第23話:端役は噂をする


 王都ランドウェード西通り。

 路地裏でひっそりと経営している酒場。

 その前を冷たい夜風が笛のような音を鳴らす。


 引き摺るような足取りでやってきた男が酒場の扉が開けると、監禁されていた喧騒が溢れ出した。


 店内は酒と肉と男の匂いが充満している。

 男は鼻をつまみたくなるを我慢して、店内を見渡した。

 

 品性の欠片もない笑い声が木霊するテーブル群を掻き分けて、入口から最も遠い、壁際の席にお目当ての人物を見つけた。

 

 男はホッと息を吐き出す。

 友人と会えた喜びというよりは、落伍者を見かけた時の優越感に近い。


 盲目的にグラスを磨き続けている店主に「麦酒を」と銅貨5枚を手渡すと、「はい」とも「うん」ともつかないしわがれ声が返ってきた。 


 ノロノロと動き出した初老の店主を眺めて待っていると、やがて麦酒の入ったジョッキが提供された。

 男はそれを手にして壁際の席に向かう。 


「今日も相変わらずだな」


 席に座り、"ミドリ"に声をかける。

 そこで彼はようやくこちらの存在に気が付いたのか「ああ」という間抜けな返事があった。


 男にとってミドリは友人でも何でもない。

 強いて言えば、飲み仲間だろうか。

 偶然見つけた暇人、夜の寂しさを少しだけ紛らわせてくれる都合の良い存在だ。


 そもそもミドリというのは、彼がいつも深緑色の服を着ていることから、男が勝手に付けた名前。

 本名も職業すら知らなかった。

 そして、知ろうとすら思わなかった。


「調子はどうだ」


 とミドリ。

 男は乱暴に髪を掻き上げる。

 

「いいわけないだろ。人生最大の不景気だ」

「……転移者タツジの暗殺」


 ミドリがボソッと呟く。

 男は「転移者」と聞いて、口の中に苦いものが広がるのを感じ、「タツジの暗殺」という言葉には吐き気すら催した。


 それを麦酒で上書きしようと試みるも、これまた苦みが強く、見栄を張らずにジュースを頼んでおけば良かった、と後悔する。


「アイツが勝手に死にやがったせいで、どこの賞金首も怯えていやがる。タツジもクソ野郎だったが、それを殺した奴は大クソ野郎だ」


 溜め込んでいた愚痴を吐き捨てる。

 ミドリは何も返してこない。


 酒場らしくない沈黙の中、でも平和になるのは良いことなんだよな、と思い直した。

 

「しかし、本当に暗殺なのかよ? 転移者が殺されるってのはあり得ないだろ。オレらじゃ太刀打ちできないし、それに……ほら、転移者同士は殺し合わない。ほぼ無敵だ」

「タツジは首を刎ねられていた」

「……それはダツジ本人でもやろうと思えばできるだろ」


 と言ってすぐに、あり得ないな、と否定する。

 村を荒らし、女に乱暴を働き、やりたい放題やっていたらしいタツジが、自害などするはずもない。


 オレだったら極限まで遊び尽くすだろうな、と男は妄想する。


「昨晩、ランドウェードの森で大量のオーク異変種の死体が見つかった」

「オーク異変種? それはあの若者たちが倒したんだろ? ええと、未来の……なんとかって」


 類稀なる才能を持ったヒューマン族の若者たち。

 その実力は、転移者がいなければ彼らこそが『勇者』だったと評されるほどで、王都ランドウェードでは多くの現地人が希望の眼差しを向けている。


 「希望」というのは人類を救うだとか、魔族を滅ぼすだとか、そういった類のものではない。

 転移者の登場によって暴落した現地人の地位を取り戻す為の希望だ。


「それは違う。今回見つかった17の死体は完全に別個体だ」

「17匹も……?」

「そして、その死体は全て首を刎ねられていたらしい。最初に討伐されたオーク異変種もそうだ」


 その言葉に、男は思わず身を乗り出す。

 そんなに面白そうな話題を淡々と語るミドリに苛立ちを覚えたほどだった。


 続きを促す為に黙っていると、あることに気が付いた。

 酒場が静かになっていたのだ。


 不思議に思って振り返って見れば、客全員がほぼ同時にそっぽを向いた。

 わざとらしく咳払いをする者やジョッキで顔を隠す者もいたが、聞き耳を立てていたことはバレバレである。


 男は優越感に浸った。

 ミドリの話を促せるのはオレだけなんだぞ、お前らよく聞いとけよ、と。


「その首を刎ねられたオークも、その未来の……なんとかがやったんじゃないのか」

「16かそこらの少年少女が首を刎ねるのか。オークならまだしも、ヒューマン族であるタツジさえ」

「じゃ、じゃあ誰がやったんだよ」

「数日前、オーク異変種の死亡を報告した『未来の守り人』が何と言っていたか、知っているか?」


 男は首を小刻みに振る。

 もったいぶらずに早く言え、と思っていたのは彼だけではないだろう。


「『僕たちはやっていない。郊外の町の道具屋さんの手柄だ』と言っていたらしい」

「な、なんだよそれ」


 男は肩の力が一気に抜けるのが分かった。

 失望、落胆、ガッカリ。

 その感情は、デタラメな話をするミドリに対してでもあったし、それを聞き入ってしまった自身も含まれていた。


 男の大きなため息と共に、他の客も動き出したようで、再びジョッキや皿が音を立て始めた。


 しばらくして、酒場は再び喧騒に包まれる。

 これまでのことはまるで無かったかのような雰囲気だった。


「嘘を付くならもっとマシなのを頼みたいね。"吹き出物の町"に道具屋なんて無い」

「昨日行ってきた」

「は? 嘘だろ?」

「腰を抜かすほどの美人がいたな」


 ミドリが酒を呷る。

 男は郊外の町に行くことを決意した。 

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