第35話:素振り2
折れてしまった角材を二刀流に持ち、小刻みに揺らす。
俺はかなり困っていた。
「……魔眼スキルを使ったわけじゃない。【魔力探知】か視覚強化系のスキルは持っているか?」
「それほど高度なスキルは持ってませんわ。わたくしは【剣使いレベル3】、【斧術レベル1】、【槍使いレベル2】、【身体強化レベル4】【反撃レベル5】を有しております」
ノエールが呪文のようにスキルを羅列していく。
ただ、【斧術レベル1】と言う時だけは声がやや大きくなり、鼻息も荒くなっていた。
「かなり無駄があるな」
「な、なんですって!?」
「剣を使うなら剣だけを使ったほうが良い。人間の容量には限界がある……そう教わらなかったのか?」
「……冒険者ギルドではあらゆる状況に対応する為、幅広いスキルの獲得が推奨されてますわ」
「なら、それは間違いだな」
中途半端に手をつけると実力も中途半端になる。
だからこそ俺は魔眼スキルの習得と鍛錬にのみ尽力してきた。
ノエールのやり方は凡庸な戦士を作り上げるだけだろう。
強くなりたい、という願望からは遠ざかる一方だ。
そんな俺なりのアドバイスだったのだが、彼女はなぜか顔を真っ赤にして口をイーッとしていた。
それは、まるで怒っているようだった。
「…………恩があるから、と我慢して聞いていれば、何ですのアナタは! わたくしは王立ランドウェード魔法学院中等部を卒業しているのです! スキルのことはアナタに教えていただかなくてもよく存じておりますわ!」
大声でまくし立ててきたノエール。
少し驚くが、それよりも苛立ちを感じた。
「いや、存じていないからそんな構成なんだろう。だいたい、王立なんとか学院など知らん」
「むきーっ!! アナタ、ゴブリンよりおバカですわね! わたくしの愛々しい名前も覚えられないとおっしゃっていましたし? それに高貴なる我がエレクタム家も知らないようでしたし? 初等部、いえ……お母様のミルクを飲む所からやり直すべきではなくて?」
髪束を上品に払い、鼻で笑うノエール。
今までの清楚なお嬢様然とした立ち振舞いはどこへやら。
彼女の眼差しは間違いなく俺を嘲笑っていた。
ついに正体を現しやがったな、と睨みつける。
するとノーエルの方も俺に顔を近づけて睨み返してきた。
「なら俺が正しいことを証明してやる。その節穴、いや……高貴なるなんとか家の目でよく見ておけ」
「ふん! やけに自信がおありのようですが……そもそもアナタ、一介の道具屋ではありませんか。戦闘に関してはド級のド素人ではなくて?」
その指摘に対しては強く反論出来なかったが、魔力の扱いならば少なくともノエールより優れているはずだ。
先程は「速く振る」だけだったが、今度は魔力を集めて、破壊力を底上げすることにした。
再び魔力を身体に漲らせる。
両手に角材を持ちながら、地面に膝をついた。
「普通にやればこうだ」と右手に持った角材で地面を叩く。
次に「魔力を使えばこうなる」と左手の魔力を纏った角材で地面を叩いた。
すると、真っ平らだった地面が大きな円形に窪んだ。
「な……な、な……!?」
口をあんぐりと開けるノーエル。
俺はようやく伝わったことに安堵すると共に、優越感に満たされた。
「こうやって魔力を活かせばいいんだ。分かったか?」
「こ、これは【身体強化】や【付与魔法】とは違いますの?」
「それはスキルだろ。それ以前の話だ」
一時的に身体を身軽にしたり、腕力を強化したりするスキル【身体強化】。
俺がやっていることと似たようなものだが、それはあくまでスキルという道具を利用しているに過ぎない。
スキルにはレベルという上限がある。
また、出力にするにあたって回路や枠組みも決まっている。
剣が斬ることに特化している反面、粉砕では役立たないように、スキルも使い道が決まっているのだ。
これは
俺がやっているのはスキルよりも、もっと自然で可能性のある魔力の使い方というわけだ。
「……何が違うのか分かりませんわ」
「スキルを発動させる時、魔力を消費するだろ? その魔力の流れをスキルへの接続で終わらせるんじゃなくて、循環させるんだ」
「循環……?」
「少し触るぞ」
おとぼけ顔のノエールの手首を掴む。
「きゃっ」と初々しい反応が返ってきたが気にしない。
俺の魔力がなみなみと注がれた壺の蓋を開ける。
少しずつ少しずつ取り出して、全身に流す。
