第21話:相棒
「大した数ねえ……アタシたちで勝てるかしら」
そう呟いた女の横に立つ。
自信家で飄々としているが、意外と心配性。
「練習中」だと言っていた料理は抜群に上達。
耳が良くて、毒には強い、その長所を活かして8年間も俺のサポートをしてくれていた。
多分俺は今、変な顔をしているだろう。
「俺たちならできる、だろ?」
「……え?」
「行こうぜ、相棒」
女はパッチリとした瞳を更に大きくさせた。
そして、涙を滲ませる。
「アンタ……もしかして……」
「久し振りだな、ローズ」
「……バカ! 気付くのが遅いわよ!」
「話は後だ。さっさと片付けるぞ」
俺は魔法の巾着袋から魔導フック付きのワイヤーと毒瓶を取り出すと、「プランFだ」と言ってローズに渡した。
嬉しそうに頷いたローズは「遅れを取るなよ」と誰かさんの声真似をした後、ワイヤーを使って空を跳んだ。
そこで俺は思い出した。
殺し屋だった8年間、それなりに魔物と戦闘していたのにも関わらず、なぜ記憶に残っていないのかを。
ほとんどの魔物は全て瞬殺してきたからだ。
ランドウェード郊外方面に向かうオークたち。
大雑把ではあるものの横一列で進む形は隊列を組んでいるようでもあり、武器も所持していることからオーク軍と呼んでも違和感はない。
薬草を盗み食いするにしてはあまりにも数が多い。
もしかしたら泥棒ではなく略奪なのかもしれない。
(俺の道具屋を襲うとは良い度胸だ)
俄然やる気が出てきた俺はローズに少し遅れて駆け出した。
フックを枝に引っ掛けて宙を舞い、次々とオークの前を素通りするローズ。
何もしていないように見えるが、一瞬の間に毒液を数滴、口やら目やらに飛ばしている。
今回のは毒ガエルと毒蛇から採取した毒液である為、劇的な変化は見込めないが、痺れや痛みなどから一瞬の足止めさえできていれば充分だ。
俺はローズに追随するように、毒を喰らったオークの首を刎ねていく。
(1……2……3……4)
ローズが何を考えて何をしようとしているのか手に取るように分かる。
枝の位置が悪く、標的から外れそうになったローズを見てワイヤーに対して【歪曲】を発動、軌道を修正する。
(5……6……7……8)
ローズが毒液をしまい、短剣を取り出した。
それを察知した俺はローズと上下間で並走する。
若干前に出た俺がオークの首を手当たり次第に斬る。
不本意ながら発生する討ち漏らしをローズがしっかりと処理していく。
(9……10……11……12)
ローズとの連携に懐かしさを覚えながらも、その完璧さに驚いた。
何を隠そうこんな風にまじまじと見るのは初めてで、俺の力量、速さ、癖をここまで理解して補助、活用してくれているとは知らなかった。
机に座っていれば温かいご飯が運ばれてくる、なんてことは無いように、8年間スムーズに殺し屋の仕事ができていたのは当たり前のことでは無かったらしい。
(13……14……15……16……あと1匹だ)
最後に残ったオークはこちらに気付いていた。
手をかざして魔力を集めている。
奴もまた変異種、というか今までのオークもそうだったのかもしれない。
だが、真相は藪の中だ。
ローズが着地しながら、オークの手を切断する。
魔力が爆散して困惑している所で俺が首を刎ねてやった。
「やったわね! クローバー!」
差し出された丸い拳にゴツゴツした拳を当てる。
骨と骨がぶつかる鈍い音がした。
「お、初めての成功」と無邪気に笑うローズを見て、自然に笑みが溢れた。
ローズとの再会。
昔読んだ恋愛小説の結末を思い出して、俺は鼻で笑った。
見下したのは作品ではなく、俺自身だ。
☆ ☆ ☆
オーク軍の侵略を阻止して道具屋に戻ろうかと思っていたが、ローズの提案により少し休憩することになった。
勿論、お互い疲れてなどいない。
ようやく取り戻した雰囲気を壊したくなかったのだろう。
とりあえず焚き火でもしよう、という話になって2人で適当な薪を集めた。
俺も、多分ローズも何から話せば良いか分からなくて、ただ黙々と身体を動かしていた。
ようやく火がついて、俺たちは焚き火のそばに座り込んだ。
どちらから話し始めるべきだろうか、と悩んでいるとローズが目配せをしてきたので、俺は息を大きく吸い込んだ。
「すまなかった。何も言わずに殺し屋を辞めてしまって」
「うん……いいよ。アタシも勝手についてきちゃったし」
穏やかでありながら申し訳無さそうな顔をするローズ。
言いたいことは沢山あったが、まずは俺の夢、殺し屋になった動機を話すことにした。
誰にも話してこなかった妹のこと。
あまり思い出したくは無かったが、ローズには伝えるべきだと思った。
それこそ苦虫を噛み潰したような顔で話す間、ローズは俺の肩にそっと手を添えていてくれた。
だからこそ感情的にならずに最後まで話し終えることができたと思う。
「アタシ悪いことしちゃったわね。トドメを刺したのは──」
「いや、いいんだ。むしろローズがいなかったら逃がしてしまったかもしれない」
「ありがと……それで殺し屋を辞めたのね?」
「ああ。あれが終わったら除名してもらうように
もう1度謝罪をすると、ローズは首を振ってから「次はアタシの番だね」と話し始めた。
「ねえ、3年前もさ、こんな風に森で焚き火をしたのを覚えてる?」
その質問に俺は頷いた。
いつも元気なローズが仕事に支障が出るほど酷く落ち込んでいた日だ。
さすがの俺も気を遣って、仕事を中断。
今日のように、「とりあえず焚き火」をしたのだ。
「アタシにはさ、おばあちゃんがいたの。唯一の家族だったんだけど、重い病気にかかってて治療には莫大なお金が必要だったのよ」
「……なら今は元気にしているんじゃないのか。俺たちはかなり稼いでいただろ」
「ううん、焚き火をした日にね、死んじゃったの」
俺は驚いた。
遠くに投げたはずのナイフが、急にこちらへ跳ね返ってきたような感覚だ。
何と声をかければ良いのか分からずに「すまなかった」とだけ言った。
「ねえ、組織にはさ何十年も所属してるっていう人がちらほらいたでしょ?」
静かな物言いから、柔らかく甘い声になって話すローズ。
どうしてそこで組織の老人の話になるのか分からなかったが、事実だったので頷いた。
「そういう人はね、夢を変えているんだって。お金の次は復讐、その次はまたお金、みたいな感じで」
「なるほど」
「それでね……殺し屋になった時のアタシの夢は『治療費を稼ぐこと』。でもそれは、3年前に叶わなくなったわ」
「変えたのか」
「ふふっ、そう……『相棒の夢を叶えたい』って夢にね」
ローズはえへへ、と恥ずかしそうに笑った。
「それで……まあ、叶ったわけだ」
「うん、あの日はまさか本当に辞めてると思わなくて、女帝に確認しに行ったのよ。そしたら『クローバーの夢は叶った』って言うから驚いて」
「殺し屋は続けなかったのか」
「あんな所で、やりたいことなんて見つけられないわよ」
「それで道具屋に?」
「……うん」
「なぜ道具屋で会った時、言わなかったんだ。気付けなかったのは悪いと思っているが、言ってくれれば──」
「だって……クローバー。アタシのこと嫌いだったでしょ? だからさ、どうせ忘れられたなら『ローゼリア』として関係をやり直せばいいかなって……ごめんね」
跳ね返ってきたナイフは俺の胸に深く突き刺さった。
両手で膝を締め付けるように抱えたローズ。
その手は震えていた。
「嫌ってなんかない」
「ほんと?」
「……ああ、むしろ俺も嫌われていると思っていた」
「そうなの?」
「あの時は復讐のことで頭がいっぱいで、ロクに話もしなかっただろ。ひどい扱いをしていたと思う。道具屋を始めて、色々な人と出会ってようやく気が付いたんだ。本当にすまなかった」
「ううん、大丈夫。大事な時は聞いてくれてたし、拒絶って感じじゃなかったから。妹さんのこともあったなら、しょうがないよ。あーあ……そうやって考えてみれば嫌われてないって分かるのに」
「俺もそうだ……勝手に思い込んでいた」
「ん……じゃあ、アタシたち両想いだったんだ……!」
「それはどうかな」と苦笑すると「それはないか」とローズもまた笑った。
「ねえ、【二重詠唱】を倒しに馬車で遠くまで行った時のこと覚えてる?」
「ひどく酔って、何度も吐きそうになった」
「そうそう、アタシに出来ることはないかって何度も励ましてたのよ」
「船とか傘の話だろ」
「ふふっ、ちょうど名言にハマってた時期でね。『船だったら2人で漕げばいいのよ。傘は2人で支えてさ。そうすれば嫌なことだって乗り越えて、受け止められるわよ』ってね」
「ああ……それだ」
俺はまた懐かしい気持ちになった。
【分身】のタツジを殺した日、ローズが助けてくれた日に、ふと蘇ってきた記憶。
「その後、クローバーが何て返したか覚えてないでしょ」
「……? ああ、酔っていたからな」
「『その先に、笑顔が見つかるといいな』って言ったのよ」
ローズは潤んだ瞳で、俺の方を向いた。
「また一緒に探せるよね?」
「ああ」
そう言うとローズは優しい笑顔を咲かせた。
温かい気持ちになって、俺も久し振りに笑った。
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