第22話:リサイクル
焚き火を囲んでちょっと恥ずかしい話をした俺たちはランドウェード郊外に帰ってきていた。
夜空に満月が浮かび、星たちは輝いている。
そんな真夜中過ぎの通りを2人で歩いていた。
「ふうん……じゃあ道具屋が楽しくなってきてるのね?」
「……まあな」
ローズに俺がここに流れ着いてから道具屋設立までの経緯を語った。
その際、「あとでデルゲイさんのお墓参りに行こう」とローズらしい提案があり、俺は賛成する。
「例え成り行きだったとしても良かった思うなあ……クローバー、雰囲気変わったし」
「そうか?」
「うん……カッコいいよ?」
いつもの冗談なのだろう、と俺は追及せずに歩き続ける。
ただ、もし事実なら道具屋の店主としては嬉しい限りだ。
いつぞやのバーヤンに「顔色が悪い」と指摘されたことがあったが、その問題は改善しつつあるということだ。
次こそは子供たちに怖がられないようになっているといいな、と願う。
そうして俺たちはあっという間に道具屋に辿り着いた。
「ローズ、改めてよろしく頼む」
アーチ状の扉に手をかける前にローズに向き直る。
改めて顔を見ると新鮮さを感じた。
「もちろん! あ、道具屋の時はローゼリアでいいわよ。そっちが本名だし」
「ああ、俺もセノンでいい」
ローゼリアと呼ぶのも、セノンと呼ばれるのも気恥ずかしかったが、そのうち慣れるはずだ。
心機一転、清々しい気持ちで寝室に向かおうとすると、後ろからグイッと手を掴まれた。
平坦な道で躓いた気分になり、すぐに振り返る。
「……ねえ、もうどこにも行かないでね?」
「……ああ、約束する」
俺たちは決意を新たに明日を迎えるのだった。
☆ ☆ ☆
翌朝、いつも通りに道具屋を開くと、やはり多くお客さんがやってきた。
その半分が看板娘ローゼリア目当てだろう。
男性客の数はグッと増えているが、若い女性や子連れの婦人も少なくはない。
彼女の快活さと親身な対応は老若男女から好評を得ているようだ。
ちなみに、ランドウェード郊外の住人が4割、見かけない顔、もしくは他からやってきた常連客が6割、といった客層になっている。
いつの間にか、他所でも名が売れてきているのかもしれない。
「ほうほう……それでは2人はお知り合いだったのですね」
「ああ」
暇を持て余していた俺はバーヤンと会話していた。
横で接客していたローゼリアが「ただの知り合いじゃなくて、大切な相棒よ」といたずらっぽく補足してくる。
そのやり取りを見ていた大柄の男性客が、途端にゲッソリした顔になり、ローゼリアと俺の顔を交互に見てから白目を剥いた。
「まあ、良かったじゃないですか。お客さんの数も増えてますから。それに……薬草泥棒も討伐したんですよねセノンさん!」
そっちが本題じゃないか、と呆れる。
しかし、ポーション研究家バーヤンにとっては何よりも重要で嬉しい知らせなのだろう。
加えて、道具屋の人員が確保できたことによってポーション研究だけに注力できるようになるはずだ。
感謝の気持ちを込めて「後で薬草を沢山持って行く」と伝えると満面の笑みを浮かべ、スキップしながら帰っていった。
(ポーションは増量決定だな。あとは……)
殆ど野放しになっていた王都の地下水道を思い浮かべた。
魔道具の依頼をしたまま十数日が経っている。
そろそろ完成しているどころか、待ちくたびれているだろう。
「レイブンの所へ行ってくる。商品を頼んでるんだ」
「ん? ……あー、そういえばココだったわね。アタシは勿論パスよ」
「ああ、夕方までには戻る」
「うん……あ! アレ持っていっていいわよ」
俺が席を立ち、魔法の巾着袋を持った所で、良いことを思いついたという風にローゼリアが声を上げた。
彼女の言う「アレ」に察しがついた俺は微妙な顔をする。
「本当にいいのか?」
「だってアタシ、何度も断ったのよ? ちゃんと『使わないから』って言ったのに、無理やりなんだから」
本人がそこまで言うなら良いか、と強引に納得する。
俺はカウンターの下に置かれた肩幅大の木箱を開いた。
中には香水やらネックレスやら花束やらが隙間もないくらいに詰め込まれている。
これは熱狂的なローゼリアファンの男性客からの贈り物、もとい貢ぎ物だ。