そして、右手に収まっている温かく柔らかい感触へと移し始めた。
「……わぁ……これは! すごいですわ!」
ノエールが僅かな光を放ち始めた。
例えるならば、昆虫の羽化や卵の孵化だろうか。
生命の誕生すら彷彿とさせるエネルギーが彼女の小さな身体を包み込んでいた。
「いいか……そのまま角材を振ってみろ。循環する魔力を放出させるんだ」
神妙な顔で頷くノエール。
汗の滲んだ角材をゆっくりと頭上に構えて、深呼吸、「たあ!」という掛け声と共に、突くような振り下げ動作を行なった。
大きな魔力の揺らぎと共に、角材から衝撃波が放たれる。
刃のような形をした衝撃波は40メートルほど離れた木に衝突、小さな切り傷を作った。
「す、すごい……ですわ」
「ああ、すごいな。衝撃波を飛ばすのは俺も初めてみた」
「これが魔力を使う、ということなのですね……あの、わたくし……」
「とりあえずは魔力を取り出すところから始めると良い。大事なのはイメージだ」
間が悪そうに俯いたノエールだったが、気まずくなるのが嫌だった俺は遮るようにアドバイスをする。
少しくらいは役に立てただろう、と達成感を噛み締めながら、「1時間後に開店だ」と伝えてから踵を返した。
角を曲がり、扉が見えてきた所で立ち止まる。
思わぬ観客がそこにはいた。
「ローゼリア、覗きとはシュミが悪いな」
「新人教育を見守ってたのよ?」
「業務時間外の特別サービスだ」
扉の前の軒下で腰掛けていたローゼリア。
落ち着いた声色だったが、眠気が残っているようでもない。
彼女とは8年間も一緒に過ごしてきたせいか、起き出すタイミングが被ることが多かった。
「なかなか上手だったわね」と微笑む姿は褒めているようにも、皮肉を言っているようにも感じる。
実を言うと、先程の魔力を送って身体に覚えさせる、というのは殺し屋時代にローゼリアが俺にやってくれたことだった。
憎しみが空回りするだけだった少年が、ナイフと魔力の扱い方を覚えて、一端の殺し屋になれたのは女帝とローゼリアのおかげだろう。
魔力の扱い方もものを教えるのも彼女の方が上手だ。
「ねえ、『仲間集め』の話覚えてる?」
俺は顎を僅かに動かして頷く。
『勇者』を倒す為には仲間集め、戦力増強が必要だとアドンに言われていたのだ。
俺は今の今まで忘れていた。
「道具屋の部屋、4つあったでしょ? ノエールちゃんが来て、ちょうど埋まったわ」
「いや──」
ありえない、と否定するように首を捻る。
勇者と魔王の話を聞かされてから数日しか経っていない。
いくら何でも集まるのが早すぎるし、4人というのも少なすぎる気がした。
あと、都合も良すぎる。
それに、イラックはともかくお嬢様の方はまともな戦闘経験こそなさそうである。
「今、『ノエールちゃんは無いな』って思ったでしょ」
心を見透かされ、俺はやや不快に感じた。
だから何だ、という風にローゼリアを見てから、曲がり角の向こう側、等間隔に風を切る音の方を見やる。
「まだ魔力の扱いすら分かってないんだぞ」
「まだ、ね。もっと奥を見た方がいいわよ。しっかりと【魔力探知】で」
「本気で言ってるのか?」
先程、魔力を送った時にも感じたが、ノエールの身体に流れる魔力量はさほど多くないようだった。
それに所有しているスキルも大したことはない。
ローゼリアも腕が落ちたな、と鼻を鳴らしながら、気が進まぬまま【魔力探知】を発動させる。
ぼんやりと感じ取れる魔力の気配、熱。
俺のアドバイスが効き始めているのか、視界には魔力の流れが映し出されている。
だが、それはほんの僅かなものだった。
「川だな。小川だ」
「はあ……アンタも腕が落ちたわねえ……ほら、外側じゃなくて中を覗き込むの。ほら、あれ……壺よ。魔力の壺!」
魔力を語るローゼリアに懐かしさを覚えた。
その抽象的な表現は、相棒ではなく、師匠ローゼリアだった頃の口調に違いない。
俺は眼帯を外して、ポケットに突っ込んだ。
クリアな視界と安定した魔力の波。
初心にかえったような気持ちで今一度【魔力探知】を発動させた。
「どう? 見えた?」
「……ああ」
「川じゃないでしょ」
「……海だ」
いつかの仕事で目にした、恐ろしいほど真っ青で、空の彼方まで果てしなく続く海を俺は思い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます