは」と聞くと「とんでもなく儲かるようになるので大丈夫ですよ」と笑っていた。


 どんな根拠で物を言っているのか定かではなかったが、こちらに損はなさそうだった為、やはり頷いておいた。


「はあ……ああ……出来ましたよ!! まあ、まだ味見してませんが……」

「味見?」

「ええ、いいですよね……? 味見しちゃってもいいんですよね!?」

「あ、ああ……好きにすればいい」

 

 小瓶に取り分けたポーションを艶かしく見つめるバーヤン。

 何だか気になる言い方だったが、ポーションの効能を確かめるには合理的なのだろう、たぶん。


「……っく……っく……あ、ああ……う……ああああああ」

「お、おい……変なものが入ってるんじゃないだろうな」


 味見と言いつつ小瓶のポーションを一気に飲み干したバーヤンの様子がおかしい。

 前にも見たような光景だったが、今回は特に変だ。


 あと、聞いてから気が付いたが、変なものは沢山入っていた。

 やはりスライムの体液やホーンラビットの角片は人が口にして良いものでは無かったのだ。


 慌てて水を取りに行こうとした時、バーヤンが勢いよく立ち上がった。


「あまーーーーーーーい!!!!」


 突然の大声。

 あまりに突然過ぎた為、よく聞き取れずに黙っていると、バーヤンはもう一度「甘い」と言って眩しい笑顔を見せてきた。


(甘い?)


 しっかりと聞き取って頭で反芻した結果、余計意味が分からなくなった。

 薬草という名の野草を原材料とするポーションは大体無味か苦いかだ。


「セノンさん、驚きが隠せないといった顔をしていますよ。実はですね、私が研究しているポーションは『甘いポーション』なのです。まあ、回復効果も確かなものですが、私からしてみれば飾りというか、おまけというか、クソみたいなものですね」

「……一度飲んでみてもいいかか?」


 驚きが隠せないというか理解が出来なかった俺は、とりあえず頭で考えるより行動に移してみることにした。

 

 快く渡してくれたポーションを一口飲んでみると、なんと果実系の甘さが口に広がった。

 ただ、それも勿論画期的ではあったが、少量の摂取で全身の魔力が漲っていることの方が驚きだった。


「これはすごいな」

「そうでしょうそうでしょう! 『イカれポーション野郎』は伊達じゃないのですよ。皆さんはポーションを回復アイテムとしか捉えていないみたいですが、それ以前に飲み物なのです。甘い方が良いに決まっているのです」


 バーヤンは嬉々として語る。

 彼の言う通りポーションは回復できれば良い、と考えていた俺には到底及ばなかった発想だ。


 とんでもなく儲かるようになる、というのも的外れではないのかもしれないと感じた。


「自分で売ればもっと金になったんじゃないか」

「……こんな事を言うのも恥ずかしいんですが、ポーションを持った私に対して避けないでいてくれるのは、セノンさんくらいのものなんですよ。渡り歩いたこともあるんですが商売になりませんでしたね……まあ、お金に興味がないというのもありますが」

「そうか、世間の奴らはもったいないことをしたな」

「はは……そうですかね……やはりセルゲイさんの判断は正しかったようです」


 こうして今回の調合で出来た30本のポーションは道具屋で売り出すことに決まった。

 

 また「栽培用に品種改良された薬草ならばここでも育つのでは」という俺の閃きから、道具屋の裏で薬草栽培を試してみることも併せて決定した。


 補足しておくと、俺が持ち帰ってきた薬草の効能は通常種と同じようで「身体能力を向上させる薬草」等はあのオークに食べ尽くされていたことが予想される。


「それでは、いよいよ開店といきましょうか! まあ、私は研究所でレシピの開拓に勤しみますので、道具屋の方はセノンさんにお任せします。薬草を持ってきて下さればいくらでも作りますからね」

「ああ、助かる。ただ……開店は明日だ」

「おや、まだ足りないものがあるんですか?」


 バーヤンの質問に俺は頷く。

 「イカれポーション野郎」である彼はポーションさえあれば道具屋は成り立つ、と考えているらしいが、流石にそう上手くはいかないと俺は思っていた。


 そもそもポーションはいざという時に使用するものであり、強者や回復魔法の適性がある者には無用の長物だ。


 加えてランドウェード郊外には戦闘を生業とする者が殆どいないらしい。

 強いて挙げるとすれば元用心棒のトムくらいだが、彼は今、農作業で日銭を稼いでいると聞いた。


 ということで、俺は「協力者レイヴン」に会う為、商品の充実を目指して王都ランドウェードに向かうのだった。

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