(だった2日でこの量か……)
ローゼリアに拒絶された悲しき贈り物たちを魔法の巾着袋に放り投げていく。
これで彼らも報われるだろう。
ガラクタ好きのレイヴンに交換材料として手渡され、そこで獲得できた道具は商品棚に並べられるのだから。
そうして収納限界ギリギリまで物が入った魔法の巾着袋を手に、王都西の水路から地下水道に潜り込んだ。
来る途中に通った城門の方では何やら兵士たちが騒がしくしているようだったが、俺には関係ないだろう。
「『黄昏の枝木、鴉が羽根を広げる』」
錆びた金属扉が解錠する。
俺は闇に足を踏み入れた。
「持たせてしまったな」
『構わない』
相変わらず姿形も見えないレイヴン。
綺麗な文字とは対照的に破り取ったような紙片が出された。
「頼んでいたものは出来たか」と聞きながら、魔法の巾着袋をそのまま差し出した。
返事が返ってくる代わりに、俺のと似たような袋がガチャガチャと音を立てながら目の前に置かれる。
「頼んでいた物、大体揃ってるな」
『ナイフ、軽くてまあまあ切れる。ロープ、魔法でなければ切れない。カンテラ、5日ほど点灯(魔石式)。フライパンと飯盒、美味しく焼ける。毒薬はこれからつくる』
「……すごいな」
想像以上の成果にいつものことながら感服する。
レイヴンは自身の造った物に対して嘘は言わない。
従来のものより遥かに優れた道具たちは間違いなく売れるだろう。
ポーションに、便利道具。
更なる利益が期待できそうだ。
『相棒と再開できたようだな』
「よく知ってるな」
『噂になっているぞ。表でも裏でもな』
楽しげな字面の紙片と共に、オークの生首が転がってきた。
昨晩、ローズ、もといローゼリアと一緒に斬り倒したオーク軍のもので間違いないだろう。
(地下水道に流れてきたのか……それに、噂になっている?)
言葉の意味を理解できずに首を傾げた。
あの場には俺たち以外に誰もいなかったはずで、特定されるような証拠も残していない。
「転移者でも潜んでいたのか? 完全に身を隠せるような」
『違う。もっと面白い話だ』
「余計に意味が分からないな」
『ここ最近、王都ランドウェードでは大量の生首、首のない死体が見つかっている』
「……死体には大抵、首が無いだろう」
『普通はある。だから、それらの死体は同一人物によるものだと推理されている』
「まさか」
『昔も噂になっていたな。「黒塗りの双華」は生首の道を歩いている、だったか? 「切り裂きジャック」と同じだ』
しくじった、と気が重くなった。
この世に生きるものは大体首を斬れば死ぬ。
特に人なんかは即死だ。
だからこそ、俺は首を刎ね続けてきた。
あと、まあ、若干の快感や達成感も覚えていたと思う。
そんな殺し屋時代の美学が裏目に出るとは。
レイヴンが言ったような噂は殺し屋時代なら問題なかった。
しかし、今は道具屋の店主だ。
「ど、どうにか止められないか?」
『無理だな。人の口に戸は立てられぬ、だ』
これからは首を刎ねないように気を付けよう、というのは多分不可能だ。
俺の身体はもはや人の首を刎ねるように出来ていると言っても過言ではない。
とは言っても、話を聞く限り「道具屋のセノン」だということは特定されていないはず。
(ひとまずは様子見にしよう。今は考えたくない)
現実逃避を決め込んだ俺は無理やり笑顔を作った。
レイヴンに礼を言って帰ろうとすると「これを持っていけ」という台詞とともに木箱を渡された。
道具屋のカウンター下の贈り物保管ボックスと似たような大きさである。
「これは……」
『超次元物質転送木箱1号、だ』
「なんだと?」
蓋を開けているが何も入っていない。
変に思い、蓋を閉じてからもう1度開けてみると、中には「エネルギーじゅうてん開始」と書かれた紙片が入っていた。
『今、紙を送った』
「どうやって?」
『空間魔法の応用だ。これでわざわざここに来なくても取引が出来る』
「それは……すごい」
感嘆を漏らす俺。
噂のことなどはすっかり頭から抜け落ちて、道具屋の更なる発展を確信するのだった。
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