第19話:覗いちゃダメよ


「ふう……あっという間に終わったわね」


 夜の帳が下りる頃、カウンターに座っていたローゼリアが伸びをしてから大きく息を吐いた。

 

 彼女が疲れるのも想像がつく。

 夕方になる前に商品が売り切れてしまってからは、商品や帳簿の保管場所、薬草菜園のことなどをあれこれ教えた。


 そもそも品数が少ないし、俺自身も大した知識がないのだが、ローゼリアは意外と真剣に話を聞いてくれていた。


 今はちょうど一段落ついた所だ。


「ローゼリアはシャワーを浴びたい方か?」

「なによそれ、エッチ」

「……ならいい」

「ちょ、ちょっと! 置いてかないでよ!」


 道具屋の扉を開けたところで足を止めた。

 半分冗談のつもりだったが、やけに悲痛な叫びだった気がする。


「『離れ』があるんだ。風呂場や調理場があってな。俺は飯を持ってくるが、シャワーを浴びたいなら案内する」


 その言葉に目を輝かせたローゼリア。

 案内すると言った俺を追い越して「覗いちゃダメよ」と小さく笑った。


 少し歩いて、道具屋よりも老朽化が進んでいる印象の「離れ」に着いた。

 皮を削っただけの白木の扉を開けるとキィと軋み、敷居を跨いで床を踏むと、ミシっと再び軋んだ。


 正方形の建物で、左手に調理場があり、真っ直ぐ進めば風呂場がある。

 魔導式であるコンロとシャワーの各魔法術式が現在も生きていることは道具屋を始めた時に確認済みである。


 住宅設備の充実具合から先に建てられたのはこちらの方で、本来は道具屋が「離れ」なのではないか、と俺は予想している。


「ねえ、もしかして『飯』ってこれだけじゃないわよね?」


 脱いだばかりのブーツを片手に、ローゼリアが俺の手元を覗き込んできた。

 肩と肩がくっついて、彼女の体温が伝わってくる。


 まな板に転がった6つのじゃがいもを見て俺は頷いた。


「お肉は? 野菜は?」

「肉は貰ったものあるが臭みが取れない。野菜は……じゃがいもだ」


 ローゼリアが呆れたように首を振る。

 落胆するのではなく、子の失敗を受け入れる母親のような雰囲気だ。


「やっぱり料理に関してはダメダメね……アタシがとびきり美味しいのを作ってあげるからあっちで待ってなさい」


 勝ち誇ったような顔をしたローゼリアは、ミニスカートの内側に手を伸ばしながら風呂場へ歩いていった。


 扉の向こうに姿を消す際、早くも脱ぎ始めていたタイツとミニスカートの隙間から真っ白な太腿を覗かせていたのが、いやに無防備だった。


 俺は黙って離れを出る。


(『やっぱり』? 見かけで分かるものなのか)


 ゴミが付いているか確認するように頬を撫でる。

 色々と気になるところではあったが、料理技術が壊滅的であることを自覚している俺はおとなしく道具屋へ向かった。

 

 ちなみに俺はシャワーは使わない派だ。

 「身体を綺麗にする魔法」という魔力適性があれば習得できる魔法があるからだ。

 シャワーなんかよりよっぽどキレイになれる。


 ローゼリアの風呂は1時間ほどかかり、俺は随分と腹を空かせた。


 文句の1つでも言ってやろうと意気込んでいたが、扉が開いた瞬間に漂ってきた美味しそうな香りに、あらゆる文句は生唾と一緒に胃の中へ消え去った。


 「じゃじゃーん」という声と共に登場した鶏肉とじゃがいものソテー。

 バターの香りが嗅覚を、塩コショウとバジルが視覚を「美味そうだ」と判断させる。


「待ち切れないって顔してるわねえ……ふふっ、一緒に食べましょ?」


 自信満々に笑うローゼリアの料理は、口に入れた瞬間に脳がとろけるほど美味しかった。

 どういう魔法を使ったのか知らないが、肉の臭みは取れているし、じゃがいもはホクホクだ。


 身体中の細胞が歓喜に打ち震えているのが分かった。


「ここに来る前は料亭にいたのか?」


 しばらく食べ進めて、腹が膨れてきたところで質問する。

 ローゼリアも満足そうな顔をしていた。


「あはは、そんなに美味しかった?」

「当たり前だ」

「ふふっ、ここに来る前は……そうね、色々な所を旅していたわ」

「1人で、か?」

「ううん……アタシともう1人いたわよ」


 その返答に俺は適当な相槌を打って、再び食事に戻った。

 一緒に旅をしていた奴はさぞかし幸せだっただろうな、と思いを馳せながら。


 俺もローズと旅をしていたが、「料理は練習中だから」と作ってくれたことは無かった。

 別に構わなかったが、一度くらいはまともな食卓を囲みたかったし、作れないなら奢ってやれば良かったと今は思っている。 


(最近の俺は、世にいう失恋中みたいだな)


 ゲント村に住んでいた頃に読んだ妹の恋愛小説の主人公は、こんな風に過去のことばかり考えていた。

 当時はくよくよするな、と思ったものだが、最近の俺を思い返してみると偉そうなことは言えないな、と感じる。


「明日は商品を増やそうと思ってる。毒薬と解毒剤の材料を取りに行くつもりだ」


 ローゼリアを雇ったおかげでようやく商品の種類を増やすことが出来そうだ。


 後回しになっていた1番やらなければならないこと。

 レイヴンなんかは依頼したきりになってしまっているから申し訳なさもある。


 ついでに菜園を荒らしている犯人も見つけられたら、と考えてもいた。


「……アタシは?」

「もう接客は出来るだろう。材料は森で見つかるだろうから俺が取りに行く」

「アタシも行くわよ!!」

「……そんなに大声を出すな。2人で行ったら道具屋が空になる。それに一般的には森は危険だそうだ」


 俯いてしばらく考え込むローゼリア。

 「逆にお前が森に行くか」と提案するもアッサリと断られてしまった。

 

(もしかして、1人になることを嫌がっているのか?)


 ローゼリアを真似して腕を組みながら考えを練ってみると、何となく彼女の考えていることが見えてきた。

 「離れ」に向かった時といい、俺がどこかへ行こうとするとすぐさま血相を変える。


 元は2人で旅をしていたというが、今は彼女1人。

 何か事情があるのだろうか。


「……じゃあ2人で行くか」

「え? いいの?」

「どうせ明日も夕方には完売だろう。次の日の準備も並行してやれば、まあ何とかなるさ」

「……! うん!」


 小さく萎れていた華が再び満開になる。

 非効率的ではあるが、従業員を気遣ってやるのも店主の務めだろう。


「皿は俺が片付けておく。聞いてなかったがここで寝泊まりするんだよな? なら、2階の空いてる部屋を使ってくれ……俺は奥の部屋にいるから何かあれば言え。あと、覗きはしない」


 慎重に言葉を選びながら伝える。

 慣れないことをしたので首筋がむず痒く感じた。 


 ローゼリアが顔を赤くして何かを呟いていたが、聞こえなかったことにした。

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